第二話 魔獣‐⑨
翌日、夜ノ刻──獰猛な獣も息を潜めて静まり返る頃。聖都では一際大きな灯りが、黒闇の中で燦然と輝いていた。
マーレ聖教会コンコルディア大聖堂。月光を帯びた透明に輝くステンドグラスを背に、天へと手を伸ばす預言者マーレと、その手を掬う主神リアスティーデの石像が調和を齎すように神々しく佇んでいる。
優雅な讃美歌が響き渡る大聖堂内にて──コーレルム王国第二王子のマーレ聖教会騎士団入団記念祝宴会が執り行われていた。
「まずは僕の入団記念祝宴会に足を運んでくれた紳士淑女のみんな、ありがとう。そしてマーレ聖教会騎士団に入団できたこと、心から誇りに思う。改めて、僕はコーレルム王国第二王子、アルメイン・コーレルムだ。周知の通り……啓典に記された預言の勇者でもある。……だが、今は立場を忘れて言葉を紡ぎたいと思う」
豪奢な会場では聖教や王国関係者をはじめ、アルメイン個人と縁ある多くの来賓で埋め尽くされる中、主賓挨拶が行われていた。
月白に真紅が添えられた礼服を纏う彼は、寄せられた総ての視線と祝福を受けて語る。
「マーレ聖教会騎士団は秩序、正義、勇気、信仰を遵守し、騎士一名一名がその胸に誇りを持っている。僕はその一員になれたことを大変嬉しく思う。そして今一度、これまでに関わってきた総ての人に感謝を述べたい。……ありがとう」
アルメインは熱気に包まれた会場を見渡す。その輪の中には懐かしい顔や世話になった顔、気の知れた顔……そして今を共にする仲間の顔があった。
「歴史に名を刻んだ救世戦争から七年が経ち……近く来たる日に、帝国の浄化作戦を迎える。だが、これは終わりではない──始まりだ。レムナシアの太平の世はもう間もなく。騎士団、そして僕はその橋を架けることになるだろう。だから──この祝宴会で誓いを立てたい」
心臓の鼓動が早まるのを感じる。静かに瞼を閉じて、深呼吸を一つ。
そしてアルメインは腰に差した儀礼剣を抜き放つと、天高くその切先を掲げた。
「僕は帝国を、世界を救済し、崇高たる騎士──聖騎士の称号を受勲してみせよう!」
拍手喝采。飛び交う祝言に包まれ、主賓が高々に宣言すると──会場は大きく沸き上がった。
聖騎士────騎士団長よりも地位の高い、最上の騎士へと贈られる称号。
預言者マーレが騎士団の設立に際して階級を定めた後、その職に就いた者は未だかつて存在していない。
それは誰もが夢見る頂きにまた一人──若き騎士が志を露わにした瞬間だった。
──────────────────────────
一層の賑わいを沸かせた入団記念祝宴会。
アルメインはその後、聖教や騎士団、学院等の関係者や聖都に滞在する名門貴族、名だたる人物との挨拶が絶え間なく続いていた。
「ごきげんよう、殿下。先の宣誓、感銘を受けました。私も負けてはいられませんね」
「エル姉……!」
気骨の折れたやや疲れが見える主賓に声を掛けたのは──聖教騎士団長のエリシアだった。
「疲れているようでしたら、休憩を挟まれては?」
「そう見えるかい? けど、弱音は吐いていられないさ」
「私もこの式典に賛同した身ですが……お身体は大事になさってくださいね」
そう語る彼女も、繕う表情には疲れが垣間見えている。騎士団長の重責は、アルメインには計り知れないものだった。
「もう少ししたら、先に本部へ戻らせていただきます。仕事を残してきていますので」
「ああ。だがエル姉も身体は大切にしてほしい。……君は違うかもしれないが、僕にとって君は、たった一人の姉のような存在だ」
姉と慕う彼の言葉に目を丸くするエリシア。気丈に振る舞う自分は平民の出。
決して彼とは相容れることのない生まれの自分が、家族のように温かく言葉を交わせると言うのなら。
「ありがとうございます。……いいえ、ありがとう、アルくん。……私にとっても、君は大切な弟だ」
「……僕も気を張りすぎないようにするよ。頑張ろう、お互いに」
姉として、弟として。騎士団長として、勇者として。務めを果たすべく、握手を交わす。
そして最後に。エリシアは王子である彼へ、微笑みを添えて祝言を送った。
「ああ。今度一緒に、旅にでも行こう。それでは、改めて……ディーリア。御入団おめでとうございます、殿下」
エリシアが去った後、歓談を交わしながら主賓の様子を伺っていた人物たちが、アルメインへ緩やかに歩み寄ってきた。
「アルメイン殿下。此度の入団、謹んでお祝い申し上げます」
どこか神聖さを漂わせる折目高な三人の聖職者が、アルメインへ祝言を述べる。
中でも痩せ細った老年男性──ラッツ・エヴァン司教が前へ歩み出ると、深々と一礼をした。
「これはエヴァン司教! 忙しい身だろう、足を運んでくれて感謝するよ。ありがとう。それからネイズ司祭と、ヨーゲル司祭も」
「殿下……ご立派になられましたな」
「救世戦争の頃は僕も未熟だった。騎士となった今、あなたの期待にも応えてみせるよ」
