第二話 魔獣‐⑤
屋敷の捜索を終えたコーレルム隊は中央玄関に集合した後、各自報告を行っていた。
一行は屋敷の書斎、倉庫、寝室をはじめ応接室や厨房、洗濯室等へ足を運んだが──期待も虚しく、目立った情報は得られずにいた。
「ありがとう、みんな。……わかったのはこの屋敷が帝国貴族……カイルノア伯ヴィクス・マルディーニのものだったということだけか……厳しいな」
「はぁ……結局な〜んにもなし。まさに徒労に終わったって感じね」
「ミ、ミオちゃん、そんな言い方しなくても……特に当てもないんだから。それとも何か妙案でもあったりするの?」
「ぎくっ……それを言われると困るんですけど……」
「けれど、ヴァン・ルードという男の手掛かり、ルイナータに関する情報のいずれもなかったもの……。手詰まりなのは否めないわね」
「そうだな。……考えてみればただの屋敷だ。初めから期待のしすぎだったな」
カイナの辛辣な物言いに一同は言葉を失い、チルメリアもそれに倣って早々に立ち去ろうとする。
「む……期待外れ。……早く出よう」
「……そうだな。また振り出しに戻るが、地道にやるしかないようだ」
次の行動はどうしたものかと、思案に耽る一行。
やがて、意気消沈した彼らが屋敷を出ようとした、その時────。けたたましい爆発音と共に、大地が大きく波を打った。
「きゃっ──!」「なんだ──っ!?」
屋敷全体が振り子のように揺れ動き、中央玄関を彩る家具が次々と崩れ落ちていく。天井に飾られたシャンデリアも激しい振動を見せる中、一同は辛うじて体勢を維持していた。
しばらくすると地鳴りは収まったが──屋敷の内部はすっかり散乱してしまう。
「今の揺れ……地下からか?」
「ええ、音も地下から聞こえたように感じわ。……屋敷のどこかに地下へ行く手掛かりがあるかもしれないわね」
「リサーナに同感だ。みんな、地下室に繋がっていそうな場所の心当たりはないかい?」
「地下か……。あるとしたら一階部分だが、物置部屋にもそれらしい場所はなかったな」
「「「「「「……………………」」」」」」
程なく、腕を組み記憶の海を泳いだ末に──ぽんっ、と手を一つ叩いたのは、ウルハだった。
「うーん、地下、地下……あっ! そ、そう言えば…………!」
一斉に全員の視線が彼女へ向けられ──忽ちウルハは恥じらいながら、頬を掻くのだった。
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書斎の扉を開けると、先ほどの揺れによって本棚が倒れ伏し、至る所に書物が溢れ出していた。
今は目先に集中しようと、ウルハは扉付近の左角──絨毯の端の傍に腰を下ろす。
「こ、ここだよ」
そこには、周囲のものとは不揃いな形をした石畳が垣間見えていた。
絨毯を捲ると、正方形がくり抜かれた形をした石畳が姿を見せる。その中央には小さな窪みが二つあり、何かを嵌め込むために空けられていた。
「お手柄ね、ウルハ! あたし全然気付かなかった!」
「えへへ……言われてみればって程度でしか覚えてなかったけどね」
「いいえ、石畳の形状まで見ているなんて大したものだわ。……取手を嵌めて持ち上げる仕組みになっているようだけれど……取手は地下から爆発を起こした本人が持っていると見たほうが良いわね」
「屋敷内に予備があるとしても、探し出すのは手間がかかりそうだな」
取手がなければ石畳は動かせず、かと言って地下へと繋がっている保証もない。
そしてカイナの言葉通り、労力も考慮する必要があった。
「む……強行突破?」
「それもひとつだね。……あとは、何か代わりになる物を繕うか……」
「繕う……そうだわ、そういうことなら任せてちょうだい! 要は引っ掛けて石畳を持ち上げれるようにすれば良いわけでしょ?」
何かを閃いたミオメルが右手で胸をとんと叩き、自信気に祈術陣を展開する。
「ああ、だが……」
「大丈夫、簡単なことよ! 『ナテラ!』」
快活な声と共に──ミオメルは地天の下階祈術によって、石畳の窪みと同様の形状をした取手を発現させた。
「これを……こうして……んっ……しょっと!」
続けて彼女は取手を嵌め込み、横へと押し動かしていく。
すると先端部が石畳の窪みに引っ掛かり──そのまま持ち上げることに成功する。
「ふっふーん! どんなもんよ!」
「ミオちゃん凄い! さすがだねっ!」「……意外と器用だな」
「凄いわね、ミオメルさん。本当に祈術の練度が高いのね」
洗練された見事な手腕を披露したミオメルに、一同は次々と称賛の言葉を口にする。
思わず頬を赤らめた彼女だったが、悪くない気分だと誇らしげに胸を張っていた。
「里で細かい雑用をし慣れてるのよ。けど、褒められるのも悪くないわね」
「む……ビックリ。見直した」
「ははは……。だが、どうやらここが地下への入り口で間違いないようだ。ウルハにミオメル、よくやってくれた」
「えへへ……良かったね、ミオちゃん」「ま、当然ね」
二人は満更でもない様子で、互いの手を叩いて歓喜する。
そして──石畳を持ち上げた先には、地下へと続く暗闇を映した階段が現れていた。
「ヴァン・ルード……この先にいるのは果たして彼なのかしら」
「灰の大地で屋敷の地下に居る人物……か。変人には変わりないな」
「一人ずつ降りていこう。先駆けて僕が行く……殿はチル、君に頼む」
