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八曜の旗印  作者: 嶋森航
八曜の栄光
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宗滴の決心

天文七年(一五三八年) 9月下旬 美濃国篠脇城


「次郎殿、小次郎殿。よくぞ助けに来てくださった。なんと御礼を申せば良いか」

「宗滴殿を失えば、父上が築き上げてきた朝倉との友好関係を無に帰する事になり申した。それだけは何としても阻止せねばと思うた次第にございまする」


 宗滴はこの救援が無ければどうなっていたか分からなかったと認めた上で、偽りない感謝の言葉を述べた。泰俊は柔和な笑みで応える。


「越中や飛騨の国人は動いておらぬのですかな?」

「この戦に敗れておれば、そうなっていたやもしれませぬな。労せずして白川を攻め獲れるとなれば、黙ってはおらなんだでしょう」

「しかし勝ったとて、これまで平穏に暮らしていた一向宗徒が突然統治者を失ったのです。一向宗徒の多い白川では反発が広まるはず。放置しておれば、その隙を突かんとする輩も現れかぬませぬ。如何するおつもりかな?」

「我らは領内で一向宗を認めるつもりはありませぬ。代わりに曹洞宗冨樫派への改宗を進めまする」

「強引とは思わぬのかな?」

「一向宗では本当に人を幸福にすることは叶いませぬ。絶対他力などという思想は、阿弥陀仏の機嫌一つで簡単に覆るものにございます。人は自らの力で幸福を掴めるはずなのです。一向宗徒を掃討せねば、真の平和は訪れぬと思うておりまする」

「ふふ、ふはは。左様か。次郎殿、立派な考えかと存じまするぞ。ならば儂にもその一翼、担わせて頂こう」

「それは如何なる意味にございますか?」

「此度の戦で朝倉は一門衆を多く失い申した。弾正左衛門尉様も、嫡男・長夜叉様も亡くなった。親幕府などと体の良い後ろ盾を得て、不遜にも主君に背いたのです。儂は親幕府派を許すつもりはない。となれば衝突は決して避けられませぬ。そして内乱が終結した時には朝倉は弱体化し、独り立ちするのも難しくなっておりましょう。当家は江沼郡の返還、並びに大野郡を割譲した上で、冨樫家に臣従致し申す。冨樫への臣従はそれ即ち、六角との軋轢を解消する事にもなりましょう」


 前波藤右衛門尉景定、魚住彦三郎景栄、真柄十郎左衛門家正といった親幕府派は、景高を増長させ、反乱を誘発させた存在である。元々独立性の高かった者が多かったため、一気にその根を刈り取るべきだと宗滴は判断していた。そして何より、宗滴は主君であった朝倉孝景を失ったことに怒り心頭だった。


「しかしそれでは朝倉家臣が納得せぬでしょう!」

「反対が多いようならば大人しく全ての役目を辞し、儂は次郎殿に臣従した上で郡上を引き続き治めることに致しましょう」


 それはつまり、反対するのならば今後宗滴が朝倉家の政治、戦に関与することはないという意思表示である。宗滴は自らが朝倉家の屋台骨になっていることを自覚し、その栄華を支えてきたことを自負していた。


 宗滴が居なくなれば、途端に越前の秩序は乱れ、下剋上を目論む勢力が乱立する恐れがある。しかし、宗滴に朝倉を見捨てる気など微塵もなく、その未来が到来する可能性を家臣に突きつけ、目を覚まさせるのが狙いだった。


 宗滴は己の中にあった野心を封印してから、『守り神』として主君を支え、朝倉の未来を切り拓く為に尽力してきた。その支えるべき存在が朝倉家中にはもはや居ない。


 朝倉は絶対的にも相対的にも弱くなってしまった。それを誰よりも肌で感じ取っていたのだ。景高がけしかけたものとはいえ、細川がいずれ六角と決戦を挑むのは分かりきっていたことである。六角と足並みを合わせ、細川打倒に向け共闘できれば、朝倉は飛躍の未来を掴むことも叶うはずだった。朝倉孝景は細川の性格を正確に測った上でその機会を待っていたのだ。


 その意を汲み取る事ができず浅慮にも景高が反乱を起こしてしまったことで、朝倉家は相対的な弱体化を決定的なものとした。そしてこれから起こる親幕府派と親六角派の激しい戦いは越前全土を疲弊に導き、絶対的な弱体化に突き進んでいる。


「しかし私のような若造に宗滴殿が仕えるなど……!」

「このまま朽ちるはずだった命を次郎殿と小次郎殿が救ってくださった。齢など大した障害では無い」


 瞳には一切の澱みなく、そう言い放って見せる。沈黙の後、泰俊は何を告げようか逡巡して口を開いては閉じる。


 泰俊も感謝を述べられて喜びが無いわけではなかった。それでも、朝倉家を丸ごと背負うような重圧にあてられて、戸惑う気持ちがあった。やがて搾り出すように内諾の返事を告げる。


「……宗滴殿がその様に仰られているのに、無下にするわけには参りませぬな。当家は宗滴殿に兵をお貸しいたしましょう」

「いや、それには及びませぬ。これは儂の戦。けじめとして儂が戦わねばならぬのです」

「……左様ですか」


 宗滴は冨樫に従うことを認めさせるために、自らの存在感を周囲に改めて誇示する必要があると考えていた。後ろ盾など無く、自らの人望と信頼度だけで勝負するつもりだった。


「次郎殿は他にやるべき事があるはずでしょう」

「やるべき事、にございますか?」

「次郎殿は飛騨の戦乱に首を突っ込んでしまわれた。三木や小島はおそらく小鷹利を討つため兵を挙げるはず。これに対応するための兵を削るは下策でありましょう」


 三木も小島も、突然の内ヶ島滅亡と小鷹利の臣従に虚を突かれ、慌てて軍備を整えている最中であった。近いうちに飛騨国主の座を巡り争いが勃発するのは必定である。


「承知致し申した。某は三木と小島を討ち、飛騨の戦乱を鎮めましょう。そして飛騨の民を安んじまする」

「次郎殿と小次郎殿、そして靖十郎殿はこの乱世を終わらせることのできる傑物にございまする。この老耄が保証致しましょう」

「然様な評価は恐悦に存じまするが、まずはこの手の届く範囲を安んじてご覧に入れまする」


 泰俊は否定するのではなく、柔和に微笑んで受け入れる。そこには以前あった自らを卑下する姿は霧散していた。

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