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アガスティア  作者: 常若
第一章 赤の勇者
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第二話 魔獣‐④

 一行が屋敷の前に辿り着くと、視界を埋め尽くすその壮大さにメディス姉弟が感嘆の声を上げる。

 錆びついた鋼鉄の門が一行を出迎え、屋敷はかつての栄華を物語るように聳え立っていた。


「……目の前にすると大きさが際立つわね」


「アルメインの言う通り、帝国貴族……この地を統治してた者の屋敷だろうな」


「錠は掛かっていないようだ。押してみよう」


 忽ちアルメインが鋼鉄の門を力強く押すと、軋んだ鈍い金属音を鳴らしてゆっくりと来訪者を屋敷へ誘う。

 一行は門を潜り抜け、閑雅な庭園を進んだその先──絢爛な装飾が施された屋敷玄関の叩き金を鳴らした。

 しばらく応答を待ったが、中から人が出てくる様子は一向にない。ミオメルはごくりと唾を飲み込むと、不安を払拭させる。


「……まぁ当然よね、この状況で人がいるわけないし」


 やがてアルメインが玄関扉に手を掛けると、施錠はされておらず──荘重な扉が緩やかに開かれていく。


「中に入ってみよう。何か……嫌な予感がする」


──────────────────────────


 屋敷の中へ足を踏み入れて最初──目に留まったのは中央玄関を彩る巨大なシャンデリアと、色褪せた赤の絨毯。


 外観に違わず絵画や陶器などの芸術品が品格を漂わせる豪奢な内装だったが、些か汚れや埃が目立っている。


 床に積もった埃は足を進める度、宙を踊るように姿を動かしていた。


「わぁ……(きら)びやかだね」


「む……埃が酷い。……アル、ここは良くない」


「長年誰も手入れしてなかったんだろう。すまないが、少しだけ我慢してくれ」


 中央玄関を見渡すと、広々とした空間から左右に廊下が伸びて分かれていた。


 また二階へ続く緩やかな曲線を描いた階段があり、天井の高さから屋敷は二階建てと推察できる。


「外見通り中も広いわね……手分けして捜索しましょ。私とカイナは一階左側の部屋をあたってみるわ」


 リサーナが確認の視線を向けると、カイナは即座に首肯し、一同も彼女の提案に賛同するように頷いた。


「わかった。終わり次第ここ中央玄関に集合しよう。ミオメルとウルハは一階右側の部屋を頼めるかい? 僕とチルは上の階をあたるよ」


「はいはい、何か見つかったら報告するわ。行きましょウルハ」


「う、うんっ」


 足早にミオメルが右側の廊下へ足を向けると、彼女に続いてウルハも奥へと消えて行く。


 メディス姉弟も移動を開始すると、その場にはアルメインとチルメリアだけが残った。


「それじゃあ僕は二階の左側をあたってみる。チル、右側を頼めるかい?」


「埃くさくて息苦しい……早く済ませてここを出る」


 気怠(けだる)そうにしていたチルメリアだが、手短に済ませたいのか、機敏な動きで二階へ向かう。


 そんな彼女の背にアルメインも笑みを浮かべながら階段を上がると、各自捜索を開始した。


──────────────────────────


 ミオメルとウルハの二人は、一階右側の廊下に面した一室に訪れていた。部屋の床一面には落ち着いた深碧(ふかみどり)色の絨毯が、両面の壁には本棚が張り巡らされている。


 さらに視線を奥へと向けると、硝子窓から陽光が差し込む位置に書斎机が据えられていた。


「ここ、書斎かな?」


「そうみたいね。はぁ……にしても、これだけの数、目当ての本を探すのも一苦労よ」


「あはは……気合、入れていくしかないね」


 本棚には隙間一つなく数多の本が納められ、壁一面に配置された棚は主人の几帳面(きちょうめん)さを表していた。


 一方で古びた書斎には糸蟲(いとむし)の吐き出した糸が散見され、中には網の罠に獲物が捕獲されている箇所もあったが──当の糸蟲の姿はなく、獲物は既に事切れていた。


「うぇ……どの棚も埃被って糸蟲の糸張ってるし……鳥肌立ってきたぁ……」


「歴史書と聖教に関する本が多いみたいだね。……あっ、スオウの本もあるよ」


 屋敷の主人の趣味だろうか。本棚を眺めていると、収納された本の分野に偏りがあると気が付く。


 (たちま)ちウルハは、本棚より出身国であるスオウ領国の建国に(まつ)わる本を手に取った。


『太古の時代────世界には王国と帝国のみが存在した、預言者マーレが現れる前の時代。この二国は領土を巡り、終焉なき不毛な闘争を繰り返していた。


 そして時は流れ、世界に預言者マーレが誕生する。彼は二国を啓蒙(けいもう)して戦争に終止符を打つと、世界を五つに分断した。コーレルム王国、オルドバーン帝国、リダマーナ領国、ユーオリア領国、スオウ領国──そして五国の交わる世界の中心に、聖都ニルヴァーナを創り上げた。


