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第四話 流れる日々

 カラン、カラン――。

 ギルドの受付カウンターで、冒険者たちが次々と依頼を受注し、あるいは報酬を受け取っていく。そこかしこに響く雑踏の中、私は片隅で書類をめくりながら考え込んでいた。


 オークの角亭に泊まり始めてから、早くも10日ほどが経過する。

 初めての採取クエストと護送クエストを終え、どうやら私は新人としてまずまずのスタートを切ったらしく、ギルドの職員やほかの冒険者に「ツバサって子、意外とやるな」と、少し名前を覚えられつつあった。もちろん、街中ですれ違えば声をかけてもらえるような仲良しはそんなにいないが(ディアナがそうだといいな)、それでも心強い。


 もっとも、男だったのに女になってしまった、という核心的な秘密を打ち明けられる相手は、いまだにいない。もしかすると、当分いないのかもしれない――それは、ふとした瞬間に胸を苛む不安だった。


「……どうしようかな、次のクエスト」


 私は依頼掲示板を眺めて唸る。護送に味をしめるのはいいが、あれはタイミングが合わないとなかなか出会えないし、報酬もそれほど大きくはない。討伐依頼は危険が多いし、初心者一人では厳しいかもしれない。かと言って、採取ばかりでは装備資金もなかなか貯まらない。


 先日ディアナから「少し慣れたら廃坑調査にも行かない?」と誘われたが、今のところはまだ声がかかっていない。そもそも、あちらもメンバーを揃えないと難しいらしく、彼女自身も別の仲間と軽い討伐に出かけていることが多いようだ。


(どうしても一度にガッツリ稼げる依頼には手が出しにくいな。男に戻る手段を探す資金も欲しいし、まずは自分の戦闘力をもう少し確かめるべきか……)


 そう思案していると、受付のリリがにこやかに声をかけてきた。


「ツバサさん、もしよければこちらの掲示板の下段もご覧になっては? 比較的安全なフィールド調査や、採集と軽い警護をセットにしたクエストがいくつかありますよ」


「あ、ありがとうございます。実はちょっと迷ってて……」


 彼女に促され、私は掲示板の下の方へ視線を移す。なるほど、そこには「調査のお手伝い」系のクエストが並んでいる。専門家の護衛を兼ねてのフィールド調べや薬草採取サポートなどが中心だ。


「調査をする研究者さんって、魔法使いとか錬金術師の方ですか?」


 ふと興味が湧いてリリに尋ねると、彼女は軽くうなずく。


「はい。このギルドには専門的な研究者が時々来ます。たとえば植物学者や調合師、錬金術師の卵など。少し前から珍しい草花や鉱石が街の周辺に増えているという噂があり、定期的にサンプル採取に出かけるそうですよ。護衛や荷物持ちを頼めば、新人にも報酬を払ってくれることがあります」


「なるほど……。確かに危険度は低そうですね。あまりギルドランクの高い依頼じゃないから、掲示板の下にあるんですね」


「そういうことです。でも、研究者のクセが強い方もいらっしゃるので、その点は覚悟してくださいね」


 リリがくすっと笑う。私は少し迷いつつも、こういう地味な仕事をこなしながら研究者と親しくなれば、男に戻るための学術的情報を得られるかもしれない――そんな期待がわいてくる。


(うん、やってみようかな。魔法や錬金術にも興味はあるし、冒険者としては地道な下積みも大事だ)


 私はそう決めると、その場で依頼書に記載された簡単な条件を確認した。明日から数日かけて行う調査サポートで、場所は街の近郊。危険なモンスターはあまり出ないが、用心のため護衛が欲しいという。報酬は大金ではないが、今の私には十分だ。


「これ、受けます。『フィールド調査補助:花と鉱物の採集』ってやつ」


「はい、かしこまりました。では書類を作成しますね。詳しい集合場所と日程は、あとで担当の学者さんが説明してくれます。日にちが合わないようであれば変更も可能ですけど、どうされます?」


「日程は大丈夫です。まだ他のクエストは入っていませんから」


 こうして、私は新たな仕事を確保することになった。恐らくひたすら地味な採集や調査の手伝いになるのだろうが、今はそれでも悪くない。危険地帯へ突っ込み、万が一怪我でもしてしまったら、男に戻るどころの話ではなくなるし。

