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遺言

 祖父の家は、人里離れた山奥にあった。


夏になると雑木林には蝉の声が鳴り響き、脇に通っている小川には色とりどりの蜻蛉が行き交った。


 家の裏には祖父が趣味にしている畑があり、毎年そこで取れた野菜を振る舞ってくれた。


大根と白菜と人参。


旨いと言っても趣味の範囲は出ない。


 だが、あの掘炬燵に入り、四角く縁取られた景色を眺めていると、こんなに旨い漬物は他に無いと思ってしまうのである。



 2月の下旬頃。


 東京の講演を終えた私の元に、妹から一本の電話があった。


私は内容を聞くや否や、午後の予定を全てキャンセルし新幹線のチケットを取った。


 だが、私が病室のドアを開けると、祖父は既に息を引き取っていた。



 毎年見舞いには行っていたが、殆ど会話もなく、ただ菓子折りを置いて帰るくらいだったから、祖父の顔を見るのは久々だった。


去年の秋頃、まだ祖父の腕には点滴が繋がれていたはずだ。



 その場にいる全員がすすり泣く中で、私はぐわんぐわんと脈打つ頭を抑えた。


地位と金の為に講演に出たことを、ひょっとしたら知られていたのだろうか。


いや、そんなこと、あるはずがない。


 立ち尽くす私の目の前で、管の先に取り付けられたコルベンがコポコポと嘲笑った。



3日後の通夜の席で、一人酒を飲む私の肩を掴む手があった。


「俊郎君…だったね。日枝一郎、覚えてるかい?」


「ああ、お久し振りです。たしか祖父の授賞式で御会いして…」


「覚えてくれていたのか。彼は大学の先輩でね。君のことはよく聞いていたよ」


「“ダメな孫”とでしょう?」


「いやいや。まあ、それも多少はあったが。殆どは君への称賛と労いだった。君の話になると、饒舌に話していたのを覚えているよ」


 日枝は私の隣に腰を降ろすと、残っていた寿司の残骸をひょいと口に放り投げた。


「祖父が僕のことを…?」


「ああ。それで遺言…とまではいかないだろうが、彼と最後に話した時にね、こんなことを言っていた。君は『才能があるのに本気を出さない、勿体ない人間』だと」


 日枝は短くなった白い顎髭をポリポリと掻くと、もう一つ寿司をつまんだ。


「僕に才能なんてありませんよ」


「いやいや、君の初監督作品、拝見したが見事だったよ。彼と似ているようで、また違った新しい感性が垣間見られる良い作品だ」


「そう言って頂けるのは嬉しいですが、何せ祖父からは勿論、評論家からも散々の評価を受けましたからね」


「興行的には上手くいっただろう。それに、世間の評価は高かった」


「そう作った()()()()()からですよ。作品としては2流も良いとこです」


「謙虚なところは彼と一緒だな」


 日枝は立ち上がると私の肩をポンポンと叩いた。




「そうだ、最後に良いかな」


「はい」


「君は何故、ラストで主人公を生かした?」


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