「うん……わかった」
一同が首肯すると、アルメインを先頭にして階段を降りていく。
石畳を叩く足音が嫌に響く中──押し寄せる階段の波の果てに、やがて暗澹たる地下へとその足を着けた。
「……当たりのようだ」
「ええ。それにしても、不気味な雰囲気ね」
「地下室なんだから当然でしょ? 籠ってる奴も変人に違いないわね……はぁ~やだやだ」
全員が地下へ降りると、そこには暗闇を照らす幾つもの蝋燭が並んでいた。
まるで一行を誘うかのように列を形成して、その揺らめく姿を動かしている。
「少しいいかい。この先にヴァン・ルードがいれば、僕が探りを入れる。みんなは傍で控えていてくれ」
一様に首肯して耳を澄ませると、金属を擦り合わせているような奇妙な物音が聞こえてくる。
忽ち一行は顔を見合わせ、地下室の深部へ忍び寄るように足を進めた。
やがて──陽炎に踊る蝋燭の列に導かれながら奥へ進むと、地下室に男の奇声が響き渡る。
「イヒヒ……ああ、待ち詫びましたよォ。私もようやく報われるというものですねェ」
背後の灯火が一斉に消え失せ、ウルハとミオメル、そしてチルメリアの三人が、鳥肌を立たせた沈黙の悲鳴を上げる。
一方のアルメインは即座に祈術陣を展開し、光源を確保した。
『イグニスッ!』
炎楼の下階祈術を発現させると、炎球が太陽の如く地下空間を照らし出す。
どこか饐えた臭いを漂わせている地下には、無数の檻と液体が散乱していた。そして────。
「やぁやぁようこそ私の魔術工房へおいでくださいましたァ! アルメイン王子ィ? それから……付き人の皆様」
地下室の最奥──暗闇の中から、甲高い声を上げた一人の男が立ち現れる。
その男は陰鬱な灰の外套を身に纏い、外套に付した頭巾を目元まで深く被っている。その背には絢爛な大輪の花の刺繍が金糸で施されており、男の存在感を一層際立たせていた。
「魔術工房……? それになぜ僕だと……。あなたがセレニタスの──ヴァン・ルードか」
「いかにもォ。私がこの地に奇跡を生む魔術師ィ……ヴァン・ルードでございます。名で呼ばれることに慣れておりませんのでェ……どうぞルードと、お呼びください……ヒヒッ」
男は己の名を告げ……外套を被ったまま、右手を胸に当てて深く一礼した。
その奇怪な名調子に一行は狼狽えながらも警戒の色を強めると──やがて身の毛がよだつ寒気から、ミオメルは全身を震わせる。
「ひぃいいい! 気持ち悪っ!」
「ミ、ミオちゃん……」
「……あなたには聞きたいことが山程あるが、まずは確認からだ」
「イヒヒ……どうぞどうぞォ。アルメイン王子には好きなだけお答えしましょう!」
ルードの返答にアルメインは眉を顰める。……騎士の来訪に、目の前の男は意に介する様子を見せていない。
「ありがたい。最初に、あなたには手配書が出ているが……これを聞いて心当たりは?」
外套の奥に表情が隠れるも──彼の口元は嗤っていた。一拍置いて、ルードが疑問を呈する。
「手配書ォ。それは本当に私の物でしょうかァ? 全く心当たりがありませんがァ……」
「あなたのものだ。カイルノアの民への暴虐非道。そして反聖教組織セレニタスに属する異端者としての咎が、この手配書に書かれている」
アルメインはルードに歩み寄ると、カイザックより預かった手配書を彼の机に置く。
そこには、先ほど彼が語った二つの咎が記されていた。
「異端者……? この私がァ……? それは面白い冗談ですねェ。……しかし! 主神リアスティーデ様に誓って! 私は敬虔なる信徒だと言わせていただきたい……ディーリア」
祈りを天へ捧げる姿は、然し確かに他の信徒と何ら変わらぬ姿。
だが──彼に手配書が回っている事実が、この祈りにも警鐘を鳴らしている。
「では、民への咎は認めると言うことか?」
「無論、非道を行った覚えもありませんっ! やはりィ……何かの手違いではァ?」
「はんっ! 口でなら何とでも言えるわよ。大体、こんな土地のこんな地下室に籠ってる時点で、あんたの言葉には信憑性ってものが一切ないのよっ!」
仰々しい態度に辟易したミオメルが、糾弾を口にする。
しかしルードは彼女の言葉を歯牙にも掛けず、罪業は濡れ衣だと呆れた様子で溜息を吐いた。
「全く困ったものですよォ。手配書を出した騎士に問いたいほどです、ええ! ……ところでアルメイン王子ィ。遠路遥々、斯様な場所までご足労いただきましたがァ……。ここはひとつ、場所を移しましょう。貴方様との対話にここは似つかわしくない。ああ……! 少々お待ちを!」
「……良いだろう。みんなも構わないかい」
アルメインが確認の視線を向けると、賛同の意を込めて一同は首を縦に振る。承諾の意思が伝わっているのか定かではないが、ルードは傍らにある散乱した机を片付け始めた。
程なくして満足したのか、彼は一行のもとへ歩み寄り、先導するようにその足を進めた。
「ふゥ……お待たせいたしましたァ。どうやら意向を汲んでくださるご様子。ああ……ありがとうございます。……ではこちらへ」
地下室の右側にある木造扉。ルードは扉を開錠すると、その奥へと歩みを続ける。
通路の周囲には不気味な物体が散見されたが、それが如何なるものか──目の前を歩く人物以外が知る由はなかった。
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