安らぎのひととき、そして馴染む身体


 その日の夕方、私はギルドを出て宿へ向かう前に、ふらりと街角の露店を眺める余裕があった。まだ日が長く、通りには賑わいが続いている。香ばしい串焼きや甘い果物の匂いが混ざり合い、異国情緒を一層強めていた。


 (……こうして散歩しているだけでも、最初に来たときほどの緊張はなくなったな)


 周囲の視線も、あまり気にならなくなっている。何日か前までは、女の身体で街を歩くこと自体に違和感を拭えなかったが、何度も往復していればさすがに慣れてくる。実際、自分の歩調や姿勢も女性らしい動きに自然と適応してきた気がして、苦笑を禁じ得ない。


 もっとも、これが慣れだと認めてしまうと、男に戻る意欲が薄れてしまうのではないか――という葛藤があるのも事実。そこはまだ答えが出せていない。


「お、ツバサ! どうだ? あれから採取クエストもやってるのか?」


 横合いから声をかけてきたのは、先日食堂で話したベテラン冒険者の男性だった。私は軽く笑って挨拶し、世間話程度に近況を報告する。


「はい、ボチボチです。明日からは研究者の調査サポートを引き受けまして」


「ああ、あれな。地味だけど安全で、そこそこ報酬もいいって評判だな。新人ならやって損はないんじゃないか?」


「ですよね。頑張ってきます」


 彼と軽く言葉を交わしたあと、私は再び石畳を歩き、オークの角亭へと向かう。開け放たれた扉の奥からは、食堂で盛り上がる冒険者たちの笑い声が聞こえてくる。まだ夕飯のラッシュには早いようだ。


 宿の中では、女将さんが忙しなく動き回っている。私に気づくと「おかえりー、今日はどうするんだい? 先に食事?」と声をかけてきた。


「ちょっと部屋で荷物を整理してからにしますね。すぐ戻ります」


「はいはい、煮込みが冷めないうちにね」


 軽く会釈をして階段を上がると、自分の部屋の扉を開ける。まるで数日前まで緊張していたのが嘘のように、ここが自分のスペースとして馴染み始めている。机の上にはこの世界の地図(簡易版)が広げられていて、ベッドの脇には新調した衣服が畳んである。


「……私、普通に暮らしてるんだなあ」


 ぽつりと呟き、椅子に腰を下ろす。ここのところあまり実感しなかったが、身体の奥に潜む増大した力は今も確かに存在し、時折不自然な軽さを感じさせる。

 たとえば、廊下を歩く際にちょっと気を抜くだけで足取りが跳ねるようになっているし、重い荷物を持ってもそんなに苦しくない。実は、普通の男の平均を遥かに超えているのかもしれない――。


 しかし、それを派手に誇示してしまうのは避けたい。いつ、誰にどんな思惑を持たれるか分からないからだ。ギルド職員や冒険者仲間に目をつけられたら困るし、私の異世界転移や男→女への変化がバレると何が起こるかわからない。研究機関に閉じ込められるなんてことはないと思いたいが。


「うん、地味にやっていこう。まずは明日の調査クエストをそつなくこなして、もう少し資金を貯める。そのあと……またディアナや他の人と相談だな」


 そう自分に言い聞かせ、私は立ち上がって食堂へ向かう。階段を下りると、すでに数人の冒険者や宿泊客がテーブルに集まり始めていた。軽い雑談が飛び交うなかで、女将さんが手招きする。


「ツバサ、こっちのテーブルが空いてるよ。今日は焼きパンと野菜スープ、あと干し肉もあるからね」


「ありがとうございます。今日はちょっと疲れたので助かります」


 席に着くと、隣には異国風の衣服をまとった細身の女性が座っており、彼女も冒険者らしい。ちらりと私を見て、軽く微笑み返してくる。こういう何気ないコミュニケーションも、最初の頃は心臓がバクバクしたが、もうだいぶ慣れた。



 スープを一口すすれば、野菜の甘みが染み渡る。そうして胃袋が温まるたび、自分がここで当たり前の生活を送っている事実を再認識する。男に戻りたい気持ちは変わらないが、同時にこれでいいかもと思ってしまう瞬間が出てくるから困る。


