誘惑の仕方
「それで?」
言い切った後、しばらくぼうっとしていたリズに対し、カインがつまらなそうな目線を投げながら問うてきた。
「え?」
意図が分からず迷うようにカインを見返すリズに、カインは容赦がなかった。
「身体を使って誘惑してくれるんだろう?会場に着くまでまだ時間がある。何かしてみろ。」
何かしてみろと言われても、リズはどうして良いかわからなかった。
耳年増な方で色々情報としては知っており、実際そういう行為について経験はあるものの、「誘惑する」方法については、実際に何をしたらよいのかわからず、その場で固まってしまう。
強ばった顔のリズを見ても、カインは全く気にする様子もなく、冷徹な態度を崩さなかった。
「早くしろ。できないならお前がこの場にいる意味がない。馬車を止めるから一人で帰ればいい。」
カインの冷たい言葉を聞いたリズは、再び泣きそうになる。
今日はカインの家の馬車で来ている。
リズが一人で帰れるわけがないのに。
折角今日は舞踏会に一緒に参加できると思って、念入りにお洒落をしてきたのだ。
良い香りの香油をつけ、お気に入りのドレスと靴をうきうきしながら選んだ時間を思い出し、リズは心を決めた。
「・・・失礼致します。」
何と言ってよいかわからず、よくわからないことを言いながら、リズはおそるおそる向かいに座っていたカインの膝に乗り上げるようにして、彼の首に抱きついた。
カインの表情は見えないが、首に手を回した瞬間、彼の身体がびくっと動き、リズはその反応に怯みそうになるが、ぎゅっと再度抱きついた。
「・・・」
暫くその体勢を維持していたが、どうやらこのままでは先に進めないようだということにリズは思い至った。
ええと・・・
まず、どうするのだったか。
愛読書である、巷で人気の少し大人向けの恋愛小説の内容を思い返す。
まずは・・・
そうだ、キスをしていた。
キスは、リズにとって好きな人とする大切な行為だ。
これはカイン以外とはしたことがない。
キスをするには、まず抱きついた手を緩め、彼に顔を向ける必要がある。
カインがどんな顔をしているのか見るのが怖くて、もじもじしていたが、カインが舌打ちするのを聞き、これ以上彼の機嫌を損ねるわけにはいかないと、リズは慌てて手を緩め、彼の顔を見つめた。
カインは何を考えているのかわからない、不機嫌そうな顔をしていた。
リズはその顔をみてさみしい気持ちになったが、なんだか逆に諦めがつき、すんなり彼の顔に触れることができた。
彼の顔を見つめながら、ゆっくり顔を近づける。
アリスが現れてから、カインとはキスをしなくなっていたため、久しぶりに近くで見るカインの顔にしばし見惚れる。
「どうした?」
促すようにかけられたカインの声は存外優しく、その声に従うように、リズはカインにくちづけた。
冷たい唇だな、と思いながら顔を離すと、カインが呆れたような顔でこちらを見ていた。
何か間違ってしまっただろうかと焦りながら、リズはカインを見返す。
「まさかこれで終わりか?」
カインが冷たく言うのを聞いて、リズは自分がすべきことを思い返す。
今まではカインとは軽いキスをした経験しかなく、それもすべてカインがリードしてくれていた。だが、カインを誘惑するためにはそれではダメなのだ。
小説では、もっと、なんというか濃厚な感じのキスをしていた。
確か舌を入れて、なんだか嫌らしい感じのことをしていた気がする。
リズは首を横にふり、再度カインに口づけをして、くっついた唇からそうっと舌を出してみた。
口が閉じられたままだったらどうしようというリズの不安に反し、カインが少し口を開いてくれたので、そこからそっと舌を入れてみる。
どう動かしてよいのかわからず、舌を一旦抜いて、もう一度入れてみて、ということを何度か繰り返すが、カインの側はこれ以上協力する気はないようで、リズは途方にくれた。
暫く悪あがきのように同じ動作を繰り返していたが、
上顎というのは、人の性感帯の1つらしいという、以前下世話な友人から教えてもらった知識を不意に思い出し、入れ直した舌でカインの上顎をそうっと撫でてみる。
何度かその仕草を繰り返していると、カインの方も気分が乗ってきたようで、リズの舌に彼の舌を絡ませ、ちゅっと吸うようにして応えてくれた。
リズは反応があったことに嬉しくなり、カインがしてくれたことを真似ながらキスを続けた。
カインはリズが彼の行動をなぞっていることにすぐに気がついたようで、途中からはリズに教え込むように色々な角度でキスをし、舌を絡ませてきた。
「ん・・む・・・」
馬車の中を唾液を絡ませる淫猥な音が支配していた。
キスが徐々に深く長くなるのに伴い、リズは考える余裕がなくなり、夢中になってカインの舌に応えていた。
どのくらい時間が経ったのかわからないが、突然馬車が止まった。目的地に着いたようだった。
リズはぼうっとキスを続けていたが、カインははっとしてリズを身体から離した。
まだぼんやりした瞳でカインを見ているリズを見ながら、彼は手早く自分とリズの髪を整えてくれた。
いつのまにか服の下にもカインの手が触れていたようで、彼の手が少し乱れたリズの服を丁寧に整えてくれる。
「ありがとうございます。」
リズがそれに対してお礼を言うと、カインは見たことのない微妙な顔をして、何か言おうとしては結局くちをつぐむ。カインはそのままため息をついた後、
「下りるぞ」
とリズに短く声をかけた。




