馬車の中の口論
なんて素敵な夕焼けなのだろう。
馬車の窓から外を見ながら、リズは上機嫌だった。
向かいには、ものすごく不機嫌そうなカインがそっぽを向いて座っている。
夕焼けをうけて赤みがかって見える美しい金髪と、蒼い瞳、精悍な横顔をうっとりと見つめた後、
「夕方からの舞踏会なんて、珍しいですね」
リズは努めてにこやかにカインに話しかけた。
「何がおかしいんだ。アリスが病に倒れているというのに!」
カインが怒りに満ちた顔でこちらをみて怒鳴るのを見て、リズは何を大袈裟な、大した毒ではありませんよと言いかけるが、思い直す。
「アリス様にはお気の毒でしたが、私の正直な気持ちとしては、舞踏会にご一緒できることが嬉しくて、つい弾んだ口調になってしまいました。不謹慎でしたね。」
穏やかな口調で返すと、カインからはお馴染みの侮蔑的な目線が返ってきた。
「そんなに婚約者としての見栄が大切か。」
早速気持ちを口にする良いチャンスが来たと内心喜びながら、リズは笑顔で答えた。
「見栄ではございません。カイン様と一緒に舞踏会に行けること自体が嬉しいのです。」
どのような反応が返ってくるかとドキドキしながらカインを見つめると、カインは胡乱な目でリズを見つめた。
「いきなりなんだ。媚を売るようなことを言い出して、気味が悪いぞ。」
予想以上に酷い反応にリズはショックを受けたが、なんとか気持ちを立て直し、続けた。
「私も、少し思うところがございまして。婚約者としての立場に甘え過ぎて、気持ちを伝えることを怠っていたなと反省したのです。」
カインはリズの言葉を聞いて、何故か得心がいったようだった。
「ぼんやりしたお前もついに俺に愛想をつかされるかもしれないという危機感を持ったようだな。もう遅すぎるがな」
え?遅すぎる?
リズは予想外のカインの言葉を聞いて青褪めた。
どういうことだろう?もう遅すぎるとは??
「もしや婚約を解消・・・されるおつもりなのですか?」
リズの青ざめた顔とか細い声にカインは満足げな顔をして答えた。
「当たり前だ。・・・と言いたいところだが、俺達の婚約は家同士のもので、簡単には解消できるものではない。」
カインの言葉に、少し安堵したリズは、カインの次の言葉を窺うように、彼を見つめた。
不安気なリズの表情をみながら、カインは続けた。
「両家の発展のため、お前とはいずれ結婚し、妻に迎えることにはなるだろう。忌々しいことだが貴族として生まれた以上はやむを得ないことだ。」
「それではアリス様は・・」
遊びなのですね、と続けようとしたリズの言葉を遮りカインはどこか嬉しそうな顔で続ける。
「アリスとは身分の問題で結婚はできないが、彼女との関係を解消するつもりはない。愛人として別宅を与え、生活の面倒をみていくつもりだ。」
カインの言葉を聞いて、リズは暫し呆然としてしまった。
確かに愛人をもつ貴族は多い。カインほどの身分ともなれば、結婚後も愛人を置くことも可能だろう。
リズの両親も、その点には目を瞑る可能性が高い。
だが・・・リズは嫌だった。
愛するカインを誰かと分け合うことなど、
絶対に嫌だった。
どうすればいい?
リズは纏まらない頭の中で必死に考えを巡らせた。
すぐにカインの考えを変えることは難しいだろう。
正面から言い争っても徒労に終わるだろう。
それなら・・・
リズは小さく息を吸い、カインを見つめた。
カインは傲慢な顔でリズを見て言う。
「何だ。何か言いたいことでもあるのか?」
リズは声が震えないよう気をつけながら、言った。
「カイン様のお気持ちはわかりました。・・・けれど、私にもチャンスを頂けませんか?」