 ――身体は、ますます女として馴染みつつある。


 翌日。

 私はギルド本部の一室へ呼ばれ、先日の調査サポートクエストの担当者と顔合わせをすることになった。そこは調合師や学者たちが使う作業スペースの一つで、薬草や器具が散乱した棚が並んでいる。奥でガサゴソと道具を探しているのは、妙に飄々とした雰囲気の初老男性だった。


「君が今回のサポート役かね? 名前は……ツバサ、と言ったかな」


 男はくるりと振り向き、右手に持った杖を軽く振る。背はそれほど高くないが、年の割に姿勢はしっかりしている。ローブ姿にメガネらしきものをかけており、いかにも学者という出で立ちだ。


「はい、初めまして。ええと、ギルドから依頼を受けたツバサです。今日はよろしくお願いします」


「ふむ、私の名はトルト。小さな研究機関から派遣されていて、ここで調合や植物関係の調査を手伝っている。最近この辺りで珍しい鉱石や花が見つかるという噂があってね……どうにも気になって仕方がないのだよ」


 トルトはそう言って、棚の上から麻袋を下ろす。どうやらこれに採取したサンプルを詰めていくらしい。


「本当は私一人でも行けるんだが、ギルドの規約で一応冒険者の護衛をつけることになっていてね。ま、ついでに荷物持ちも頼めるなら助かる。君は新人らしいが、足手まといでなければいいがね」


 言葉尻はややキツいが、嫌味というほどでもなく、むしろ興味津々という感じが伝わってくる。私は軽く苦笑しながら、「ご心配なく、頑張ります」と答える。


「それじゃ、早速出発だ。街の北にある丘陵を回って、林と川沿いをチェックしたい。危険はあまりないと思うが、一応気を張っていてくれ」


 こうして、私は研究者トルトの護衛+サポートとして街を出ることになった。道中、彼はやたら饒舌に植物や鉱石の薀蓄を語り、「この大陸の生態系は奥深い」などと楽しそうに喋り続ける。


 私が「どうしてこんな辺境の街で研究を?」と尋ねると、彼は苦笑を浮かべて答えた。


「辺境だからこそ、まだ人目に触れていない不思議な素材があるのだよ。世界の中心地や王都では、もう大半の資源が開発されつくしていてね。だが、こうした地方には、思いがけない新種や未知の魔力を帯びた物質が転がっていることが少なくない」


「へえ……未知の魔力、ですか。すごいですね」


「実際、ここ数年で突拍子もない現象が局所的に起きているという話をいくつか耳にする。急に花の色が変化していたり、モンスターの生態が乱れていたり……。まるで世界のどこかで魔力の穴が開き始めているような噂もあるくらいだよ」


 魔力の穴――聞き慣れない言葉だが、もしかすると異世界とのつながりに関係するかもしれない。胸がざわつくのを感じながら、私は「そうなんですか……」と相槌を打つに留めておいた。迂闊に自分が日本から来たなどと言うわけにもいかない。


「さて、まずはあの丘のふもとで花を採取し、次に川沿いで水草や石を採る。君は気を配りながら、私のお手伝いを頼むよ。重い道具があれば持ってくれればいい」


「わかりました。何かあれば声をかけてください」


 トルトは「ふん」と鼻を鳴らし、どこか上機嫌そうに歩みを進める。実際、口はきつめでも人当たりはそう悪くないらしい。私は彼の後ろを歩きながら、時折周囲を見渡して警戒を怠らない。魔物が出る可能性は低いと言われても、備えておくに越したことはない。


 そして、実際に森を抜けた小さな丘陵地帯を歩き始めると、トルトはお目当ての花や雑草を次々に採取し始めた。色合いや匂いを確認しつつ、どれが珍しいかを見極めるらしいが、ほとんど素人の私には全部似たような草に見える。


「ツバサ、ここにある淡い紫の花、これを抜き取ってくれないか。根ごと丁寧にな」


「了解です!」


 私がしゃがんで花を抜き取るとき、周囲に特に怪しい気配はない。小型の野うさぎのような生き物が遠くを走っている程度だ。殺気もモンスターの気配もないあたり、確かに安全な仕事だと実感する。


(こういう穏やかな仕事なら、しばらくは問題なく過ごせるのかな……)


 男に戻るための情報や資金は、地道に貯めるしかないのだろう。荒稼ぎを狙えば命のリスクが高くなるし、まだ私はこの世界の危険を十分に把握していないのだから。


 ひと段落ついたころ、トルトが「あっちの川沿いへ移動するぞ」と言い出す。私は麻袋を背負い、彼の後をついていく。これが思いの外、重量があるらしく、普通なら結構きつい重さだろうが、私には苦にならない。男の身体だった頃の筋力プラス、この世界で強化されたパワーのおかげだ。


