1-3. 日常性の破れ
「今日は、いよいよ待ちに待った校外学習ですね」
立夏の候。担任の声が高らかに響き、それに共鳴するように、生徒たちの歓喜の声が教室に響き渡る。
その中に、浮かない顔をした少女が一人。もちろん私のことだ。
校外学習とは、実際には校外演習とでも言うべきイベント。学校外の施設、魔物の巣(いわゆる「魔巣」)や遺跡などに赴き、魔物を討伐するというもの。
しかも、あの忌まわしき魔術実践IIの20%の成績が、これで決まるのだ。
「みなさん楽しんでいきましょう!」
その言葉が私の心に深く刺さる。
一行はバスに乗り込み、この町の北東に位置する山、神峯山に向かった。
ここには、古代にこの地を守るために建立されたと伝わる「神峯遺跡」がある。
バスは市街地を抜け、扇央に広がる田園地帯を走り抜けた。
やがて道は細くなり、舗装がところどころ割れた山道へと差し掛かる。
ぐらぐらと激しく揺れる車内。小さな悲鳴や笑い声が交じる中、車両は慎重に登っていく。
しばらくして、神峯山八合目――神峯神殿の前に辿り着いた。
標高はそれほど高くない。しかし魔素は街中より少し濃く、立入禁止の看板がそこら中に直立している。
バスを降り、徐々に騒がしさを増す集団。だが、学院長が前に出ると、場はたちまち静寂に包まれた。
「みなさん、おはようございます。学院長の――」
壇上の老人……学院長様から、とてもありがたい(とても長い)お話を聞かせていただいた。
――要するに……
・古代に“神のお告げ”によって建てられた。
・祀られている神は不明。
・学院管理の元で研究中。
・安全……本当か?
とのこと。
最後の項目だけ疑いが晴れないが、行くことに変わりはないのだから、考えるだけ無駄だろう。
――もし何か起こったとしても、私たち生徒よりずっと強い“教師”が居る。
生徒たちの拍手が止んだ頃、副学院長の指示があった。私たちは担任の誘導に従い、いよいよ、遺跡の中への移動が始まった。
私たち1組は先頭になる。後ろのほうが良かったが、文句を言っても仕方ない。
神殿内はかなり暗い。けれど、不思議と不快ではない。
寧ろ、“何かが欠けている”ような、そんな静けさがあった。
……まるで、何かを待っている器のような。
――まあ、避難用の最低限の灯りしか設置されていないからかな。
もしかしたら、日陰者の研究者たちへの配慮、かもしれないけれど。
「璃星ちゃんって光適性だったよね?先生から離れてるから暗くて……照明出せる?」
「いいよ!」
他の生徒たちも暗く感じていたようで、私は照明魔術を展開した。魔術学院の生徒として、こうやって魔術で頼られることはとても嬉しい。
まあ、こういう時しか頼られないんだけど……
この神殿は、現在分かっている――というより、公表されている範囲で、30階層になるそう。150mを超える摩天楼と同等と考えると、昔の人たちの涙ぐましい努力が垣間見える。
一行は1分ほど通路を歩き、突き当たりにやってきた。古代言語研究室A01と書かれた扉。ここが日陰……研究者たちの研究拠点。
学年全員は入れないようで、他のクラスは、それぞれ別の研究室を見に行った。
中は……思ったより清潔で明るい。学院のトイレよりは居心地が良い空間ではないか。
机上には、何十冊もの本が堆くみ上げられている。ここは、私の思っていた研究室そのもの。
「隣には書庫もありまして、あちらには1万冊近い本が所蔵されています」
研究員の言葉に、みんなの口から感嘆の声が漏れた。特に、魔術史に興味がある――例えば、私のような人からは、とびきり大きな感嘆と、凄まじい視線が向けられた。
私は速やかに許可を取り、本を開いた。
「――時間ですよ」
本を開き、研究員から熱心にお話を聞いている最中、担任に肩を叩かれた。
もう20分経ったって?
名残惜しいけど、ここでお別れか。
楽しい研究室見学は、あっという間に終わった。
楽しいことは、どうしてこれだけすぐに過ぎ去ってしまうのだろう。
「さて、次はいよいよ下層の探索をしていきましょう」
担任の指示に従い、私たちは通路に出る。
――長い長い石段を降り、最深部である30階層へ。
足が痛くなるほど降りたその地は、光が絶対に届くことのない下層部。
昔の人々は何を意図して、これだけ深い神殿を作ったのか。
そんなことを考えながら、私は前へ歩んだ。
――30階層に入ってから数分。突如、大きな地響きが私たちを襲った。
「なに!何が起こっているの!?」
集団のあちこちから、悲鳴が聞こえる。
私は困惑した。全員が、なぜこのような事態になっているか理解できなかった。
理解する間もなく、崩壊する地面。
落下する石に頭を打ち付け、私は意識を失った。