お泊まり
教室の窓から暗い空を見上げて溜め息をついていると後ろから私を呼ぶ声が聞こえてきた。
「咲久、一緒に帰ろ」
「うん」
もう12月手前になって外は肌寒い。修学旅行がもう3週間も前のことなんて思わないな。
「雨、降りそうだね」
「だね。私、折り畳み傘忘れちゃった」
「俺、持ってきてるよ。降ってきたら相合傘できるね」
「また恥ずかし気もなくそんなことを」
真白っていつもこっちが照れることをサラッと言えるんだよね。でもときどき、自分で言ってすごく照れることもあるんだよ。
それから、学校を出て家に向かっているとやっぱり雨が降ってきた。しかも、急にザァーッと降ってきたのでブレザーとセーターはびしょ濡れだ。幸い、ブラウスまでは濡れていなかったので冷えないようにブレザーとセーターを脱いでビニール袋に入れた。
「咲久、早く帰ろっか」
「うん。そうだね」
家の前まで傘に入れてもらって鍵を開けようと鞄の中を探した。すると、家の鍵ではなく自転車の鍵が出てきた。
「自転車の鍵と家の鍵、間違えたみたい」
「え!蒼空は?部活だよね。莉久ちゃんは?」
「学校の図書室で勉強するって朝言ってた」
「じゃあとりあえず家に来て。そのままじゃ風邪引くよ」
「うん」
真白の家まで行ってリビングにいれてもらった。真白は暖房をつけると上の階に行って数分後戻ってきた。
「じゃあ咲久、お風呂溜めてるから入ってきていいよ。着替えは俺のパーカーとズボン持ってきたからこれ着て」
「それは嬉しいんだけど、真白の家なんだから真白が先に入ってよ」
「でも、咲久に風邪引いてほしくないんだけどな」
「真白は受験生なんだから風邪引いたらダメだよ」
「じゃあ、一緒に入る?」
……!?今、一緒に入るって言ってた?
「咲久が先に入るか一緒に入る。どっちか選んで」
「え、っくしゅん」
「ほら、早くしないと風邪引いちゃうよ」
「じゃあ、先に入る。」
真白からパーカーやズボンを受け取ってお風呂場に向かった。ホント真白の方こそ風邪引かないでよ。まあ、真白が最後に風邪引いたのって小学校の頃だったけど。
お風呂からあがって髪を乾かしてリビングに戻った。それにしてもズボンがブカブカ過ぎて脱げるから穿いてないんだよね。
「咲久、やっぱりズボンは大きかった?」
「うん。体操服は濡れてないだろうから体操服のジャージ穿くよ」
「やっぱ身長差があるからね。じゃあ俺もお風呂入ってくるね」
真白がお風呂に入っている間に今日出された宿題を終わらせた。
「咲久、ブレザーとセーター、乾燥機かける?大丈夫な素材だよね?」
「うん。じゃあお言葉に甘えようかな」
「了解」
真白にブレザーとセーターを預けた。それから乾燥機が終わるのをリビングで待つことになった。
「真白、勉強しなくていいの?」
「5時まで休憩。」
真白はソファに座って私の肩に寄りかかった。なんか、めっちゃ甘えてる。疲れてるのかな?そもそも私で癒されるのかな?
