彼女は今日もため息をつく
「いい加減にしろ。そんなにアリスが妬ましいか。」
彼の胸に抱きつくか細い身体とそれを支える腕を見て、心臓を剣で差されるような痛みが走った。
その痛みでまだ私が彼を愛していることを自覚させられる。
けれどその痛みにももう慣れてしまった。
またか、という気持ちが表情に出てしまっていたようで、
「なんだその不貞腐れた表情は。」
彼が眦をつりあげて吐き捨てる。
反論したくて口を開きかけたものの、途中で何と言って良いかわからなくなり、口を閉じる。
「言いたいことがあるならはっきり言えと言っているだろう。陰気な女だ。」
そうなのだろうか?
私は確かに陽気な方ではなく、前に見たミュージカルの登場人物のように日常的に突然踊り出すようなタイプではない。
だが、学生時代はそれなりに友人もいて、陰気だと言われることはあまり無かったように記憶している。
「何か話せ。お前は話もできないのか!」
黙って考えを巡らせている間に、彼の怒りのボルテージは更に上昇していたようで、何か答えなければ、この場は収まりそうになかった。
しばし考え、
「私は陰気な女なのでしょうか?」
と、思ったことを口に出してみる。
それを聞いた彼は少し不意をつかれた顔をした。
いつもは彼らが立ち去るまで黙っていることが多いので、私の態度が少し意外だったのかもしれない。
その後、彼は更に態度を硬化させて言い放つ。
「自覚がないのか。お前といるとこちらも気持ちが滅入るほどお前は陰気な女だ。」
彼の言葉にまた心臓が痛くなる。
そうか。私といると気が滅入るのか。
それでアリスのような能天気というか、頭の軽いというか・・嫉妬のため、彼女の悪口が頭をめぐる。
「なるほど。それでアリス様のような天真爛漫な方によって気持ちを癒されているということですね。」
なんとか悪口にならない言葉を使い、平静を装って返す。
「けれど・・・」
彼が口を開く前に慌てて続ける。
「あなたの婚約者は私です。あなたが私を嫌いでも、陰気で一緒にいて気が滅入るような思いでいても、あなたの婚約者が私である以上、次の舞踏会には、私を同伴して頂きます。」
一気に言い切ろうとしたため、思った以上に平坦な口調になってしまったようで、彼は呆れたような口調で言い放つ。
「本当に見栄しかないのだなお前は。
何度も繰り返さずとも、忌々しいことにお前が俺の婚約者であることは知っているさ。」
「それでは・・」
わかって貰えたのかと思い、彼の目をみて言いつのろうとする私を遮り彼は言った。
「ただ、次の舞踏会は非公式のもので、友人を伴って出席する者も多い。お前は舞踏会でもいつも大して楽しそうな顔もせず、突っ立っているだけだろう。俺はアリスを連れて行くと決めている。これ以上議論の余地はない。」
婚約者が噂の令嬢と舞踏会に参加することで、私がどのような気持ちになるのか、私が皆からどのような視線を向けられるのか、分かっていて言っているのだろうか?
彼は聡明な人間だから分かっている。
分かっていて、彼女を同伴するのだ。
なぜそこまで、彼女が良いのだろう。
なぜ私では駄目なのだろう。
私が下を向き、口をつぐんだのをみて彼らは立ち去っていく。
窺うようにこちらを見ていたメイドが涙を流す私をみて、そっとハンカチを差し出してくれた。
私は涙を拭いながら、考える。
また、彼女に毒を盛らなければならないと。
舞踏会に行けなくなる程度の毒を。