1-4. 迷宮の臨界点
神の告げし言に沿い、空の器を建立す。
聖なる光が落ちしとき、神殿に命が灯る。
――《神峯神殿壁画》より(著者不明)
※本詩は天流魔術学院・古代言語研究部門により、《前暦碑文群》の第四断片から解読・翻訳されたもの。用いられているのは、前歴六世紀頃の碑文体言語である。
「――りせちゃん!」
どれだけの時が経っただろうか。私は、彼女の声で目を覚ました。
「よかった、無事だったのね……」
詩織曰く、この穴には、クラスのおおよそ半数が落ちてしまったらしい。
ここは……明らかに異質。壁画が、上層のそれとは明らかに違う。
読めないのに、分かる。来る者を拒むような禍々しい文字が、私たちに帰還を促す。しかし……
「出口が、ない……」
誰かが呟いたその言葉は、場の空気を一瞬にして凍りつかせた。
穴は土砂により塞がっていて、あるのは下へ続く階段のみ。
また、魔素の量も下層とは比べ物にならない程多く、息をするだけで肺が重たい。
「この魔素量は……大型魔巣クラスじゃないの……!?」
針の振り切れた計測器を見て、担任は声をあげた。
気が動転しているようで、手は震え、足は竦んでいた。
彼女の恐怖を目の当たりにし、私たちも更なる恐怖に包まれた。
教師ですら恐れる危険地帯に、私たちは足を踏み入れたのだ。
しばらく通路を歩くと、少し広い部屋に出た。私たちは、ここでしばし休息を取ることにした。
「おかしい。これだけの魔素がありながら、どうしてこんなに魔物が出てこないのか……」
担任は不安と疑問を顕にした。
――当然だ。
この階層に落ちてから数十分。私たちは、一回も魔物に出会っていないのだから。
「もしかして……」
担任が疑念を口に出そうとしたその瞬間。また、大きな揺れが私たちを襲った。
一行は恐怖に怯え、泣き出す者も現れた。
――部屋の向こう側の通路から、足音が聞こえる。
それは、明らかに人の足音ではない。
重く、若干湿っぽい音。
部屋に入り、私の光が当たると、“奴”は姿を現した。
ゆらりと現れたその魔物は、息を呑むほど巨大だった。
四肢は大木のように太く、全長は優に10mを超えている。そして、その顔――
獣でも虫でもない、何か“人の憎悪”をそのまま形にしたような顔。
その赤く染まった双眸に、殺気がこれでもかと詰め込まれている。
その圧だけで、倒れてしまいそうなほどだ。
ついさっきまで泣いていた人たちも、泣くことすら忘れ、恐怖に溺れていた。
「こんな魔物くらい、簡単に倒してやる!」
律斗は息巻き、真っ先に飛び出した。
戦闘では、彼はこの中で最も強い。
冒険者に匹敵する彼ならば、必ず……きっと……あわよくば…………
――そのような淡い期待は、一瞬にして水泡に帰した。
鈍い破砕音。赤い血が壁を染め、律斗は崩れ落ちた。
「律斗君!大丈夫!?」
先生が声をかける。
しかしその大声に相対するように、奴は大きな呻き声を出した。
圧倒的な絶望、恐怖。
その前に私たちは皆、地に臥した。
「死んじゃうのかな……」
――私には、力がない。大切な人を守れない。
私に、力があれば…...
――眼前、瓦礫の隙間で、小さな光が脈打った。
石……?なのか、それすらよくわからない。
ただ、それに触れば、何かが変わるかもしれない。何かが起こるかもしれない。
ほんの僅かな、不確かな考えに賭け、私はそれに触れる。
――石に触れた瞬間、胸の奥で何かが――目を覚ました。