「咲久から俺と同じ匂いがする」
「まあ、服もシャンプーも真白の借りたからね」
「一緒に住んでるみたいで嬉しいな」
「そうだね」
「それにしてもパーカーもブカブカだね。」
「うん。彼シャツならぬ彼パーカーだね」
すると、真白は階段を駆け上がっていってすぐに戻ってきた。そして、私に制服のブラウスを渡した。
「彼シャツしてほしい。できればジャージは脱いで」
「え~、寒いよ」
「一瞬でいいから!そしたら勉強頑張れる!」
「まあ、それなら。でも、後ろ向いててよ」
「うん」
真白が後ろを向いている間にパーカーを脱いでブラウスに着替えてジャージを脱いだ。暖房のお陰で思っていたよりも寒くない。
「着替え終わったからこっち見てもいいよ」
真白は振り返って私の腕を引いて抱き寄せた。
「可愛い」
「どうも。ところでもう5時だけど勉強はしなくていいの?」
「勉強せずに咲久とイチャイチャしたいな~」
「勉強終わったらいいよ。それまでは私も予習しよ」
「その格好で?」
「着替えるよ!私、今ジャージ穿いてないから下着見えるかもしれないし!」
「だよね」
私はすぐにパーカーに着替え直してブラウスを真白に返した。
1時間後、真白は休憩~と言って大きく伸びをした。そして、私を抱きしめた。なんか、ぬいぐるみになった気分だな。
「咲久、今日泊まらない?母さんたち帰ってこないし」
「お父さんかお母さんから許可もらえたらいいけど」
「ホント!?じゃあちょっと訊いてみるね!」
真白は嬉しそうに電話をかけていた。きっとお母さんにだろう。お父さんはダメって言いそうだし。
「はい。それでは」
「何て?」
「海斗さんが、『咲久は雷が苦手だから今日は特別に許す』って。」
「お父さんに電話したんだ。てか、別に、雷苦手じゃないし、」
「そっか。俺のベッド広いから2人くらい余裕で横に並んで寝られると思ったけど咲久は客間で寝る?」
「ひ、1人?」
「うん」
「え、」
真白の服の裾を引っ張ってギュウッと握った。真白は笑って私を抱きしめた。
「冗談だよ」
「別に1人でもいいけど」
「ごめんなさい。一緒に寝てください」
真白があまりにも慌てていたので私は思わず笑ってしまった。
それから着替えを取りに家に戻ると莉久が帰ってきていた。とりあえず荷物を持って真白の家に戻った。
「咲久、夜ご飯何食べたい?」
「スーパーに行ってから考える」
「食材はうちにあるのを好きに使っていいんだよ」
「え、でも、友里さんたちも使うでしょ?勝手に使っていいの?」
「一応咲久が泊まるって連絡したら家にある食材好きに使えって言ってたし」
「じゃあ、鮭とキノコいっぱいあるし、クリームシチューは?」
「いいね。手伝うよ」
それからキッチンに立って食材を切り始めた。それにしても、好きな人の料理姿っていいね。いつもよりさらにカッコいい。
「咲久ちゃん、あんまり見つめられると照れるんですけど」
「ごめんごめん。カッコよくてつい」
「まあ、それならいいけど」
真白は嬉しそうに鮭を切っていた。私は隣で人参とじゃがいもと玉ねぎの皮を剥いていた。
「目が痛い」
「鼻から息を吐いて口から息を吸えば痛くないよ」
「ホントだ」
食材を切り終えてお鍋に水と牛乳と一緒に入れた。あとは、煮込んでクリームシチューのルウを入れたら完成だ。
煮込んでいる間、真白は勉強に戻った。そして、シチューが出来上がって焼いたバゲットと一緒に食べた。
「美味しい~」
「あったまるね~」
「そうだね」
「今度、お鍋することあったら真白も呼ぶね」
「ありがとう」
ご飯を食べ終えて食器を片付けてまた勉強に戻った。歯磨きをしてから1時間おきに15分の休憩を設けて11時まで勉強をした。
「疲れた~!」
「お疲れ。ほうじ茶飲む?」
「ありがとう。って真白の方が疲れてるのにごめんね」
「彼女のためにお茶淹れるって最高に幸せじゃない?」
「そう?」
「うん」
真白は笑ってマグカップを私の前に置いた。お茶を飲み終えてコップを洗って真白の部屋に行った。
「今日は入ってもいいんだね」
「もう付き合ってるからね」
真白が笑って私に顔を近付けた。キスされると思った瞬間、真白は自分の頬をパンッ!と叩いた。驚いて真白の顔を見上げると、頬が赤くなっていた。
「え、何?」
