第二話 魔獣‐②
今回は説明が多めの内容になります。
隊長の招集により、マリベルを除いたコーレルム隊の面々は、アルドール艦内に整備された稽古室へと集合していた。
飛行艇の中とは思えないほど広々とした空間に皆が感嘆する中──アルメインが一同の前へ歩み出る。
「よしっ、全員揃ったな。集まって早々だが……今日は互いの戦法や祈術について理解を深めることを目的として、軽めに実演してもらおうと思う」
「な〜んだ、そんなこと。もう大体わかってるじゃない」
「ミ、ミオちゃん……」
「確かに、みんなも大方は把握していると思う。だが連携を強化するためにも、ここは協力して欲しい。……最初は僕が手本を見せるよ」
そう言って手始めに、アルメインは訓練用に設置された二体の鉄人形の内、一体の前方に移動する。
やがて全員の視線を受けながら、彼は右手を鉄人形へ翳して祈術陣を展開した。
「まずはそうだな……陣形で言えば、僕は大剣を扱うことから前衛を務めることが多い。それから──『イグニスッ!』」
口伝と共に炎楼の下階祈術を発現させ、炎の弾丸が放たれる。炎弾は瞬く間に鉄人形に衝突すると──轟音を響かせて爆発した。下階祈術とは思えない威力に隊員は息を呑むが、驚くことに鉄人形は傷一つ見せていない。
聖教騎士の鍛練に馴染み深いこの鉄人形には、曰く超硬度の特殊な加工が施されており、預言者マーレが創った聖遺物であるという説が広く知られていた。
「僕は炎楼のエナを持っている。戦いでは今のように攻撃に向いた祈術しか使えないが、展開から発現までの詠唱は、人より少し速いと思っているよ」
「む……速いどころじゃない」
「あはは……でも、下階祈術なら然程差はないさ。祈術の階級については、上階祈術まで行使できる。……もっとも、詠唱に多くの時間を使う都合上、発現する機会はあまりないけどね」
¨上階祈術¨──。アルメインをはじめ勇者と呼ばれる四人や一部の聖教騎士、司教、枢機卿と言った面々が扱える一方で、熟練者と謳われる祈術師でも発現できない謎の多い祈術。
詠唱に用いられる要素が想像力や集中力、陣に込めるエナだけではないという説も存在していた。
「上階祈術か……。アルメインはいつから使えたんだ?」
「時期かい? そうだな……救世戦争の頃には扱えていたよ。これに関しては、他の三人の勇者も同様だけどね」
救世戦争──当時にして、齢十歳前後。上階祈術を行使する者の中でも最年少だろうか。
彼が容易く開眼させていたことに、一同は改めて勇者という存在の異質さを認識した。
「こんな力を持っていても、振るう側が過ちを犯せば何百人という命が一瞬で消え去ってしまう。……人の身には過ぎた力さ」
自身の拳を強く握る。その声音は微かに失笑を含み、彼にとって上階祈術は──業の象徴だった。
そんな彼の様子に……ミオメルは先日の会話を想起しながら、微かに瞳を揺れ動かしていた。
「すまない、話が逸れてしまった。さっきも言ったけど、上階祈術は詠唱に相当の時間が必要なんだ。もし行使する時はみんなの協力も必要になる……頼んだよ」
それは、一人の人間が背負うにはあまりにも重すぎる宿命。
そして、彼を支えるために──共に肩を並べる仲間たちは、静かに……然し力強く頷いた。
続いて、アルメインと交代するようにチルメリアが鉄人形の前方へ歩み出る。
先の流れに倣うように、彼女は右手を鉄人形へ翳し、標的の頭上に祈術陣を展開した。
「私の持つエナは雷降で、祈術は大体目視で狙った位置に発現できる──『ルシオ』」
淡々と雷降の下階祈術を発現させ、器用にも鉄人形の頭上から激しい落雷を見舞う。
「あとは……狭い距離なら直線にも撃てる──『ルシオ』」
今度は右手の先に祈術陣を展開すると、発現した雷は直線上に放電し、鉄人形へ電撃を浴びせた。
「けど、これが一番得意──『ルシオ』」
最後は雷撃を放つのではなく──己の拳に雷を纏わせる。祈術と武技の融合こそが、彼女の真骨頂だった。
三度の雷降の下階祈術を披露した彼女は、締め括りに鉄人形を雷電の拳で穿ち──閃光と共に凄烈な一撃を叩き込んだ。
「祈術は中階までしか使えない。私は発現も遅いから、基本は下階を使う」
「とまぁ、見ての通りチルも前衛向きだ。冷静な性格だが、たまに周りが見えなくなる時がある。互いを補い合って、良い連携を築いてあげてくれ」
「む……無鉄砲じゃない」