「ふむ、君は意外と力と体力があるな。普通ならこれだけ採取したら辛いだろうに」


「あははは……普通ですよ....」


 あまりにも余裕な様子の私にトルトが言葉をこぼすが、それ以上深くは追及せず、ふむ、とだけ言って先を進む。


 およそ半刻ほど歩き、川のせせらぎが聞こえてきたあたりで、再び採取作業が始まった。水辺には独特の水草や苔が生えており、トルトはそれらを次々に切り取っていく。私も濡れないよう気をつけながら、周囲を見張る。


「このあたりもとくに危険なモンスターはいないようですね」


 言いかけた瞬間、ぴちゃり、と水面が跳ねた。私はとっさに身構えるが、何か大きな魚のようなものが飛び跳ねただけらしい。ほっと胸を撫で下ろし、川辺へ目をやると、トルトが小さく舌打ちしていた。


「む、川魚か。ん? いや、なんだあれ……」


 彼は水中に手を入れようとしている。私は少し慌てて止めようとする。


「トルトさん、川の中に何かあるんですか?」


「見えるかね、あの石……少し青みを帯びている。磨けば魔力石の類かもしれない。ちょっと引き上げたいんだが、水が冷たいな」


 気合を入れて、トルトは膝まで川へ入ろうとする。危険は少ない場所とはいえ、不意に足を滑らせたら大変だ。私はすぐ隣で体勢を支えられるよう構える。


「大丈夫ですか? 私が代わりに取りに行きましょうか?」


「いや、いい。あまり慣れてない若者が入って流されたら困る。私の方が多少慣れているから――っと」


 トルトは水中に手を伸ばし、青白い石を掴みかける。しかし、そこで足を滑らせかけたらしく、身をよろめかせる。私がとっさに腕を引っ張り、倒れないように支えた。


「わわっ……すみません! トルトさん、大丈夫ですか?」


「ふう、助かったよ。いやはや、年寄りが無理をするもんじゃないな」


 彼は苦笑しながらもなんとか石を引き上げる。大きさは手のひらほどで、確かにうっすら青い輝きを放っている。


「これは……魔力石とは違うが、少し特殊な反応があるかもしれん。街へ戻ったら調べてみよう。さて、今日はこれでだいたい収穫は終わりかな。君の働きには感謝するよ」


 ふっと息をつくトルト。私も川辺の小石につまずかないように注意しながら、彼の手を引き、岸へ戻った。


(何事もなく終わりそうでよかった……私のチカラを活かす場面も特になかったけど、それでいいんだ)


 平和な仕事だ。大きな報酬は望めないが、それでも少しずつ経験を重ねるのは悪くない。


 街へ戻ったのは夕方近くだった。ギルドにトルトと共に立ち寄り、採取物の確認を済ませると、私の取り分としてそこそこの銀貨を手渡される。このまま完了かと思いきや、トルトは「おい、ツバサ。もし暇なら、ちょっと作業室まで来ないか?」と声をかけてきた。


「え? 何かまだやることが?」


「いや、先ほど拾った石の簡単な調査をするんだが、一人より二人の方が早い。ついでに、冒険者としてはこういう研究の裏側を見る機会も少ないだろう? 興味ないかね」


 思わぬ誘いに、私は頷く。もちろん興味がある。何より、研究者と顔見知りになっておけば、いずれ男に戻る術に関して何かの助けを得られるかもしれないという下心もある。


「お邪魔にならなければ、ぜひ見学したいです」


「ふむ、ならついてこい」


 再びギルドの奥へ入り、トルトが使用しているという調合室に案内される。そこには薬草やら器具やらが並んでおり、少し前に見た光景だが、今日は彼が魔力測定のための小型装置を机の上にセットしている。


「これは簡易魔力検知器といって、対象のものから微弱な魔力を検出すると結晶が光る仕組みだ。魔法陣を刻んだ金属板の上に対象を置いて、上から魔力を流し込むんだが……まあ、本格的な装置じゃないから精度は低いがね」