「いや、それがさ」
* * *
遡ること、数時間前。海斗さんに泊まりの許可をもらうために電話をかけた。
「もしもし、仁科です」
『真白くん?どうしたんだ?』
「今日、咲久を家に泊めてもいいですか?」
『ああ』
「え、いいんですか?」
『まあ、咲久は雷が苦手だからな。それに、俺も高校の頃から美久と泊まったりしてたし。その代わり、咲久が泊まってるからって夜にキスなんてしたら別れてもらう。それ以上をするなら会わせないする』
「どうやって分かるんですか?」
『咲久に訊く。嘘をついていても顔に出やすいから分かる』
「そうですね」
『咲久が泊まるんだから勉強頑張れよ』
「もちろんです」
* * *
「で、さっきキスしそうになったから自制した。海斗さんならホントに会わせてくれないだろうから」
「確かにね。お父さんが条件も無しに泊まらせてくれるわけがないと思ったよ」
「うん。でも、咲久が隣で勉強してくれたお陰で俺も頑張らなきゃって思って勉強がはかどったよ。ありがとう」
真白は私の頭を撫でて微笑んだ。ずるいな。普段は無邪気な笑顔のくせにこういうときだけ大人っぽい顔するんだから。
「明日も学校だし早く寝よ」
「そうだね」
「おやすみ」
「おやすみ」
電気を消して広いベッドの端と端に横になった。だけど、布団の中でこっそり手が降れている。今日は土砂降りで雷はゴロゴロ鳴っている。けれど、真白が隣にいるだけですごく安心する。お陰ですぐに寝てしまった。
翌日、6時半頃に起きた。真白は隣で熟睡だ。珍しいな。いつもは5時半くらいにジョギングしてたら部屋のカーテン開けて手を振ってくるのに。
私は制服に着替えてリビングに下りて昨日の夜、友里さんに許可をもらっていたのでキッチンを使わせてもらった。
約1時間後、真白も制服に着替えて下りてきた。
「いい匂い。朝ごはん作ってくれたの?」
「うん。友里さんにキッチン使っていいか訊いたらいいよって言ってもらえたから。まあ、友里さんの味には及ばないけどお弁当も作ってるから、よかったら持っていって」
「ありがとう。もう、幸せすぎる。新婚みたい」
「まだ結婚できないし。それよりスープ運んで」
「は~い」
実は、彼氏が寝てる間に朝ごはん作るの憧れてたんだよね。だから密かに夢が叶ったんだよね。真白に言ったら調子に乗りそうだから言わないけど。
「美味しい~」
「よかった」
「そうだ。咲久の髪、俺がセットしてもいい?」
「いいけど。できるの?」
「動画見ればね」
朝ごはんを食べ終えて真白にヘアゴムを渡した。真白は丁寧に髪をとくと、スマホと髪を交互に見て私の前髪を編み込んでいった。
「できた。やっぱ可愛い。似合ってるよ、咲久」
「そう、かな?」
「うん。また今度咲久の髪いじってもいい?」
「まあ、真白が可愛いって思ってくれるならいいよ」
「咲久は何もしなくても可愛いけどね」
「そ、そう……」
「あ、咲久照れてる。耳まで真っ赤だ。かわい」
真白は微笑んで私の耳に触れた。さっきまで熱かった耳は真白の手の冷たさで一瞬冷めたもののさらに熱くなった。
それからお弁当を持って学校に向かった。その途中で蒼空に会って一緒に行くことにした。
「姉貴、真白に何もされてないか!?」
「逆に何されるの?」
「寝込みを襲われたり」
「大丈夫だよ。そんな形跡なかったし」
「そうだよ。そんなことしたら咲久に会わせてもらえなくなるんだから。というか、蒼空は俺のことをなんだと思ってるの?」
「変態……?」
「蒼空くん?ちょっと話そうか。」
「嫌だ」
真白が蒼空の肩にもたれ掛かると蒼空は真白の腕をよけようと頑張っていた。ホント、仲良しだな。
「未来のお義兄さんに、変態なんて言ったらダメだよ。今から仲たがいする気?」
「本当のことを言っただけだ。そもそもいつか別れるかもしれないから関係ない」
「別れないよ。ね、咲久」
真白は自信たっぷりの顔で私の顔を見下ろした。どれだけ私に好きでいられてる自信があるの?ホント、こういう子供っぽい表情はずるい。可愛すぎる。
「咲久はいつか別れると思う?」
「どうかな。真白がめちゃくちゃ可愛い子から告白されるかもしれないし、その子を好きになるかもよ」
「なるね。というか、それって咲久のことじゃん。世界一可愛いし」