「もちろん。チルも戦いやすいようになる助言さ。次は……ミオメル、よろしく」
アルメインが優しく宥めるも、チルメリアはどこか不満げに頬を膨らませる。
そんな機嫌斜めな彼女と入れ替わるように、ミオメルが鉄人形の前方へ歩み出た。
「はぁ……なんか調子狂うわね。えーっと、あたしは地天のエナを持ってるわ。武器は槍を使ってて──『ナテラ』。こんな感じに祈術で造るわ」
先のセクトルの一件でも、岩槍で賊を一掃して魅せたミオメル。祈術の練度が高い彼女は武器を携帯せず、得物は下階祈術で創り出している。
くるりと岩槍を幾度か回転させた彼女は、石突で艦底を鋭く突くと、室内に鈍い音を響かせた。
「なるほど、器用なものだ。鉄槍ではなく岩の槍に拘っている理由はあるのかい?」
確かに、彼女の祈術の練度はアルメインから見ても目を見張るものがあった。一方で武器を発現させる以上、戦いにおいて隙が生まれる場面もあるだろう。
いずれにせよ、彼女のような祈術師は珍しいと言えた。
「え? 単純な話よ。持ち歩くと重いし大きいじゃない? あたし、可憐な女の子よ?」
「そ、そうか。……そうだな」
「祈術は中階までね。上階も何度か試したことがあるけど、まったくダメダメ」
「……あなた、誰かに師事していたのかしら? 槍捌きも随分手馴れているように見えるわ」
騎士学院には在籍していなかったミオメルだが──そんな彼女の非凡な能力に、リサーナが関心を示すのも無理はないと言えた。
「師事……? ああ、誰かに教わったかって? してないわよ。我流よ我流」
飄々とそう口にするミオメルに、思わず一同は啞然とする。
なるほど──彼女がコーレルム隊に抜擢されたのも頷ける、まさに天賦の才能を示していた。
「す、凄いな……っと、見たところミオメルも前衛向きのようだね。頼りにしているよ」
「はいはい頑張りますよ〜。……もういい? 次、ウルハね。頼んだわよ」
「えっ!? うっ、うん……」
やや発破を掛ける形になったが、それはアルメインの本心から出た言葉だった。
忽ち彼女はウルハの名を呼ぶと、岩の槍をエナの粒子へと還して霧散させた。
その後、交代したウルハは鉄人形の前に立つと、折り目正しく一礼する。
そして右手を前方へ翳し、柔和な所作で祈術陣を展開させた。
「わ、私は氷海のエナを持ってて……一応、中階祈術まで使えるよ──『ラクリマ!』」
ウルハが氷海の下階祈術を発現すると、蒼白に輝く祈術陣より尖鋭の氷塊が生み出される。
そして鉄人形を目掛けて直線上に放たれ、氷塊は人形の全身を覆うように突き刺さった。
「それと短剣を使ってて……あ、でも接近戦が得意かと言われると違うんだけど……」
両腿に携えた短剣を抜き放ち、両手に持った二本の得物を同時にくるりと回転させる。
鋭い剣身はその身を輝かせており、彼女が丁寧に研磨を行っていることが見て取れた。
「もっと自信を持っていいさ。ウルハが短剣を綺麗に手入れしているのがよくわかるよ」
「えっ、えへへ……」
「短剣、ウルハのお父さんが愛用してたわよね」
幼い頃に他界した──生みの親。胸元に短剣を当てながら、ウルハは苦笑を浮かべる。
忘れられぬ惨状の記憶と共に遺された純銀の短剣は、今もウルハの胸中にあった。
「うん……そう。自分には不向きだって、わかってるんだけどね」
「確かに騎士学院では個人の能力に合致した得意武器を選定するけれど、それが総てではないわ。あなたの想いも、きっと力になるはずよ」
「あっ、ありがとう……リサーナちゃん。えへへ……あとは鍛練頑張るねっ」
「頼りにしているよ、ウルハ。じゃあ次は……リサーナ、頼めるかい」
ウルハは再度鉄人形に一礼して、リサーナと交代する。
先に言ってしまえば、彼女がこの場で祈術陣を展開することはなかった。
「私もアルと同様に炎楼のエナを持っているわ。それから……サマル村では見せていなかったけれど、祈導書を持っているの」
「祈導書!? 本物かい!? ……いやそれよりも、一体どこで……!?」
彼女は腰に携えた一冊の本を手に取り、無造作に頁を捲る。
¨祈導書¨──神霊石よりも上等の、極めて稀少な¨神聖霊石¨を六晶用いて製作される、極致の一冊。
奇跡の鉱石とも呼ばれる神聖霊石は固有のエナを内包しており、祈術師がエナを流し込むと、共鳴して神聖霊石が内包するエナの祈術が発現する。
原初の祈導書は預言者マーレが創ったとされるが……素材の稀少さから、現在は製本が困難となっている。
