―誕生―
まず、遠慮がちな光があった。
弱々しい光が眩しく感じられるということは、そこは暗いのだった。
常闇の奥、はるか遠方に、一条の光が差していた。
今にも潰えてしまいそうなそれに手を伸ばす――ということは、それはわたしの手なのだ――と、手首からこちらに向かって伸びる剥き出しの腕が見えた。仄かな光の中で、肘の辺りからこちらは闇に溶け込んでいる。だが、腕があるなら、それにくっついている体もあるのだろう。
光
まず横に、それからゆっくり縦に広がっていく光が、わたしを呑み込んだ。
眼を開けていられない。手を顔の前にかざすが、無意味だ。光は難なく瞼を透過してくる。
光、光、光、光――
光の洪水の中、呼吸もままならない。ああ、生まれるのだ、とわたしは気付く。
いやだ、怖い。
ぎゅっと目を瞑るが、許してはもらえない。
いやだ、怖い。いやだ。
いや――
視界が灰色がかっている。
集中しないと垂れこめる重さで塞がってしまう瞼を、こじ開けている。なぜそんなことをするのか、それはわからない。
少し粘り気を帯びた水溜りに横たわる体が見える。あばら骨の浮いた薄い胸板、ぺたんこの腹、細すぎる手足。小さく、あまりにも脆弱。
これは、わたし?
落胆。絶望と言い換えてもいい。なぜ、こんな。
これじゃなければよかった。
たとえば、壁際で軽く膝を折り曲げて横たわる体は、少したるみが出ているとはいえ、よく発達した乳房とがっしりした腰回り、程よく丸みを帯びた腹部、それに、股間に影を落とす柔らかそうな毛が、波打つ豊かな長い髪の色とマッチしている。ああいう一人前の姿ならよかったのに。臍の下から縦に伸びる古い傷跡さえ妬ましい。
薄明るい部屋の中には、他にも様々な肉体が横たわっている。皺くちゃで枯れ枝みたいな体、腹の肉が液体のように床に垂れた肥満体、美の女神が細部にまで気を配ってこしらえたみたいに完璧な曲線を描く体、老いも若きも、美も醜も。
しかし、いくら目を凝らして視線を彷徨わせても、わたしほど小さくか細い体は、他に見当たらない。
ちえっ
思わず舌打ちをしたが、音は鳴らなかった。かわりに、こぽ、と口から生温かい水を吐いた。わたしは、まずいことになったと悟る。
――性悪女め、もう目が覚めたのか。
視界に覆い被さってきた、顔。
男。
高い鼻梁と、引き締まった顎。いかにも女泣かせといった酷薄な風情。両端を引き上げた唇は、紅を差したみたいに赤く、濡れている。
男は、大きな柔らかな布で、わたしの顔や体を拭った。優しく抱き抱えて、そうっと。ほとんど、畏怖しているみたいに、丁寧に。わたしの肩を抱く逞しい腕、わたしの体を、髪を撫でまわす手、柔らかい布を通して伝わってくるその感触が、あまりにも冷たく無機質なので、そら恐ろしくなる。まだしも、歪んではち切れそうな欲望にせかされる無骨な手の方がましというものだ。
――もう少し、眠っておいで。どんな悪夢も、ここよりは甘美でやさしいはずだから。
男は輪郭がぼやけるほど顔を近づけて囁いた。男の息は、熟れ過ぎた果実のように甘やかなのに、鉄の臭いが微かに混じっていた。
わたしの体を横たえて、男が体を起こしたので、彼の全身が見えるようになった。
男も、裸だった。筋肉の隆起が美しい。思わず見惚れて、目が離せなくなるほど。引き締まった腰から下はしかし、灰色がかった獣毛に覆われている。男の下半身は、獣だ。二本脚で立ってはいるが、それを支えているのは、先が二つに分かれた、蹄。
後方に一歩下がった蹄が、意識なく横たわる女の手首を踏みつけた。
ごっ
不吉な音が響いたが、女はぴくりともしない。若い女の体だ。わたしと同じように細すぎる手足を持っているくせに、胸には未だ発達途中と思われる膨らみがあり、わき腹から大腿にかけて蠱惑的曲線ができあがっている。瑞々しくこれから開花する蕾のように引き締まった、体。
わたしは、何よりも、その肉を憎んだ。