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アガスティア  作者: 常若
第一章 赤の勇者
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第二話 魔獣‐③

 六日後────。コーレル厶隊が和合を深めつつ奮励努力(ふんれいどりょく)を続ける中、純白の翼は木々が生い茂る緑の大地を抜けて、カイルノアへと到着した。


 一行は開けた場所にアルドールを停泊させると、マリベルに出立を告げて周辺の探索へ向かう。


 降り立って間もなく。彼らが目にした景色に蔓延るは──()()()()()()()()()()()()()


 この地に人の気配は微塵(みじん)もせず、(あら)ゆる生命が冥土へ誘われた静寂に包まれている。


「……¨灰色¨だ」


 ひとつの色を見てカイナが呟く。眼前に広がるものは、景色と呼ぶにはあまりにも大地が廃れきっていた。枯れ果てた草木や廃屋が建ち並ぶ中、そっと哀愁の風が頬を撫でる。


 ¨ルイナータ¨──エナが枯渇し、神の加護が失われた地を預言者マーレはそう名付けた。彼の生きた時代にその言葉を指す場所はなかったとされているが……(しか)し確かにカイルノアの地には、エナが存在していなかった。


「……エナの存在しない地、ルイナータ。……目にするのは初めてだわ」


 リサーナが眉を(ひそ)めると、険しい表情を見せる。歴史を紐解く中で発見されているルイナータは、ここ現代のカイルノアのみ。


 救世戦争以後、聖教の司祭が巡礼を行った際にこの地の現象を観測した。通説ではセレニタス──皇帝なき帝国の反聖教組織による所業とされている。


 人間と異なり聖櫃(せいひつ)を持たない他生物にとって、大地からエナを奪われる事は生命維持の停止……死と同義といえた。


 そして────国も、人も、命も。浄化作戦は、それら総ての浄化を意味していた。


「くっ……大地をここまで穢して、セレニタスは何を望むんだ……!」

 

 踏み締める灰色に怒りを露わにするが、その声は虚しくも寂寞(せきばく)の大地へと消えていく。


 そんな彼を悲痛な面持ちで見つめながら、チルメリアもまた一様にこの地を臨む。やがて……視界の奥に漠然と映る廃街(はいがい)に、そっと目を細めた。


「アル……。報告があった発光の場所まで少し距離がある。……今は進もう」


「……静かだね。本当に誰もいないみたい。……こんなの寂しいよ」


「なーにしょげてんのよウルハっ! ……今は、できることをやるわよ」


「ミオちゃん……」 


 口先ではかく言うミオメルも拳を強く握り締め、目元を曇らせている。それ程までに……この地はあまりにも、常軌を逸していた。


「……まずは中心街へ行こう。発光の原因を突き止めるんだ」 


 アルメインの言葉に一同が首肯し、戦慄に凍りていた足を前へと進める。


 世界を(むしば)む灰……既に事態は深刻化している。その認識が、緊張を走らせていた。


──────────────────────────


 しばらく歩みを進めた一行は、発光の目撃情報があった地点の付近まで辿り着いていた。


 未だ周辺に生物の気配は皆無。枯れ果てた草木と廃屋が覆う、寒々しい景色が続いている。


「……同じような景色が続くわね。一体どこまで広がっているのかしら」


「そもそも、エナが枯渇するなんてことがあるのか」


「エナの抹消……吸収……方法はともかく現に起こっているわ。計り知れない規模でね」


「……惨たらしいな」


 依然として地平線の彼方まで続く灰の大地に、メディス姉弟は愕然(がくぜん)とした様子で語る。


 どれ程の暴虐非道を起こせばこの惨状に至るのか。カイナの胸中に秘めた想いは、冷汗となって頬を伝っていた。

 


 寂れた情景が続く中、かつてカイルノアを賑わしていたであろう繁華街の通りを歩いていると────前触れもなく唐突に、(かたわ)らから獣の鳴き声が耳に飛び込んできた。


「ガルッ! ガルガルガルッ!」


 突然の発声に一同は足を止めて顔を見合わせる。建ち並ぶ廃墟の一軒……その角から鳴き声は発せられていた。


 そしてその声は、獣──それも愛玩動物として親しまれている犬獣ガルの鳴き声に酷似していた。


「っ……! なんだ? ガルの鳴き声……か?」


「おかしい。さっきまで獣なんてどこにも見当たらなかった。それに、この環境はとてもガルが生きてける場所とは思えない」


 チルメリアは鳴き声のする角へ視線を向けるが、突如として通りに響いたその鳴き声は未だ止まない。


 彼女の言葉通り──草花一つ姿を見せない不毛の大地に、聖櫃を持つ人間以外が長時間滞在することは難しいと言えた。


「……或いは誰かが放ったか、だな。……とりあえず、行ってみよう」


 一行は瞬時に応戦できるよう態勢を整えると、慎重に足を進める。


 吠え続ける獣へ一歩、また一歩と近づく中──緊張の汗が頬を伝い流れ落ちていく。


「ただのガルだといいけど。──『ナテラ』」


「き、きっとそうだよね」


 静かに見据えるミオメルが、地天の下階祈術によって岩槍を創り出す。


 やがて足並みを揃えた騎士靴が灰土を踏み締めると、その距離は指呼の間。一瞬の沈黙が訪れ──一同は息を合わせて角を曲がった。


 そして──その先で姿を現したのは、四つ足で地を踏む獣。だが────。


「ガルルル……ガルッ! ガルガルッ!」


「なっ──!?」「う、うそっ!?」「っ──!」


 視認した鳴き声の主に、一様に驚愕を露わにする。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を持ち、いずれも()()()()()を宿した──この世の生物とは思えない惨たらしさを有していた。