「真白フィルターが掛かればね。」
「そんなことないよ」
「はいはい」
それから、蒼空は友達と合流して先に行ってしまった。
学校のすぐ側で千花と五十嵐に会った。千花は私に気付くとおはよ~と言って走ってきた。
「咲久!その髪!」
「え、似合ってない?」
「ううん。似合ってる!めっちゃくちゃ可愛い~!」
「あ、ありがと」
私は髪を押さえて顔を背けた。そこまで褒められると照れるんだけど。
「咲久、俺が可愛いって言っても照れないどころか『真白フィルター掛かってたら』なんて言ってたのに、葉山さんに褒められたら照れるんだ」
「千花は真白みたいに“世界一”なんて付けないから」
「俺にとっては世界一可愛いんだから仕方ないじゃん」
「でも、世界一って言われてもあんまり信用できない」
私はわざとらしく拗ねて言ってみせた。すると、真白が私にキスをした。
「ホントに世界一なんだけどなあ」
「なんでキスするの?」
「少しは伝わるかなって。嫌だった?」
「嫌ってわけじゃないけど……人前は恥ずかしい」
「そっか。ごめんね。これからは気を付けるね」
「うん。じゃあ千花、早く行こ」
「そうだね、」
真白に背を向けて千花の手を引いて早足で学校に向かった。急にキスされるから驚いた。今、絶対顔赤い。それにしても真白は全然照れないから私ばっか好きみたいでちょっと嫌だな。
学校について靴を履きかえて教室に向かった。
席に着いて荷物を下ろして机に突っ伏した。
「咲久、いいの?先輩のこと無視したみたいになってたけど」
「いいよ。そもそもキスして照れないとか、真白は私が知らない間に付き合ったことあるんだよ。初めてキスしたときもなんか慣れてそうだったし」
「いやいや、先輩めっちゃ照れてたじゃん!咲久がすぐに顔を背けたから見てなかっただけでしょ。私と亮太がめちゃくちゃ爆笑してたのも気付かなかったの?」
「笑ってるな、とは思ったけど私の反応にかと思ってた」
「咲久の反応なんて今さらすぎて面白くないよ。先輩が真っ赤な顔なのに頑張っていつもの声で話そうとしてたのが面白くて笑ってたんだよ」
真白ってキスぐらいじゃ全然照れないと思ってた。照れるとすぐに顔を背けるのがクセになってるから真白の顔なんて全然気にしてなかった。
それからお昼休みになって真白と五十嵐が一緒にクラスにやって来た。
「咲久、葉山さん、一緒に食べよ」
「うん」
「はい!」
4人で生徒会室に行ってお弁当を広げた。
「会長と咲久のお弁当お揃いだ!なんで?」
「咲久が作ってくれたからね」
「いいな~。私も食べたい!咲久、おかず交換しない?」
「いいよ」
私は鶏肉の炒め物と千花のお弁当に入っていた卵焼きを交換した。千花も真白も美味しそうに食べてくれたので作って良かったと思った。蒼空が好んで料理をする理由が分かった気がした。
「あ、そうだ。先輩、聞いてくださいよ。咲久ってば『キスして照れないとか私が知らない間に付き合ったことあるんだよ。初めてキスしたときもなんか慣れてそうだったし』って言って拗ねてた……」
「ちょっ、千花!」
私は慌てて千花の口を塞いだ。そんなめんどくさいことで拗ねてたなんて真白に知らたら子供っぽいって思われそう。
「今のは聞かなかったってことで……」
「そっか。小鳥遊は背中向けてたから仁科先輩がガチデレしてるところ見てなかったのか。平静を保とうとしてたけどめちゃくちゃ面白かったぞ。自分でキスしてたくせに顔赤いし、世界一可愛いって言ってるときも耳赤かったし」
今思い出しても面白いと言って五十嵐がお腹を抱えて笑うと千花も笑った。私は半信半疑で真白の方を見ると耳まで真っ赤になっていた。
「咲久の前でその話はやめてよ。カッコつけてんのバレるから」
「真白もカッコつけたりするんだね」
「するよ、普通に。それと、全然慣れてないから。余裕ぶってるだけだよ」
「なんだ、そっか」
笑って真白の顔を見上げるとニヤニヤ笑っている千花と五十嵐が視界の端に入った。
「じゃあ、私たちはお邪魔みたいなので」
「先に教室に戻ってます」
2人は笑って生徒会室から出ていった。私と真白も時計を見て急いで教室に戻った。千花と五十嵐はからかってばっかだけど、今日は2人のお陰で真白の少し意外な1面を知れて良かった。