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流光と堕ちた闇  作者: Altena
1話 天流れたる地
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1-1. 名もなき日常

『善悪の均衡は、未だ保たれているか』

 遥か高みからの問いかけに、誰も答えることはない。

 星々は巡り、ただ静かに輝くだけだ。

 永き眠りの中で、

 彼女はまだ、己が何者であるかを知らない。

 また、あの夢だ。

 古びた聖堂のような空間で揺れる光柱と、どこか懐かしい声。

 私には、まだその意味を掴めない。


 目覚ましのけたたましい音に、私は現実へと引き戻される。

 甘い香りも、囁く声も――思考が鮮明になるほど、夢の実体は薄れていく。


 夢が霧散した部屋に、ただ、うつつだけが残った。


 慌ただしくパンを流し込む。

 何者にもなれない焦燥を掻き消すように、制服に袖を通す。

 テレビから流れる天気予報をぼんやり眺め、孤独な部屋に別れを告げる。

 団地のコンクリ階段を駆け下りて、駅へと向かう坂道。

 息を切らしながら駆け込む改札。

 いつものモノレール、いつもの朝。

 今日からまた、新学期が始まる。

 

 ここは、秋津国中部に位置する街、天流市。

 海から潮風が吹いてきて、山に囲まれた静かな街。

 ちょっとした都市だけど、私にとっての日常がある場所。

 この街には、全国でも有数の“魔術学院”がある。

 そして私は、そこに“所属”している。――私には、所属というのが精一杯だけれど。


 魔素を帯びた広告は、存在しない観客に訴求する。

 人は、魔素を帯びた携帯端末にのめり込む。

 魔術――それは、現代において特別なものではない。


「学院前、学院前です。桜辻さくらつじ千鳥町ちどりちょう方面へは1番線の各駅停車にお乗り換え……」

 アナウンスの声に現実へと引き戻され、私は魔術史Bの教科書を閉じた。

 電車は静止し、ドアが開く。人の熱気と朝の涼風が混ざりあい、生ぬるい風が肌を撫でる。

 改札から大量の生徒が吐き出されるこの時空間では、当然、顔馴染みともよく出会う。


「よっ、璃星りせ

 私の名を呼んだ彼は、駅の柱にもたれ、腕を軽く振ってみせた。

 彼は、クラスの代表をしている榊原律斗さかきばら りつと

 寮生活なのに駅にいるということは……

「またどこかの山で鍛錬でもしてきたの?」

「げっ、バレたか……」

 はい、図星。

 このやり取りも、もう何百回目だろうか。


 武術・魔術双方に秀でた実力者。人は彼を「天才」と呼ぶ。

 ……しかし、彼は血の滲むような努力で上位成績を維持している人だ。

 私は敬意を払い、彼のことを「努力家」と呼ぶ。

 「ストイック野郎」というのが、私の勝手な印象だ。

 彼は常に禁欲的で、自らに対して誰よりも厳しい。ゼノンにでも弟子入りするつもりなのだろうか?

 ちなみに、彼には彼女がいる。――正確には、「許婚」だとか。私のほうも、彼には興味がない。

 そう、私たちには男女の純粋な“友情”が成立している。いわば、“外れ値”、“特異点”。世界にとって稀有けうな存在だ。

 ガチャで言えばSSRくらいの存在になるだろう。


 そんなこんなで、私たちは教室へと辿り着いた。

 8時50分……今日もいつもと変わらず、始業10分前に到着した。

「おはよー」

「あっ、りせじゃん!おはよ!」

 こうやって、クラスメートと他愛もない会話をしながら、朝のささやかな時間を潰す。

 しかし、さすが優等生の集まる天流魔術学院。

 チャイムの鳴る前には、全員が然るべき場所に着席している。


 始業の鐘が鳴り響き、今日の学校が始まった。

 始めに担任が号令を行う。そして……

「本日は学期始めなので、ステータスを返却しますよ」

 ステータス。成績表とも言われるこれは、年三回配られる前学期までの成績表。

 知識科目の成績はSからC、実技科目の成績はSからEまでで区分される。

 私の成績は……「知識」の項目には、SとAが並ぶ。

 一方で、「実技」の項目……D, Eという文字の羅列が、紙の上で踊り狂う。

 総合成績は、知識項目により辛うじて平凡……

 平均的な子どもよりほんの少し強いほどで、魔術学院の生徒、というレッテルを貼られた状態では、落ちこぼれと言われても仕方がない。

 ちょっと魔術に興味があって、ちょっと親が教授の知り合いだっただけで、私に才能なんてものはこれっぽっちもない。

 私が封印された力を持っていて、実は強かったりー……みたいな妄想は何度したことはある。でも、そんなありえないことに思惟しいを巡らせる暇があれば、実技の練習をしたほうがまだましだ。


 ――今日の授業は…朝一から魔術史Bである。

 この教科は、中世から現代に至るまでの魔術の歴史を辿るもので、とても興味深い内容だが……とても眠くなる。

 なんせ、教科書を読み上げるだけで、面白いお話は一切してくれないのだ。

 中世の、まだ科学がそれほど進歩していなかった頃。人が理論ではなく概念で魔術を理解していた頃の魔術は、とても面白い話なのに。

 なんなら、私が講義をしたいくらい。

 教科書を読み上げるだけの先生なんて、今すぐ辞めてほしい。

 ……けどそんなこと言ったら、私の方が即退学になるかも。

 この世界で生きていくには、我慢も必要ってことだ。


 ――次の時間は……出た、地獄の実技科目、魔術実践II。単位数はなんと4。しかも必習得科目。この単位を落とせば留年が確定する忌まわしき科目。

 この科目、一年のときも40点ギリギリの落単ラインだった。もちろん、好きでそんなスリルを味わってるわけじゃない。

「実技ができないだけで、どうしてこんなに肩身が狭いんだろう」

 そう思いながら、私は重たい足を引きずって演習場へと向かう。


 これから向き合うのは、自分が一番直視したくない“現実”。

 そしてそれは、私の“属性”――光という名の、皮肉な才能に他ならなかった。


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