第二話 魔獣‐⑧
今回は少し短めです。
六日の時を経て聖都へ帰還したコーレルム隊。
アルドールの停泊後、マリベルと別れた六人は騎士団本部内の副騎士団長室へ報告に赴いていた。
重苦しい雰囲気が漂う中、カイザックは目を通した報告書を執務机に置くと、ゆったりと椅子から腰を上げる。
「まずはコーレルム隊の諸君、ご苦労だった。未だに新米の君たちのみで構成される隊が気掛かりだが……特務隊に任命した事、ひいてはその能力は本物だと言わざるを得ない」
横一列に並んだ一同は折り目正しく敬礼し、カイザックの言葉を恭しく拝聴する。
「報告書にある発光の原因及びヴァン・ルードの人物像、奴の遺品については祈術学究院に回しておこう。捕縛には至らなかったが、十分な成果だ。……それから……率直に聞こう。カイルシアの地を見て、どう思った」
カイザックが歩み寄りながら、各人へ鋭い視線を向ける。すると物申したげなカイナと目が合い、その場で動きを止めた。
「ふむ……では、カイナ・メディス。どうだ」
「はっ。……失礼ながら、副騎士団長閣下は……あの地をご覧になったことはございますか」
「ああ…………もう、何年も前──救世戦争が始まる、三年前のことだがな」
彼は瞼を閉じて、当時を想起しながら語る。帝国にて巨大な戒獣が出現し、討伐隊を指揮していた頃──この眼で見た風光明媚なカイルノアの大地は、今でも鮮明に思い出すことができた。
「報告書にある屋敷を訪れた際、十五年前のカイルシアが記された文書を見つけました。そこにあったのは……穏やかな空気の流れる、豊かな大地でした」
「その文書の通りだ……よく覚えている。空気の澄んだ……気持ちの良い街だった」
「……ですが、私たちが見た光景は、その影もありませんでした。自然と呼ぶには破壊の限りを尽くされ、大地は死んでいた……。……私はあの地を、昔のように……あるべき姿に戻してあげたいのです」
カイナが右手の拳を強く握り締めると、その表情にカイザックは笑みを浮かべた。
「そうか……君は良い心を持っているな。かく言う私も、ルイナータに関して詳しいことは分からん。だが……志は君と同じだ。今回の件も踏まえ、祈術学究院に口添えしておこう」
「はっ……。ありがとうございます」
「──正しい心を持たねば、正しい道は歩めない。諸君はそれを、忘れるな」
ここに会する一同は想う。彼の地に豊穣を……浄化を齎すことは、聖教騎士の務めだと。
そしてそれは、騎士だからではない──一人の人間として、緑豊かな大地への回帰を望んでいた。
その後。一行が特務の報告を一通り終えると、カイザックは話を別件に移した。
「さて……次いで、今更ではあるがコーレルム特務隊について説明をしておく」
急遽の創設にウルハとミオメルの救出、更にはカイルシアの調査。
ここまで腰を据えて話す機会を逃していたが、聖教騎士団上層部でも方針が定まっていた。
「特務隊の名の通り、聖教騎士団の特務を遂行する遊撃部隊として動いてもらう。今後も特務については私から伝令を行うが、次は浄化作戦絡みだと心得ておいて欲しい」
アルメインは目を伏せる。特務隊の創設は教皇の指示だと言っていた。遊撃部隊の隊長に、自身を任命した意味……教皇には何か考えがあるのか、今はまだ見えない状況にあった。
「そして特務がない期間の任務についてだが、諸君には鍛練のみを行ってもらう。内容については、特務隊に不足している能力や隊員同士の連携等、適宜隊長より指示を受けてくれ。いつ特務を与えられても遺憾なく力を発揮できるよう、準備は怠るな」
副騎士団長の命令に一同が姿勢を正すと、アルメインは隊長として深く頷いた。
「よし。最後に、諸君にはここまでの働きに免じて十日間の休暇が認められている。技を磨くのも良いが、身体を休めるのも聖教騎士の務めだ。各自で判断して過ごしてくれ」
副騎士団長から告げられた休暇の二文字に一同が顔を明るくする。入団から忙しい時間が続いていたが、束の間の休息を得られそうだと安堵を零した。
「再度にはなるが……此度の特務は誠見事だった。諸君は期待以上の成果を挙げてくれた。やがて我ら騎士団の希望となるだろう。これからも、秩序の騎士として励んでくれ」
激励の言葉に再度、一同は動作を揃え機敏に敬礼をする。
そして一拍を置いた、その後────。咳払いをしたカイザックが、先刻までとは異なる柔らかい口調で話し始めた。
「コホン。……話は変わりますが、殿下。お伝えする話がございます」
「……ん? なんだい?」
「明日の薄暮に、殿下の入団記念祝宴会が催されることになりました。つきましては後ほど行程をお伝えいたしますが……コーレルム隊員の諸君。君たちも是非参加してくれ」
副騎士団長が満面の笑みでそう語ると、招待を受けた隊員も目の色を変えていたが、当の王子殿下は引き攣った表情になる。どうやら祝宴会がお気に召さない様子だった。
「はぁ……前々から言っていたアレか。不要だと伝えたはずだが……」
「そういうわけにもいきません。殿下のお気持ちは分かりますが、騎士団にも体裁というものがあります。どうか我慢なさってください」
やや食い気味になるカイザックは、然し平時とは異なる頑固さを垣間見せている。
「カイザック……君が取り計らったのかい?」
「はい。団長閣下との談議の上、開催を決定した次第でございます」
「エル姉まで……困ったものだな」
「殿下。どうか立場を理解していただき、主賓としてお務めください」
「わかった……。開くからには聢と務めるよ。招待状これからかい?」
「アルドールの帰還後、直ちに手配を済ませております。中には殿下も懐かしい顔にお会いいただけるかと」
「そうか。……みんな。聞いての通りだが、構わないかい?」
五人は笑みを零して首を縦に振り、女性陣は高揚気味に語らっていた。
「場所はコンコルディア大聖堂で行います。殿下は明日、起床されましたら大聖堂へお越しください。隊員の諸君も、薄暮までには会場に到着しておくように……以上だ」
一同はカイザックに再三の敬礼をして、嬉々とした表情で部屋を後にする。
残された副騎士団長は一人、祝宴会を強行した結果、隊の絆が強まることは僥倖だと……優しい眼差しを向けていた。
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闇夜を払う三日月から隠れるように、その男女は密会をしていた。
彼らは人目を避けたとある建物の屋上へと足を運び、この街を見下ろしている。
それは密会と言っても、甘い逢瀬を楽しむためではない……二人が長く抱き続けた、宿願を遂げるためのものだった。
「聖都も真夜中になれば、叱咤を受けた子供のように寝静まる。まったく不思議だな」
「当たり前よ。神にとって、私たち人間は子供だもの」
けれど人間の悪戯を親である神は些事だと看過した。
世に暗澹たる黒が跋扈した結果、純粋の白は枯れ果てる。神は放任主義なのだろうかと、男は失笑した。
「これで、報われる……そして……」
「始まる」
抽象的な会話を繰り返す二人だが、その表情は穏やかにこの夜を楽しんでいる。
そして男の瞳に映る聖都の夜は、忘れもしない──あの夜を想起させていた。
余談ですが、レムナシアの時間の概念は砂時計で計算がされています。
一般に流通する砂時計の砂が落ち切る時間=一刻(現実世界でいう2時間)です。
次回の更新も明日の21時を予定しています。
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