01.最強主人公、爆誕
俺はすっかり更地になった山を前に途方に暮れていた。
うん。 俺、確かに言ったよ。
神でも殺せる力が欲しいって。
でもさ、普通こうじゃないよね。
最初あの真っ白な部屋で目が覚めた時はそりゃ舞い上がったさ。
夢にまで見た異世界転生だってね。
そんでお約束通り神様が出てきて、転生するにあたって何か一つだけ願いを叶えてくれるっていうから俺言ったんだよ。
今考えれば何であんな恥ずかしいことを、しかも神本人の前で平然と言えたのか甚だ疑問だけど、あの時はめちゃくちゃテンション上がってたからよく考えもせず言っちゃったんだよ。
そしたらあのジジイ、神を殺せる力は流石に無理だけど、天使を倒した伝説の呪文だったらあるって言ったんだ。
もうそんなこと聞いたらこれ選んじゃうだろ。
だって、天使殺しの呪文『エンゼルフォール』だぜ?
数百年前の勇者以外誰も使えなかった伝説の呪文らしいし、絶対最強じゃんこれ。
俺の来世は生まれる前から勝利が約束された超イージーモードだぜ。
ってね。
そんな感じで舞い上がってたのが今から大体6年くらい前のこと。
つまり俺がこの世界に生まれる少し前だね、多分。
そして、この世界に転生してから前世の記憶が戻ったのがつい一月前。
つまりつい最近までは平凡なガキとして人生を送ってたってわけだ。
赤ん坊の頃は記憶が無かったのは、多分神が気を使ってくれたんじゃないかと思ってる。
流石に、せっかく転生したのに何にもできずただ寝てるだけの期間を何年も過ごすのは地獄だからな。
そんな訳で歩いたり基本的な会話が出来るようになったことで、少しずつ俺の自我が戻り始め、数日も経てばほぼ完全に記憶が戻って今に至るってわけだ。
当然、今まで生きてきた今回の人生の記憶もしっかり残ってるよん。
って、そんなことはどうでもいいんだよ。
問題はさっきも話した俺のチート魔法についてだ。
伝説の呪文『エンゼルフォール』
かつての勇者が天界から侵攻してきた災厄の天使を撃退するため、命と引き換えに放ったとされる技。
神のでたらめかとも思ったから俺自身でも少し調べてみたんだが。
いや、普通に見つかったわ。
家にあったおとぎ話の本の中にまんまその話が載っていた。
マジかよ。
ってことは俺正真正銘神話級の技が使えるんじゃん!
しかもノーリスクで、もしも外した時のために一日に2回まで使えるというぶっ壊れ性能っぷり。
まさに神に愛された存在。
さあ愚民どもよ俺の前に跪くがいい、そして女は乳を揉ませろ。
・・・・・・って思ってたんだよ、ついさっきまでは。
そろそろ引っ張りすぎてうざくなってきたから結論を言おうか。
マジでゴミだった。
いやね。 別に天使殺しの看板に偽りありだったとかそういう訳じゃないし、むしろ神的には仕事はしましたよって言われるんだろうけど。
要はね、強すぎたんだわ、『エンゼルフォール』。
まあ、実は記憶が戻ってからうすうす勘付いてはいたのよ。
最初から俺の中には一つの呪文が使えるという自覚があったんだ。
なんて言っても分かりにくいとは思うけど、こうとしか表現のしようがないからしょうがない。
なんか、知識とか理性とかそういうものよりずっと深いところ。
本能的な部分でそれを使えることを認識してる感じ?
まあ、そんな訳だったから当然記憶が戻ってきた俺は、早速魔法を使ってみようと思ったわけね。
無○転生でも幼少期から魔法の特訓をして強くなってたし、俺も鍛えて強くなってやるぜ、ってね。
流石に天使を殺しちゃう系の呪文をいきなりぶっぱするのは気が引けたからもっとマイルドな呪文、ウォーターボールとかホイミとかルーモス光よ的なやつを使ってみようと思ったんだよ。
なんせ『エンゼルフォール』を使えるんだからそれくらいはできるだろうってね。
ところが実際にやってみると、これがまたうんともすんとも言わない。
まあ、現代社会で育った普通の人間がいきなり魔法なんざ使えるわけないよね。
考えてみれば当たり前なんだがその辺の思考が完全にすっぽ抜けてて、そん時はなぜか俺の中の隠されし才能が不可能を可能にすると信じていた。
周りからしたら子供が木の枝を振り回しながら延々とブツブツブツブツ訳の分からない言葉を唱えてるんだから、相当気味が悪かったのだろう。
だから俺の記憶が戻ってから両親を含めた周りの大人たちの俺に対する対応がよそよそしくなった。
そんな大きすぎる代償を払いながらも、自分には隠されし魔法の才能なんてものが無いと認めざるを負えなくなるまで、一心不乱に木の棒を振り続けること一か月。
散々杖を振りながらでたらめな呪文を唱えたせいで心肺機能と腕の筋力、あと声帯は若干鍛えられた、と思いたい。
そんな訳で俺は一つの結論に達した。
俺に与えられたチートは『エンゼルフォール』を使えるくらい強烈な魔法の才能、ではなく『エンゼルフォール』そのものだったのではないか、と。
まあ、確かに考えてみれば他の呪文も使えるなんて話はしてないんだが、まさか一般人に最強の必殺技だけポン付けするとは思わないじゃん?