「なんだ、なんだ……これは……戒獣なのか……!?」


 一つは精悍(せいかん)な顔。目元は凛々しく、長い鼻先に引き締まった口元から時折牙を見せる、鋭い骨格を持つガルの顔。


 もう一つは愛嬌(あいきょう)の顔。丸みを帯びた純粋な瞳に添えたような鼻。口元には笑みが溢れる、幼子のような愛くるしさを持った────()()()()()()()()()()()()()()


「ガルル……ガルルガァッ!」


 形容し難いその忌々しさに全員が呆然とする中──戒獣はガルの顔の口先から、緋色の祈術陣を展開した。


「む……アルっ!」


「祈術……っ!? みんな、来るぞっ!」


 次の瞬間。各々が得物を構えるも──戒獣が展開した祈術陣は発現することなく、粉々に砕けて霧散する。


 そしてガルの顔は、まるで首を締め付けられているかのような苦悶の形相を見せていた。


「っ──!? 消えたっ!?」


「ガルァ……ァアアッ!」


 愕然とするミオメルが、握っていた岩槍の手を僅かに緩める。(たちま)ちガルの顔は口先に再度祈術陣を展開させたが──先刻と同様、不発に終わり、祈術が発現することはなかった。


 やがて、残されたエナを総て使い果たしたのか──ガルの顔は事切れたように瞼を閉じると、声を発することもなくなった。


「ア──ァ────」


 一方、残された人面の顔が言葉にならない声を発している。だがそれも、次第に音をなくしていき……程なくガルの顔と同様に瞼を閉じる。終いに戒獣はその場で横たわると──二度と動くことはなかった。


「死んだ……のか?」


「…………どうやら、そのようね」


 眼前で起きた事態にカイナは目を見開き、リサーナは目を瞑っていた。


 狂気とも言える身体を持った戒獣と、その最期。信じ難い光景を目にした一行は、一様に慄然(りつぜん)とした身震いをする。


「なによ……これ……」


「可哀想……ううん、そんな言葉じゃ足りない悍ましさ。この戒獣……ルイナータと関係、あるのかな」


「アル。今の……多分、人の手で変えられてる」


「ああ。これがセレニタス……捕縛命令が出ているヴァン・ルードの行いだとすれば、必ず近くにいるはずだ。彼を問い詰めよう」


「この子……もしかしたら、悲鳴をあげてたのかも」


 静かに、ウルハは呟く。戒獣は吠えていたのではなく、助けを呼んでいたのだと。声をあげたのは一行の気配に発した、救難の叫びだったと。その答えはもう、今となってはわからない。


 戒獣の骸の前でアルメインは右手を胸に当てると、ディーリアと(ささや)いて黙祷する。如何(いか)なる生命にも主神リアスティーデの導きがあらんことを。


 未だ理解が追いつかず当惑する一同も、彼の後に続くのだった──────。


──────────────────────────


「みんな、少しいいかしら」


 一行は戒獣を弔った後、さらに街の奥へと移動していた。廃屋が並み居る、居住区と思しき場所を歩く中……しばらく、無言で思い耽っていたリサーナが口を開く。


「ルイナータはエナの存在しない場所。つまり祈術を発現すると、この場所でエナは回復しない。酷使しすぎると一時的に動けなくなる可能性が高いわ。祈術を使う際は慎重にね」


「エナの件はわかったわ。けど、枯渇しても死ぬなんてことはないでしょ?」


「そうさ。死にはしない。……人間ならな」


 カイナは先ほどの戒獣の死を示唆する。エナの枯渇に陥ると聖櫃を持たない生物は死を迎え、聖櫃を持つ人間は重度の疲弊に見舞われる。たとえ人であれど、その影響は大きいと言えた。


「身動きが取れなくなった結果、誰かの手を(わずら)わせることも考えて。もっとも、あなたが総ての敵を蹴散(けち)らしてくれるなら、話は別だけれど」 


 意趣(いしゅ)返しのような論調でリサーナが鋭い視線を向けると、ミオメルは肩を(すく)ませる。


「はぁ……単純な話、カラカラになるまで使わなきゃいいわよね」


「む……温存も大事。敵はいつ来るか分からない」


「みんなは思うように戦ってくれていい。僕は人よりエナが多い。いざという時は何とかするよ」


「アルが倒れるのが、一番困る」


 アルメインは大剣の柄を握って得意気に構えるも、それをチルメリアが窘める。忽ち苦笑いで誤魔化す隊長に、一同は笑みを零しながら足を進めていく。


「ミ、ミオちゃん……あそこの建物だけ、様子が違わないかな?」


「えらく大きいわね……貴族の屋敷みたい」


 居住区を抜けた少し先──小さな丘陵に一際存在感を放つ門構えの()()を目にする。


 遠目にも視認できる豪奢(ごうしゃ)な建造物だったが、その荘厳さは劣化が進み、朽ちた物寂しい雰囲気を纏っていた。


「かつての統治者の物だろうか。……今は手掛かりもない状態だ。一度訪ねてみよう」


「そうね。もしかするとセレニタスやルイナータに関する情報が拾えるかもしれないわ」


 かくして行き先を定めた一行は、丘陵へとその足を向ける。


 疲労か緊張か──踏み締める灰土の重みは、徐々に鈍重なものへと変わっていった。


余談ですが、ヴァン・ルードは素性が明らかになっておらず、名と咎だけが手配書に記されています。


次回の更新も明日の21時を予定しています。



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