彼の言葉に、ラッツは口元に微笑を、眉間に険しさを交錯させる。実のところ、両者の関係はあまり良好ではない。以前よりラッツは預言の勇者に対して好意的ではなく、その胸中にあるのは──勇者を神聖視する一方で、その圧倒的な力が秩序の均衡を崩しかねないという、危惧だった。
だが救世戦争の折に考えを改めると、以降は各地を巡礼する際に勇者の英雄譚と帝国の噂話を喧伝して世間からの注目を集めている。
節操のない彼は多くの人から顰蹙を買っていたが、腰巾着の二人の司祭が、司教のためにと奔走していることがラッツの人気に影響していた。
「エヴァン司教。浄化作戦を完遂した後、カイルノアを復興させたいと思っているんだ。よければ、あなたの知恵を借りたい」
「灰の大地を……無論でございます。聖教のため、世界のために。この老体、力の限りを尽くしましょう」
ラッツの言葉がどこまで本心かはわからない。
それでも司教としての彼を信じようと、アルメインも柔らかい笑みを返した。
しばし気軽な会話を交わした後、アルメインは三人と別れて一息つく。
会場を満たす大勢の人々を見渡せば、胸には彼らへの感謝の気持ちが、ただ自然と溢れていた。
やがて、彼が活気の彩る光景を緩んだ表情で眺めていると、身なりの整った老婦人が声を掛けてくる。
その人物の姿には──主賓も思わず目を見開き、顔を綻ばせた。
「アルメインお坊ちゃま……いいえ、アルメイン様。大きくなられましたね」
「まさか……ルーミーおばさま!? これは随分とまた久しぶりだ……!」
驚きと喜びを宿したまま、アルメインは老婦人の両手を取ると、再会の温もりを分かち合うように握手を交わした。
ルーミー・マーガレット──司祭である彼女は、アルメインに聖教の教理を説いた、幼少期の先生だった。
「何年ぶりだろう、もう十年になるかい? 今までどこで……?」
「ほほほっ……転々としておりましたが、今はクィン様の世話係をさせて頂いております」
「ユーオリアに行っていたのか! クィンは元気にしているかい? 今日は何でまた?」
二人の口にするクィン・シャーレとは、預言の勇者の一人。救世戦争以後、彼女は母国であるユーオリアに身を置いていた。
目を輝かせ質問攻めをするアルメインに、ルーミーはどこか懐かしさを覚える。幼い頃から彼は、好奇心旺盛な子だったと……。
「それはもうお元気で、お坊ちゃまにも会いたがっておいででしたよ。今日は偶然にも別件で聖都に立ち寄っており、こうして坊ちゃまの晴れ舞台を拝むことができました」
「そうか……。落ち着いたら彼女にも顔を見せたいな。この後、王国には行くのかい?」
かつての仲間、旧知の友に想いを馳せるアルメイン。クィンを除く他の勇者二人とも、長らく会っていない。帝国に再び平和を齎した後、彼らのもとへも赴きたいと考えるのだった。
「実は、明日には聖都を発ち戻らねばなりません。ミルカ様にご挨拶したかったのですが」
「明日!? 大変だな……また時間がある時、母上に顔を見せてあげて欲しい。きっと喜ぶ」
アルメインの母──亡き王妃ミルカとルーミーは非常に親しい信頼関係を築いていた。
教育係に彼女を抜擢したのも王妃ミルカであり、ルーミーもまた王妃のためにと、腕白なアルメインに手を焼きながらも、充実した日々を過ごしていた。
そして、王妃ミルカが逝去した──あの日。ルーミーもまた、深く癒えぬ傷を抱えることになった。
「ええ……必ず。本当に……本当に大きくなられました……坊ちゃま……ぐすっ……」
感無量のルーミーが大粒の涙を零すと、その姿にアルメインは驚きながらも、穏やかな微笑を浮かべた。
彼女が成長に涙してくれるのなら、そのために僕はまだ、強くなれると。
「ああ。ルーミーおばさまが教育してくれたお陰だ。ありがとう」
「この老婆には勿体なき御言葉です……ぐすっ……ううっ……」
忽ち王子は、震えを帯びたルーミーの肩に左手を添えて、右手でその背を擦るのだった。
──────────────────────
やがて彼女が落ち着きを取り戻した頃──カイザックが二人の様子を伺いに来る。
「アルメイン殿下、教皇聖下がおいでになられましたので、そろそろ……」
「わかった。……ありがとう。ルーミーおばさま、今日はゆっくり楽しんでくれ。あなたに教わり育てられた恩は、この胸に。──恥じぬよう、立派な騎士となるよ」
「ええ、ありがとうございます。アルメインお坊ちゃま……いつまでも、見守っております」
アルメインは笑顔で頷くと、カイザックと共にその場を離れる。
けれど。彼女の頬に流れる涙の真の理由を、彼は知らずにいた。
そして──その機会が訪れることも、叶わなかった。
ルーミーの涙の真意……これは彼女の……ゲフンゲフン。
次話で第二話は終わりを迎え、第三話に入っていきます。
次回の更新も明日の21時を予定しています。
☆皆さまからの評価やブックマーク、ご感想が執筆の大きな励みになります。少しでもお力添えいただけましたら幸いです。




