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八曜の旗印  作者: 嶋森航
加賀平定
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朝倉との交渉

 越前国一乗谷の朝倉館には心地の良い風が吹き込み、青々しい新緑が眩しいまでに目に映る。街並みはますます京に近づいているように感じる。越前にやってきてからもここに訪れたことは一度もなかった。それどころではなかったのが大きいのであろう。


 しかし今は堂々と歩くことができる。弧を描いていた背中も若い頃に戻ったように錯覚するわ。これも次郎と靖十郎のおかげよ。それにしても、次郎とは久しく会っていないが、槻橋伯耆守の文によると人が変わったように領内の統治に腐心していると言っていたわ。伯耆守が申すのだから間違いないのだろうが、あの気弱な次郎が諸将を引っ張っているというのだから、半信半疑だ。これまでその片鱗を欠片も見せてはこなかった。靖十郎のお陰やもしれぬな。


「弾正左衛門尉殿、久しいな」

「加賀介殿もご壮健のようだな」


 儂は靖十郎の頼みで朝倉に援軍を要請するよう言われた。面識のある朝倉との仲介役として白羽の矢が立った形だ。戦略面では専ら靖十郎が担当しているらしい。靖十郎には秘められた戦の才があったのやもしれぬな。


「倅が心配性でしてな。菊酒を送ってくる割に、美味いからと大量に飲むのは控えろと無理な話を宣うのだ」


 あれだけ美味い酒が手元にあったらいくらでも飲んでしまうわい。心配性なのは相変わらずじゃ。


「ははは、良いことではないか。加賀介殿のご子息はご活躍のようだな。鶴来は京で一乗谷以上の繁栄と言われておる」

「儂は次郎と靖十郎が加賀に向かってから一度も加賀には帰っておらぬ故、分からぬのが恥ずかしく思いますな」


 野々市は廃れていたと聞いたが、鶴来に本拠を移して繁栄を加速させておるという。


「某の息子も生まれたばかりでしてな。どのような男になるか楽しみだ」


 此度は泣きの援軍ではない。気持ちが軽いわ。こうして軽口を叩きながら会話を続ける余裕がある。依然溝江家に居候する身ではあるが、本国からの援助が届いたことで、肩身の狭い思いをすることは無くなった。


「それで本題に入らせていただくが、弾正左衛門尉殿は南加賀の一向一揆が蜂起したことをご存知ですかな?」

「無論存じておる。隣国、それも目鼻の先とあらば無視するわけにはいかぬ」


 儂が本題に入るやいなや、表情が引き締まった。少し強張っているようにも見える。一向一揆の動向は相当注視しているのであろう。


「一向一揆の軍勢は三万にも上ると言われておる。いくら烏合の衆とはいえ、四千ほどの動員しかできぬ冨樫家には手に余る」


 三万を単独で相手取っても今の二人が手を携えればどうにか撃退できそうにも感じるが、あまりにも勝算が安定せぬ。博打を打つほどの余裕はない。


「つまり朝倉の軍勢を借りたいと、そういうことですかな?」


 目の奥が鋭く光る。昔から弾正左衛門尉殿は交渉ごととなると眉間の皺が凄みを帯びる。


「左様。ただ加賀守護の矜持を以って、無償というわけには参らぬ故、対価は支払うつもりだ」

「ふむ」


 弾正左衛門尉殿は一定に整った顎の髭に触れて考え込む。北陸道の往来は鶴来が発展してから想像以上に増えた。それは一乗谷にいる儂でも日々感じている。一年前と比べたら活気が間違いなく違う。


 一乗谷は鶴来の恩恵を受けて、京の間であるこの場所で多大な利益を得ているのじゃから、鶴来を失うのは痛手であろう。失った時の損失を考えれば、断りにくい要請じゃ。


「ちなみに聞くが、援軍の対価は具体的に如何するおつもりだ?」

「一向一揆を領内から放逐した暁には、江沼郡を譲ろうと考えておる」

「江沼郡か。あの地は確かに有益であるな」


 江沼郡は広くはないが殆どが平野部である故、案の定食いつきの良い反応を見せる。靖十郎が菊酒や石鹸など、当家が出せる品物ならば幾らでも提示して構わないが、領地としては江沼郡が最大限の条件だと釘を刺されていた。山間部ならば多少譲っても痛くはないのではないかと思ったが、寧ろ山間部は絶対に譲ってはならないとのことで、これ以上譲るのならば平地の方がマシだとまで言っていた。山間部に儂では見えない価値が眠っているのかもしれぬ。


「承知致した。この援軍、受けさせていただこう。当家はどのように動けばいいかな?」


 長考ののち、弾正左衛門尉殿は決断を下す。快諾の返事は、内心で大きく息を吐かせた。ここで断られれば、加賀守護としても、父としても失格だったであろう。


「かたじけない。一向一揆は鶴来城へと狙いを定めているという。だが鶴来城は日ノ本一の堅牢さを誇る故、簡単には落ちぬ」

「ふっ、日ノ本一か。大きく出たな」


 弾正左衛門尉殿も鶴来城の噂は耳に挟んだのか、嘘と断じることはしない。どうやら従来の城にはない天守なるものを備えているらしい。いずれ儂に加賀へ帰る機会が巡ってきたら、ぜひお目にかかりたいものだ。


「冨樫の兵が耐えている間、朝倉には背後を突いて頂きたい」

「それならば容易い。承知致した。加賀介殿の申す通り、すぐに援軍を一向一揆の背後に差し向けよう」


 この瞬間にも、一向一揆の軍勢は鶴来城へと迫っている。交渉が迅速に進んだ故、肩の荷が降りた気分になる。


「弾正左衛門尉殿、かたじけない」

「これはお互いの利の為だ。一向一揆はここで叩かねばならぬ。南加賀に火種がある限り不安要素は消えぬ故、全力で当たらせて頂こう」


 加賀一向一揆は越前にも度々侵攻していたので、ここで断ち切れるのならばそれに越したことはない、そういうことであろう。それは儂も同じ気持ちだ。加賀一向一揆には幾度となく煮え湯を飲まされてきた。靖十郎と次郎、朝倉の援軍頼みになってしまうが、儂に変わって雪辱を果たして欲しいものだ。


「宗滴殿ならば間違いないだろう」

「宗滴殿は心強い。此度の戦、必ず勝ちましょうぞ」


 参謀で弾正左衛門尉殿を補佐する宗滴殿は、影の朝倉家当主だと言えよう。特に軍事面での存在感は偉大だ。宗滴殿がいる限り、朝倉家に手出しはできぬ。それに宗滴殿はかつて十倍とも目された一向一揆の軍勢を破った経歴のある名将だ。靖十郎と手を組めば、必ずや良い報せを届けてくれるであろうな。


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