「……私は祈導書の話をした方が良さそうね。この書は、六祈術を中階まで発現できるわ」
「ええっ!? 全部の祈術!? 驚きすぎて言葉がでない……凄いねリサーナちゃんっ……!」
「ふふっ。祈導書が特異なだけよ」
ウルハはやや興奮気味な様子で目を輝かせ、カイナを除いた一同も興味深く耳を傾けている。
一方で、祈導書という稀有な存在を有しながらも、リサーナが驕ることはなかった。
「む……聖教でも祈導書を持っているのはノエラス枢機卿一人だけ。どこで手にしたの」
「家宝を拝借したのよ。かつては曾祖母が持っていたようだけれど……実は私も詳しいことは知らないの。本当に偶然の産物ね」
現存する祈導書の内、二冊は聖教が所有しており、一冊は枢機卿の手に──もう一冊は神聖霊石のエナが枯渇して行使が不可能なため、聖都学術区の資料館に保管されていた。
「名前はあるのかしら? 枢機卿の祈導書にはあったわよね? たしかマ……マギ……」
「『聖祷典マギアステラ』。枢機卿も、幼い頃から逸話が多い」
「あーそうそう、マギアステラ。チルメリアも物知りね」
ノエラ・ノエラス──マーレ聖教会の現枢機卿の一人。ミオメルが博識と煽てるが、枢機卿と祈導書の出会いは歌劇の題材にもなる程度には有名な逸話だ。
まだ齢三十にも届かない彼女だが、幼少期より並外れた祈術の才能に秀でていた。
「む……ミオメルが無知なだけ」
「ノ、ノエラス枢機卿は五歳の時……託宣の儀の際に宝物庫で眠っていた聖祷典マギアステラをその手に呼び寄せ、所有者に選定された……。どこまで本当のことなんだろうね」
「その祈導書との初陣で獅子の戒獣を屠ったとも言われているな。本人は幼少期の記憶が曖昧だと言っていたが……恐らく真実だろう」
託宣の儀────五歳の子供が誕生日に教皇より託宣を受ける神聖な儀式。彼女はその儀を経て教皇の右腕として仕えること、早十数年。卓越した能力は遺憾なく発揮され、数多の逸話は聖教の威信を示していると言えた。
「私の祈導書には名前がまだないの。聖教の目録にも登録されていないから。……いずれこの祈導書も奉納する時が訪れれば、名前が付けられるかもしれないわね」
その言葉を最後に、紹介を終えたリサーナは祈導書を閉じると、弟に視線を送って交代した。
忽ちカイナが鉄人形の前に立つと、手に持った錫杖の頭部を揺らし、遊輪が心地よい金属音を響かせる。
「はぁ……祈導書の話をされた後はやり辛いな……。俺のエナは風迅で、祈術は中階まで使える。それとこの錫杖を扱うんだが……まぁ見ての通り後衛だ」
「カイナの錫杖に埋め込まれているのは、もしや神霊石かい?」
「ああ。錫杖の神霊石には、瞬時に発現できるよう風迅の下階祈術を記憶させてある」
カイナがエナを込めると、鋒に埋め込まれた神霊石が翡翠色に輝き出す。続いて錫杖を鉄人形に向けて翳すと、瞬く間に祈術が発現し──疾風の鎌鼬が踊るように鉄人形を襲った。
「姉弟揃って珍しい物持ってるのねぇ……。祈導書は別格だけど、神霊石も相当希少よ」
「そうだな……これも貰い物だ。今にして思えば、俺たち姉弟は恵まれてるのかもな」
そう語る彼は肩を竦め、口角を僅かに上げる。その表情には、どこか皮肉を帯びた色を滲ませていた。
「ミオちゃんの故郷でも、神霊石が採れるんだよ。あとは綺麗に研磨したり加工したり!」
「何言ってんの、もうフーレの里はあんたの故郷でもあるでしょ」
「え、えへへ……まだ離れて間もないけど、里が恋しいね」
「いつでも行けるじゃない。ま、今度二人で帰ってもいいわよ」
「うんっ! ……リオンちゃん、どうしてるかな」
「さぁ……どうだろうね」
故郷の話を皮切りに、会話を弾ませる二人。望郷の念に熱を帯びていく一方で、不意に旧友の名が挙がった瞬間──ミオメルの表情には微かな動揺が浮かんでいた。
「もしかしたらカイナの神霊石も、彼女たちの故郷で採れた物だったりしてな」
「……そうかもな。これはマクベス教官から譲り受けた物だ、今度聞いておくよ」
その後──全員の能力を披露し終えた後は、実戦を想定した演習に励み、協調性を意識した上で連携と技量を高める鍛練に精を出していった。
次話からカイルノアに舞台を移していきます。
次回の更新も明日の21時を予定しています。
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