2-1. 神証
「改めまして、私は光の神ルミノール。よろしくお願いします。」
校外学習の翌朝。拍手が学院の一室に響いた。
これから私は、神として学院生活を送ることになる。
昨日までの私とは違う。
今の私であれば――ここでやっていける。
「……正直に言いますが、私はあなたが“神”だという確信はまだ持てていません」
喝采を切り裂くようにそう言ったのは、この2年1組担任である南雲先生だった。
腕を組み、こちらを疑うような眼差しを向けてくる。
「当然です。それが普通の反応ですから。それに、敬語もやめていただければ。私たちは生徒と教師として…今まで通りで構いません」
「そう……分かったわ。それじゃあ、ひとつお願いしてもいいかしら?」
先生は、少しだけ身を乗り出すと、
「神にしか扱えないような“何か”を見せてくれる?」
と続けた。
「次の時間は魔術実践II。ちょうど良い機会だと思うの」
「もちろんです」
昨日までは、忌まわしい時間のひとつだったこの授業。
しかし今日は、今日からはまるで別物だ。足取りがこんなにも軽いのは、きっと初めてだった。
私は階段を降り、中庭沿いの回廊を抜けて、演習場へと向かう。
――――
「さて、最初に見せてくれる“神の魔術”は、どんなものかしら?」
先生は、こちらに体を向けながらそう言った。
私が神であることを理解してもらえる――神級魔術のうち、なにかこの規模の土地でできることは、何があるだろうか。
攻撃魔術……だと、この街ごと消えてしまうし。
誰かの身体力向上……だと、遥か彼方に飛んでいってしまうし。
現在の魔術理論では、無属性の行使は不可能とされている。それならば…
「では、これでいきましょう」
指先を掲げると、空気が微かに震えた。
無音の中で、魔素が壁のように一つに収束する。
触れれば割れそうな、けれど絶対に割れない硝子のような壁。
「無属性魔術、対全属性結界」
「……さて、先生。ここに全属性の魔術を打ち込んでみてください」
「――でも結界は、有効な属性でないと簡単に破れて…」
「構いませんよ、どうぞ」
先生はひとつ息を吐くと、速やかに魔術を展開した。
「アクア・サジッタ―Aqua Sagitta!」
無数の氷の矢が空を裂き、針のように突き刺さる
――はずだったが、それは霧のように溶けて消えた。
「テッラ・ランケア―Terra Lancea……!」
地面から幾つもの岩石が、槍のように突き刺さる
――はずだったが、それは砂のように容易く崩壊した。
「テネブリス・ウィンクトゥム―Tenebris Vinctum …………!」
漆黒が結界を腐食させんと包み込む
――しかし、何事もなかったように闇は晴れた。
「――そんなの、あり得ない…!」
水・地・闇属性の魔術を発動させた時点で、先生は諦めと驚きに包まれた。
「そうね。今の魔術理論では、これは不可能だと思われるでしょう」
「これは純粋な魔素を使った魔術。魔素が最も安定する形態で、どの属性に対しても有効」
既存の魔術理論を超越したこの概念。
唖然とした表情、騒然とした集団。
私は、神としての力を遺憾なく発揮できたのだ。
――――
その日の放課後――夕焼けが廊下の窓を紅く染める頃。
担任は私を研究室に呼び出した。
「今日は、あなたに”教えて”もらいたいの」
いきなりの頭を下げる仕草に、私は驚いた。
生徒が教師に――しかも魔術理論で講義をする、という前代未聞の構図が生まれようとしているのだ。
「構いませんよ。ですが、なるべく内密に――」