理想の君主
王宮に到着するとすぐに王の間に通された。
膝をつき、こうべを垂れて王を待つ。
「みなで会うのは久しぶりだな。楽にしてくれ。」
声をかけられ、父達とともに顔を上げる。
相変わらず、公明正大、清廉潔白を絵に描いたような涼しげな御尊顔だ。
帝国の太陽と評されるだけある、逞しい体躯と麗しい容姿を持つ我が国自慢の皇帝。
皇帝はしばらく父とお決まりの会話を続けていたが、しばらくしてリズに声がかけられる。
「リズ嬢も元気だったか?イリアも会いたがっていたので、後で顔を出してやってくれ。」
「陛下にはご機嫌麗しく。
私もイリア様にお会いするのを楽しみにして参りました。」
リズはにこやかに微笑みながら、皇帝に応える。
あえて目を見て微笑み続けていると、それとわからないようにふいと視線を外される。
昔は逆だった。
彼が眺めて、リズはひたすら彼と視線が合わないよう下を向いていた。
リズは悪趣味だと自覚しながら続ける。
「イリア様はお人形遊びが大好きで、私も遊び相手をさせて頂いております。幼い頃に戻ったようで、とても楽しい時間を過ごさせていただいておりますわ。」
リズの言葉に皇帝の顔がほとんどわからない程度に強ばる。
それを見て、リズはなんだか楽しくなってきて、まだ続けてやろうと思ったが、
「お父様!」
突然王の間に現れたイリアが皇帝に抱きついたことで、リズの楽しみは中断されることになった。
「来客中だよ。待てなかったのか?」
嗜めるように言いながらも、皇帝のイリアに向ける眼差しには優しさが溢れている。
リズは父と娘の暖かなやりとりを白けた気持ちで見つめていた。
「だって今日はリズが来てくれたと聞いたから。早く会いたくてお父様達のお話が終わるまで待てなかったの。」
イリアが皇帝の膝の上からにっこりとリズに笑いかける。
「まだお話は続くの?」
イリアが甘えたように皇帝を見上げる。
皇帝が黙って父を見つめると、父はイリアに微笑みかけて言った。
「リズの用事は終わりました。」
リズを見て続ける。
「私達は陛下とお話した後、先に帰宅する。後から迎えの馬車をよこすからゆっくりイリア様のお相手をして差し上げるように。」
リズは皆良いタイミングで邪魔が入ったと思っているのだろうと面白くない気持ちになりながらも、彼らに一礼して王の間を後にした。
退屈なイリアとの時間がようやく終わり、リズは長い王宮の廊下を馬車の到着場所に向かって歩いていた。
カイン様は今日は何をされているのかしら。
次お会いできるのはいつかしら。
ぼんやりとカインのことを考えながら歩いていたからか、角を曲がったところで誰かにぶつかってよろけてしまう。
誰かしら、無礼だこと。
考え事をしていた自分を棚に上げてリズは少し苛立ちながらぶつかった相手を見上げる。
「大丈夫か?」
声の主を見て、リズは内心驚いていた。
そこにいたのは今朝会いたくないと話題に出ていたキリヤ将軍その人だった。
「ええ。ぶつかってしまい、申し訳ございませんでした。ご機嫌よう、将軍様」
リズはすぐに姿勢を正し、優雅に挨拶をする。
「いや、私こそよそ見をしていたようだ。悪かったな。怪我などしていないか?」
彼は周りをみてリズが1人であることを確認すると、少し表情を緩めていった。
いい人だな。
リズは思う。
彼は、父とは犬猿の仲だが、権力争いと普段の交友を分けて考えているようで、リズに対してもいつも紳士的に振る舞ってくれる。
彼のような人を真の人格者というのだろう。
誰かのような紛い物ではなく。
「ゼノをみなかったか?一緒に来ていたんだが、少し目を離した隙に逃げられてな。」
ゼノはリズと同じ歳の彼の1人息子で、父親とは違い、かなりの問題児だ。
彼のような人格者も子育てには苦労しているようで、それが少しおかしくて、リズは知らず微笑みながら答える。
「いいえ、今日は見かけておりませんわ。どこかでまたサボっているのでは?」
リズの言葉を聞いて、キリヤは弱ったな、という顔をする。
「一緒に軍議に出る予定だったんだが。さっきから王宮中を探しても見つからない。もう時間もないし、一人で出るしかなさそうだ。」
「逃げ足だけは速いですからね。もし見かけたらお探しだったとお伝えしますわ。」
リズの言葉に頷いた後、キリヤはわざと厳しい顔をして言った。
「もう帰りは奴を馬車には乗せないことにする。見かけたら、走って帰れと伝えてくれ。」
王宮からキリヤの邸宅までは、相当な距離がある。
徒歩で帰ると帰宅するのは夜中になるだろう。
結構スパルタな教育をされているのだな、さすが軍人様だ。驚きながらも、リズはキリヤの言葉を聞いてゼノが必死に走って帰る様子を思い浮かべて、くすくすと笑った。
リズは自分があまり性格の良い方ではなく、人と親しく話すことも得意ではないと自覚しているが、キリヤの前ではいつも素直な反応ができた。
彼の媚びや嫌らしさのない溌剌とした態度をみていると、自分の被っている鎧が自然に外される気がする。
なんとなく、彼は自分を傷つけたりしないということが感じられるからかもしれない。
笑うリズを目を細めて見つめて、キリヤが言った。
「愛らしい笑顔だな。普段の凛とした姿も美しいが、笑うと格別だ。」
突然のストレートな褒め言葉にリズは思わず顔を赤くする。
キリヤはいつもリズの容姿を褒めてくれる。
なんの衒いもなく、当然のように。
今は大の愛妻家として知られる彼だが、結婚前には数々の美女と浮き名を流したというだけあって、普段はカイン以外の異性からの褒め言葉に何も感じないリズも、彼にかかると途端に年相応の令嬢になってしまう。
「相変わらず、お口がお上手ですね。」
かろうじてリズがそう返すと、
キリヤは真面目な顔で更に言葉を重ねた。
「私は美に関しては厳しいからな。美しさに関しては世辞は言わない。リズ嬢は昔から整った容姿をしていたが、成長して更に磨きがかかったな。内面の聡明さ芯の強さが滲み出て、深い藍色の髪と瞳が煌めいている様は天女のようだ。」
キリヤの絶賛ぶりにリズは真っ赤になり、
「褒めすぎです。・・・でも、ありがとうございます。」
と返すのがやっとだった。
「正直な気持ちだからな。リズ嬢はもっと自信を持っていいと思うぞ。・・・久しぶりに会えたから、まだまだ話し足りないところだが、軍議に遅れるとまずいからな。リズ嬢さえよければ、また、前のようにうちに遊びに来てくれ。ゼノもあれで寂しがっているからな。」
そう言って去っていくキリヤをみて、リズはなんとなく最近ささくれだっていた気持ちが少し柔らかくほころんでいくのを感じていた。
キリヤと別れ、しばらく歩いてウェイルズ家の馬車の待機場所に着くと、御者が男性と親しげに立ち話をしていた。
リズに気が付いた男は、馴れ馴れしくリズに手を振る。
今日は良く人に会う日だ。
リズは、呑気に自分に手を振る男に対し、呆れた声をかけた。
「そこで何してるのよ、ゼノ。」




