背伸び
依理の両親へ挨拶を済ませた帰り、私は駅前の喫茶店に入った。
私がネクタイをほどき溜め息を吐くと、依理はようやく自然な笑顔を見せた。
「怖かったでしょ、うちのお父さん」
「最初はね。でも、最後は打ち解けられたみたいで良かった」
「それにしても急だったね」
「…実はさ、先月亡くなった祖父に夢で叱られたんだ。『甘い生き方をするな』って」
「それで私にプロポーズしたの?」
依理は少し驚いた表情を見せた。
「…やっぱダサい?」
「いや、貴方らしくて良い」
依理はテーブルに肘をつき、そっと柔らかい笑みを浮かべた。
・・・
「私レモンスカッシュにするけど」
「じゃあ、アイスコーヒーで」
「へぇー珍しい」
「そう?」
「あんま頼んでるトコ見たことないから」
正解。
「ああ、今日はそういう気分なんだ」
大嘘。
自信満々にメニューを指差す私の背中を、古時計がチクタクと笑った。
こんな時くらい、格好つけさせてくれよ。
最新作の試写会で、書き直したストーリーは散々な評価を受けた。
展開が遅い。
感情移入できない。
よく分からない。
だが、私を応援する声もあった。
「大ヒット…とまではいかなかったけど、私の映画ベスト10には入ったよ」
そんな依理の言葉に、私は2袋目の砂糖に伸ばしかけていた手を慌てて引っ込めた。
「君に評価されれば、こっちのもんだよ」
「でも、なんか変わったよね。前はなんか、良くも悪くも分かりやすかった。最近は難解なストーリーが多いカンジ」
「分かりやすければ良いってもんじゃないし、また逆もしかり。ただ、人の為に作られた傾斜ほど、つまらないものはないよ」
・・・
「ねえねえ、次の新作のストーリーは?」
「聞きたい?」
「うん」
「それはまだ教えられないなぁ―――」
「いじわる」
依理は口を尖らせた。
とは言っても、実際まだ自分にも聞かせられないのが現状なのだが。
その時、向かいの席から声がした。
「オレンジジュースお持ちいたしました」
黒のベストを着たウエイトレスからは、仄かにマタタビの香りがした。