っていうか普通の異世界転生だと主人公はもっと万能なんですよ? リサーチ不足なんじゃないですか神様!
なんて言ったところで現実は変わらず、こうなった以上後は『エンゼルフォール』に期待するしかない。
でも、異世界転生で授けられるような能力だしショボいってことはないだろう。 流石に。
それに能力バトルものなんかだと、一見使いどころのない能力だけど応用することによって超有能スキルに大変身して活躍するのはよくある展開だ。
諦めるのはまだ早いぜ俺!
しかしさすがに自分の家を天使殺しの実験台にするわけにもいかない。
そんな訳で俺は『エンゼルフォール』を実験するため森に入ることにした。
ほんとは一人で外を歩くのはダメなんだが、それが許可されるまで待ってもいられない。
時は金なり、だ。
俺は一刻も早くチート魔法を撃ちたいんじゃい。
ということで俺は秘密裏に家を抜け出して森に入るという計画を立てたのだった。
そして今日、待ちに待った初『エンゼルフォール』記念日・・・・・・になるはずだった日。
俺は十分に支度をして家を出た。
家の近所でなら何度も遊んでるから、そこから見える景色でなんとなくどっちの方なら民家が無いのかの見当はついている。
その上で、大事を取って村からそれなりに離れた森の中で実験を行うことにした。
間違いで人を殺しちゃったら洒落にならないもんな。
因みに、この世界にも案の定魔物なる存在がそれなりにいるようなので、念のため非常食やら飲み水やらロープやらナイフやら、最悪今日帰れなくても一泊くらいなら野宿が出来るであろう装備を用意した。
まあ、そのせいで一人で出歩くのを禁止されてるんだが。
そんな訳で重いカバンを抱え、こんなに持ってくるんじゃなかった、と後悔しながら森の中を歩くこと数時間。
幸い魔物に出くわすことも、迷子になることもなく森の中に続いていた一本道を歩いていくだけでそれなりに遠くまで来れた。
所詮子供の足だし距離的には知れてるんだろうけど、これ以上遠くに行くと帰ってこられなくなるかもしれないからしょうがないか。
「ここまでくればいいか」
鬱蒼と茂った森が開け、小さな広場の様になっている場所で立ち止まる。
うんざりするくらい重い荷物を放り投げ、懐から杖を取り出した。
これは、俺が魔法の鍛錬をするにあたって自作したもので、30㎝くらいの木の枝を削って作った、俺の無意味な努力の結晶だ。
俺の直感的には杖無しでも問題なく使えそうなんだが、一応魔法だし使ってみる。
そもそもただ木の枝を削っただけのものに杖としての機能があるのかは甚だ疑問だが、まあ、雰囲気は大事だしね。
ということで杖(笑)を持ち、ターゲットを探す。
標的は・・・・取り敢えず天使を殺したっていうくらいだから遠距離砲撃系だろうと予想し、少々離れたところに見える山に杖を向ける。
今更だけど、天使を殺したって情報だけじゃ実際にどのくらいの威力があるものなのか全く分からん。
その辺りちゃんとジュール表記にしておけよ。 と思ったが、どうせこれから実際に試すんだしいいか。
いよいよだ。
高鳴る胸を押さえ、呪文を紡ぐ。
出でよ魔法。
「エンゼルフォール!!」
杖の先端が眩く光ったかと思うとその光もすぐに消えていった。
「え?」
周りにも特に変化らしい変化はない。
不発?
・・・・・・・・かと思われた次の瞬間、天空から飛来した巨大な光の柱が山の頂上に突き刺さった。
着弾点を中心に光が迸り、視界が白く染まっていく。
「や・・・・ば・・・」
気が付くと、杖を握ったまま森の出口にボーっと突っ立っていた。
「あれ?なんで俺こんなところに・・・・」
確か『エンゼルフォール』の実験のために森の中まで来て、魔法を撃って・・・・
大丈夫だ、覚えてる。
それで、どうなった?
成功したのか?
辺りを見渡すと自分が持ってきたカバンが転がっているのに気が付いた。
あれ?もしかして、ここってあの広場なのか・・・・・
恐る恐る視線を前方に戻すと、つい先ほどまで見ていた景色と記憶が一致した。
一つ違っているとすれば俺が標的にした山があった辺りを中心に、一帯が更地になっていることか。
「マジかよ・・・・」
これってつまり山を丸ごと吹っ飛ばしたってことか?
流石に威力ありすぎて、草も生えねえよ。
何これ?これ使ってどうしろっての?
国でも滅ぼすか?
なあおい、神様よ。舐めてんだろお前。
異世界転生舐めてるだろ!
はぁ・・・・クソ。
考えてみればそうだよな。
最強の魔法があったとしても威力が高すぎれば使いどころがねえよな。
ああ、スキル選び失敗した。
・・・・・・これからは真面目に魔法勉強しよう。
6歳のあの日、俺はそう決心したのだった。