 やがてスオウ領国の初代領王であるツクヨミ・スオウは預言者マーレの導きのもと、民に聖教の教えを説き、豊穣と調和の国を築き上げていく──』


 この他、書物には建国に携わった者の足跡やスオウ領国黎明期(れいめいき)の数々の逸話が記されていた。


「マーレ様がいなかったらスオウも……私たちも生まれてないかもしれないね」


「預言者マーレが誕生して主神から祈術と預言を授かり、聖教の教えを説いて戦争も終戦。領土は五つに分けて聖教が統治……って、正直ちょっと出来過ぎ」


「出来過ぎでも……戦争が続いてるよりはずっと良いよ」


「…………そうね」


 スオウ領国の地は元王国属領。民は王国のために多くの命を散らした。終戦により無意味な死からは救われたが──今も尚、人の悪意は決して消えていないのだと、ミオメルは(うつむ)く。


 ふと、陽光に誘われて奥の書斎机へ視線を向けると、埃を被った一冊の書物に目が留まる。

 歩み寄ったミオメルはその本を手に取ると、靄のように積もった埃を払う。


「ん……? 一冊だけ書斎机にも本があるわね。えーとなになに……『()()()()()()()()()()()()()()()()』……?」


 題名は『預言者マーレに関する見解について』。著者は()()()()()()()()()()と記述がある。


 本を捲ると、そこには預言者マーレの逸話に対する持論が記されていた。


「ミオちゃん、何か見つけたの?」


「そこの机に置かれてた本よ。マーレ様万歳(ばんざい)な本かしら」


 ウルハへ本を渡して肩を(すく)める。先ほどの話題にも挙がった偉大なる預言者の逸話に、ミオメルは耳にタコができるほど聞いたと、愚痴を零した。


「ええと『預言者マーレの去就(きょしゅう)について』……? 『預言者マーレは最後の預言を記して忽然(こつぜん)と姿を消したと言われているが、その真実は定かではない』……」


 ウルハが読み進めると、聖教から禁書指定を受けかねない内容に目を見開く。


 耳を疑うような妄言が連なっていたが──ミオメルも黙したまま、続きを聞き入った。


「『多くの説は逝去とされている。だがマーレほど偉大な者の死ならば盛大な葬儀が行われるに違いないが、記録は見当たらず墓標があるのみだ』……『マーレの遺体は発見された資料もない。真に姿を消したのではなく、初めから存在していなかった可能性も……』なに、この内容……この本が机に置かれてた理由は分からないけど、反聖教の本だよ、これ…………」


 ウルハは拒絶反応を示すように本を閉じると、そっと書斎机に戻す。


 預言者マーレへの冒涜は大罪。流通すれば禁書指定を受けるであろうこの書物……。持ち主は譲り受けたのか──(ある)いは。


「これが屋敷の主人の物だったらビックリね。まぁ帝国ならやりかねないか、なんたってあの魔皇様の国だしね。きっと勇者様が見たらカンカンよ、カンカン!」


「うん……。この場にアルくんがいなくて良かった。……本の著者も帝国の人、なのかな……」


「アルくぅん? いつからそんな呼び方するようになったのよ!」


「あ、あはは……サマル村でね、アルメイン様はやめてくれってお願いされたの」


「ふぅん、そう……」


 人差し指で頬を掻くウルハにミオメルは目を細めるが、脱線した話を元に戻す。


「ヴィクス・マルディーニ……まぁ、こんな代物を書く勇気だけは認めてあげるわ」


 屋敷の主人に本の著者。彼らが気に掛かる二人だったが、他に収納されている本の中で手掛かりになりそうなものは見当たらない。ミオメルは溜息を吐いて、再度部屋を見渡した。


「他は至って普通の歴史書やらばっかりみたいだし……ウルハ、切り上げるわよ」


「そうだね……次の部屋、行こっか」


 その去り際。ミオメルは部屋を一瞥すると、書斎机へ視線を向ける。


 例の本に眉を曇らせる彼女だったが──そのまま部屋を後にした。


──────────────────────────


 一階左側の廊下を捜索しているメディス姉弟は、屋敷の物置部屋を訪れていた。


 依然として屋敷に人は見当たらず、これと言った目立つ収穫もない状況が続いている。


「この部屋は随分と散らかっているな。いや、倉庫なのか?」


「不要だけれど捨てるには惜しい物や、捨てられない物を置いている……そんな所かしら」


 部屋は嵐が過ぎ去った後のように散乱していた。床には絨毯が隠れるほどの無造作に積み上げられた木箱や書類。壁際には埃を着せた衣服や小物、家具などが転がっている。


「この有様じゃ、いざ必要な時に探し出せるとは思えないな……痛っ」


「ちょっと、大丈夫?」


 カイナの脚に引っ掛かり、一つの木箱が横転して中身を吐き出してしまう。


 幾つもの紙が床に零れ──彼は面倒そうに腰を下ろすと、溜息と共に一枚ずつ拾い上げて木箱に戻していく。中身は過去の書類の束だったが、ふとその内の一部に目が留まる。


「ああ、大丈夫だよ姉さん。ん……『カイルノアの現況報告書』。木箱に入ってたのは十五年前……聖暦851年の書類か。筆者は……()()()()()()ヴィクス・マルディーニ……」