 そう言ってトルトは、川で拾った青石を装置の上に載せ、何やら呪文のようなものを小声で唱え始める。続いて杖をかざし、微かな光が机の上に広がる。その光が石に吸い込まれたかと思うと、結晶板の一部がほのかに明るくなった。


「おお、やはり魔力の反応があるのか……。とはいえ弱いな。何か特殊な成分を含んだ鉱石か、あるいはごく低位の魔石の一種かもしれん」


 トルトが満足げに頷く。私は横で見ているだけでもわくわくしてくる。魔力という言葉は、昨日今日で急に身近になったが、実際にこうして測定される光景を目にすると不思議でたまらない。


「ツバサ、もし君も興味があれば、いずれ簡単な魔力感知ぐらいは試してみるといい。君はわりと体力に恵まれてるようだし、もしかしたら魔術の素養もあるかもしれないぞ」


 そう言われ、一瞬ドキリとする。実は私も、その可能性を考えたことはある。あまりにも身体能力が上がりすぎているのは、単に筋肉や運動神経の問題だけでなく、何らかの魔力的補正が働いているのでは――と。


「いずれはやってみたいです。でも、いきなり高度な魔法は無理ですし」


「はは、当たり前だ。魔法は一朝一夕で身につくものじゃない。興味があればまた来るといい。私も暇なときなら基礎ぐらいは教えてやるよ」


 トルトはあっさりとした調子でそう言い、手元の装置を片付け始める。私の中で、彼の言葉が微かな希望として残った。いつか男に戻る方法の片鱗を得るために、こういう知識人と繋がっておくのは損ではない。


 ――こうして、私は研究者とのつながりを得つつ、日々のクエストをこなしていくことになる。派手な戦闘こそ少ないが、安全な仕事を手広くやっていけば、資金と経験を積むうちに次のステップへ進めるはずだ。





 さらに数日が経過し、私が小規模の調査や採集、時には小さな護送をこなしながら、地道に生活を続けていたころ。実は街のあちこちで妙な噂が広がりつつあった。


 「最近、夜中に路地裏で見かけた人影が突如消える」とか、「廃坑周辺でゴブリンの繁殖速度が異常に上がっている」とか。まだ大きな事件にはなっていないが、少しずつ不穏な気配が漂い始めている――そう、ギルドの職員たちから耳にした。


 もちろん、私にはすぐにどうこうできる話でもない。ディアナは「廃坑調査はもう少し準備がいる」と言っていて、具体的なメンバー集めを続けているらしい。私は私で、調査依頼などを中心に地盤固めをしている段階だ。



 しかし、このまま日々を淡々と過ごしていればいつか自然と男に戻れる――そんな単純な夢物語はあり得ない。むしろ、自分から動いて情報を集め、誰かの力を借りる必要があるだろう。だからこそ、私は強くなり、信頼できる仲間を増やさなければならないのだ。


「……強くなるしかないんだよな」


 夜、宿の部屋で一人呟く。身体は日に日に異常なチカラと新たな性別に馴染んでいく。胸の揺れだって最初ほど気にならなくなっている。


もし、このまま街で人気の女性冒険者になってしまったら……自分の漢としてのプライドはどうなるのか。


 脳裏にはそんな不安が常につきまとっている。だからといって、ここを捨てて無謀な旅に出るのはあまりにも危険。


 ――そんな逡巡を抱えつつも、私は翌日からの調査クエストに備えて目を閉じる。トルトさんや他の学者と交流しておくのは悪くない選択だ。魔法の基礎を少しでもかじれれば、男に戻る手段へ一歩近づくかもしれない。


 さあ、明日からも地道に行こう――。

 けれど、その地道な日々がいつまでも続く保証はどこにもない。噂される町の裏側の動きや、ディアナが本格的に検討し始めた廃坑調査、そして何より異世界へ来てしまった私自身の秘密が、いつか必ず火種を生むはずだ。


 ――この世界で生きるか、元の世界へ帰るか。

 いまのところ、両立の道はまだ見えない。それでも私は、前に進むしかないのだから。


 こうして、私が冒険者ギルドを拠点に地道な活動を始めてから、約十日以上が経過した。小さなクエストを積み上げるごとに、自分の足もとが固まっていく。だが、それと同時にこの世界の闇と私自身の未知の強さが少しずつ影を伸ばし始めているのを、私の本能は薄々感じていた。

 それに気づけたのは、もう少し先の話になる。

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