咄嗟の提案
「チャンスだと?」
カインが眉をひそめて訝しそうに言う。
「はい、カイン様のアリス様へのお気持ちは良くわかりました。・・・けれど、私の気持ちについても少しご配慮頂きたいのです。」
リズは必死に言い募った。
せめてリズのカインへの気持ちは信じて欲しかった。
誤解があるなら解きたかった。
何か具体的に良案があるわけではないが、関係を改善する機会が与えられないまま、諦めるのは嫌だった。
「今日はやけにしつこいな。お前の気持ちだと?」
カインが馬鹿にしたように鼻をならすが、リズはめげずに続ける。
「はい、私の、カイン様を愛する気持ちです。」
愛、と言う言葉を口にするのがなんだか恥ずかしくて、リズは下を向いた。
カインから答えはなく、しばらく馬車の中に沈黙がおちた。
「愛している、ねぇ?」
カインがようやく口を開いたが、その口調は冷たいままだ。
「私の容姿、家柄が気に入っているということか?」
「それだけではございません!」
慌ててリズが言うのを見て、カインが少し表情を緩め、言った。
「ほう。ではどこが気に入っている、いや、どこを愛しているんだ?」
問われてリズは、考えた。
どこ・・・
沢山ある。
自分にも他人にも厳しく、努力家な所が好きだ。
所詮貴族とバカにされたのが悔しくて、手が血だらけになるほど剣の訓練をするような、負けず嫌いなところが好きだ。
疎ましいと思っているリズに対しても、結局きちんとエスコートをしてくれる、品の良いところが好きだ。
昔はたまに見せてくれていたはにかむような笑顔が好きだ。
自分では大嫌いだったリズの髪色を美しいと言って撫でてくれた手が好きだ。
昔はごく稀に甘い口調で呼びかけてくれた美しい声が好きだ。
黙ってカインの好きな所を数え上げていると、沈黙をどう受け取ったのか、カインの顔がまた強ばり、
「なんだ、結局他にはないということか?」
と吐き捨てるように言われた。
リズは慌てて、でもどう言えばよいのかよくわからなくなり、先程から見つめていたカインの美しい喉仏を見ながら、つい思い浮かんだままの言葉を言ってしまった。
「あの、カイン様はとても、あの、セクシーだと思います。」
「は?」
声に出した後、自分の言ったことを思い返し、リズは顔を真っ赤にして弁解した。
「あの、そうではなく、あの、そうではないというのはセクシーではないということではなく・・セクシーなのは本当で、私が言いたいのは、・・」
自分でも何を言いたいのかわからなくなり、泣きそうになりながらカインを見つめる。
初めは呆気にとられたような顔をしていたカインだが、徐々に怒ったような、焦ったような、微妙な顔になり、最後にはいつもの蔑んだような目をむけてきた。
「なんだ、身体が目当てということか?」
なぜ・・・
そうなるのだろう。
人を痴女であるかのように言う様に流石に腹が立ち、言い返そうとして、ふと思い直す。
カインが以前友人にアリスがキス以上に進ませてくれないと零していたのを思い出したからだ。
現時点では、リズはアリスに勝てない。
女性として負けているとは決して思わないが、カインからの愛情という意味では完敗だ。
だが、カインは年頃の健康な青年で、当然そういった欲もある。
そして、潔癖なところのある彼は娼館などもあまり利用していないようだ。
リズは諸事情から、そちらの方面については、ある程度の経験がある。思い出したくもない忌々しい記憶だがそうも言っていられない。
これは、もしかして・・・
大逆転の糸口が見つかったかもしれない。
リズは心を落ち着けながら、頷いた。
「はい。もちろんそれだけではございませんが、カイン様のお身体に魅力を感じております。」
リズの言葉を聞いて、カインが嘲りの色を濃くした瞳でリズを見つめた。
「なんだ、チャンスとはそういうことか?気位の高いお前がそんなことを言い出すとはな。身体を差し出し誘惑するとは、誇りすら失って無様なことだ。」
何だか変な方向に話が向かっていることに気がつきながら、リズはあえて訂正することはしなかった。
リズは、この時正気ではなかったかもしれないが、彼女なりに必死だったのだ。
カインが自分を見てくれるなら、
彼の美しい瞳に自分を映してくれるなら、
何だっていい。
惜しむものなんてない。
「はい、カイン様に触れられるなら、誇りがないと誹られても構いません。私にチャンスを下さい。私の・・・その、身体を試してみて、・・・それでも私に何の気持ちも動かなければ・・・」
「動かなければ?」
カインがつまらなそうに問う。
「カイン様のお望みに従い、私はお飾りの妻として、アリス様との未来のために、自分の役割を果たすことをお約束致します。」
リズはにこやかに言い切った。
カインはリズの久しぶりにみる満面の笑みを見て、少したじろぐような顔をした。
リズは、その顔を見ながら、カイン様は、こんな表情をしている時も美しいのだな、とぼんやりと考える。
「・・・退屈しのぎにはなりそうだな。」
暫くしてカインがつぶやくのを聞き、リズは、アリスが現れて以来、しくしくと傷み続けていた心の何処かが今完全に壊れてしまったことには見ないふりをして、ふんわりと微笑んだ。
本日夕方か夜にもう1話投稿予定です。