 書類を読み通すと、そこには統治者である伯爵が筆録(ひつろく)したカイルノアに関する現況と展望が記されていた。帝国領北西に位置するこの街だが、牧歌的で農業が盛んだった様子が書かれている。


 横からリサーナも顔を覗かせると、カイナの手元にある書類に目を落とした。


「……長閑(のどか)な街だったのね。一度でも良いから目にしてみたかったわ」


「ここがルイナータになったのは、救世戦争の時期だったな」


「そう。新聖暦1年……。けれど、僅かな期間でこれほどまで荒廃するとは考えにくいわ。きっと最初は、小さなほつれから始まったはずよ」


 カイナは姉の言葉を聞きながら、次々と書類に目を通していった。やがて零した書類を木箱へ移し終えると、機敏(きびん)に腰を上げて屋敷の外へと視線を向ける。


 窓越しに映る景色は、先ほど見ていた書類の記述とは──真逆の光景になっていた。


「ルイナータが拡大していった原因、か。帝国は……禁忌でも侵したのか」


「禁忌。禁忌ね……。世間から(うと)まれている帝国という国も、本当のところ他国と変わりはないものよ」


「……………………」


「真に恐ろしいのはそれを盲信し喧伝してしまう……人の心の弱さなのかもしれないわね」


 何が真で何が偽りか。それを知るには未熟で、ただ推し量ることしかできない。


 けれど目の前に広がる大地の色だけは、間違いだと──二人は確信していた。




 その後、ある程度の木箱の中身を確認した二人だったが、有用な情報を拾うことはなかった。


 散乱しきったこの部屋を隅までと、考えただけで骨が折れるカイナは痺れた脚で立ち上がる。


「はぁ……残りの木箱を片っ端からひっくり返しても良いけど、もう重要な情報がここにあるとは思えない……。姉さんはどう思う?」


「ええ、そうね。一旦他の部屋を見て回りましょ。何もなければ戻って来ればいいわ」


 得られた収穫と言えば、やはりここは統治者だった伯爵の屋敷という情報のみ。


 そして書類に記されていた救世戦争以前のカイルノアの姿に──帝国が衰退の一途を辿った最たる原因の魔皇。


 巡る考えを片付けながら、メディス姉弟は次の部屋へと向かった。


──────────────────────────


 それからしばらくして、アルメインが二階の捜索を終えた頃。


 中央玄関に戻る途中、二階廊下にはチルメリアが退屈そうに(たたず)んでいた。


「チル。そっちは何か見つかったかい?」


「こっちには何もなかった。アルの方は?」


「見ての通りさ」


 無表情で彼女が答えると、アルメインも肩を竦める。二階左右の廊下には寝室や住人の自室、使用人の控え室と思しき部屋が続いていたが、その総てが(もぬけ)の殻となっていた。


「少し早いが中央玄関に戻ろう。はぁ……誰かが吉報を持ってきてくれると嬉しいんだが」


「うん」


 曲線を描く階段に歩幅を合わせ、一段ずつ降りていく。未だ捜索中のためか、中央玄関に隊員の姿はない。重い足取りのチルメリアが、ふと屋敷を見渡しながらぽつりと呟いた。


「……空き部屋ばかりだった。物があっても私物が少しだけとか、そんな感じ」


「ああ。統治者ではなくなった際に出払ったんだろうな。或いは……」


 アルメインは曇らせた目を伏せる。屋敷は劣化が進んでいるが、カイルノアの街並みと比べれば綺麗に保たれている。


 荒らされた形跡もない。仮に殺傷沙汰が起きていれば血痕が残っているはず……と、深く考え始めたところで首を横に振る。 


「辞めておこう。ただでさえ勝手に捜索している身だ。憶測で語るのはあまりにも……」


「……? あまりにも?」


 階段の途中で立ち止まった押し黙るアルメインに、チルメリアは顔を覗き込む。


 すると彼は顔を上げて──悲痛な表情で、笑って答えた。


「…………不潔だ」

 


視覚的に伝えられるよう、世界観設定集に簡易的な地図の追加を予定しています。

他にもリクエストがございましたら、どうぞお伝えください。


次回の更新も明日の21時を予定しています。



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