70 異界流転 参-1 (改訂-5)
【異界流転 参-1】をお送りします。
宜しくお願いします!
暗い闇の底。
グランパレス氷河のさらに先、最果てのその地はある。
瘴気が立ち込め、陽光が届かぬ死の大森林のさらに奥に古代から存在する洞窟がある。それはかつて災厄の渦と言うシステムを生み出した暗黒の魔導科学者の名前を冠した深き迷宮。アリストラス超帝国の負の遺産。闇の深淵たるロード・グランデ大迷宮……地下九十九階層からなる巨大な迷宮……その最下層に災厄の渦の中心たる常世の祭壇があり、祭壇を中心に巨大な魔法陣が描かれている。
祭壇を囲む様に佇む、八つの影が壁に設置された魔法の明かりにゆらめいている。その中心に座する男が口を開いた。
「魔神共がゲートを通るには今暫く時間がかかる」
男の手元には七色に輝く宝石が嵌め込まれた杖があり、時折指で、角度を変える様に動かすのが癖の様だ。
「宝珠の捜索に、もう少し刻を要する」
「なにやら召喚者も動き始めたとか」
別の影も話しだす。
「先日観測した神霊力。あれはなんだ? 召喚者と言えども逸脱した力だ。あの様な力を持った者を召喚できるなどと聞いていないぞ。あの力は魔神共のそれを超えている……」
「臆したか? すでに第一陣は出立したのだそ。賽は投げられた」
また別の影が口を開く。
「世界を作り直して新たな秩序を生む。その為には既存の勢力を破壊する必要がある。その為の災厄の渦だ。ロイドヘブンの動きは私が引き続き監視する」
「そう上手く行きますかな? 」
目深に被ったローブの隙間から、銀色の髪が覗く若い男が発言する。
「宝珠が揃わなければ、彼奴を制御出来ません。八つの内まだ三つしか揃っていない。タイムスケジュールは待ってはくれませんぞ」
銀髪をいじる指は、繊細で女性の様な仕草だ。
薄ら笑いを浮かべている。
「それは問題ない。災厄が広がれば自ずと見つかる」
「だと良いのですがね。私は一度領地に戻ります。私は私の軍を引き連れて各国の牽制をしなければなりません」
そう言いながら銀髪の男は立ち上がった。
「猊下、お先に失礼いたします」
「うむ。清浄なる世界の為に」
「清浄なる世界の為に」
男の薄ら笑いは最後まで消えなかった。
◆◇◆
掛け声と共に気合を込め、上段から打ちかかる。
だが簡単にそれをかわして総司は若い騎士を足払いした。ここは騎士団の練兵場で、総司はカルミナ騎士団長から団員の稽古を頼まれていた。
「身体の軸がぶれていては駄目だ! 」
別の騎士が横薙ぎの一刀を放つが、それも簡単に側面にかわして軽く突きをいれて騎士のバランスを崩す。
「重心が高い! もっと低くしろ!! 」
総司は左手の掌底で相手の鎧の上から打撃を打ち込む。素手の攻撃だが明らかに日本に居た時よりも威力が上がっている。
「参りました!! 」
若い騎士二人は参ったっと身振り手振りで示す。
「次! 三人来い! 」
新たに騎士三人が前に出て総司を囲む様に構える。
だが物の数分で三人を打ち負かした総司は涼やかな顔で次は5人を相手している。
「どうなっているんだあの人は?! もうニ時間立ち続けてるのに全くかわらん。化け物か? 」
かれこれ百人以上は倒している。
騎士団の組織改変の為、一週間前に赤鷹騎士団のカイル副団長と共に帝都ロイドヘブンに到着し、その足で青龍騎士団に赴き客将として稽古にあたっている。
初めはまともに相手をしていなかった騎士団員が一時間後には総司を先生呼ばわりしていた。
「シリウスが血相描いて手紙を寄越したわけだな」
カルミナ騎士団長も初めは面食らった。この強さは伝説の十剣神に匹敵するのではないか? 比べる事など出来んが……十剣神とは今から千年前の災厄の渦が発生した折、災厄の中心を封印した最強の十人を指す。
「総司はあの若さで面倒見が良く統率力もあります。流儀は変わっていますが強さはご覧の通りです」
「組織改変の件に依存は無い。いまは非常時だ。他の団長達も総司なら依存は無かろうよ。各騎士団から千人を選抜し特別遊撃大隊を編成し総司を大隊長とする」
「大貴族からの横槍は? 」
カイルは総司から目を離さずにカルミナに問いかける。カルミナは明らかに嫌な顔をする。
「彼奴等はわしが抑える。口出しはさせんよ。シリウスも中央に来て手伝えば良いのにな」
「ところで西の辺境区からの報告にまた異国の出立ちをした者と地元の悪童連中が揉め、全て悪童が斬り伏せられたとの事。その数三十人」
カイルはその人物にも総司と同じ匂いがすると言う。
「追跡者を付けて監視しろ。それも召喚者かもしれんしな」
「わかりました。ときにお嬢はどうされてます? 」
カルミナはまた嫌な顔をしながら腰に手をあてて、
「どうにも手におえん。娘の目に叶う男などなかなか居らんしな……部隊を引き連れて十日後には皇都に入る」
娘のライラの顔が浮かぶ。黙って座っていれば美少女なのだが、十四歳の時には、若手の男の騎士どもより腕が立ち、いつしか自分より弱い男には全く興味を示さなくなった。今ではアリストラス騎士団の一翼を担う騎士団長に抜擢されている。
◆◇◆
皇都より西に十日ほどのところにあるロームの町にその男は居た。
町の周りにいるゴブリンやオークを狩まくり、その討伐料で今日は日がな一日酒場に入り浸っていた。
身長は170cmほどだが肉食獣の様な筋肉量を備えている為に大きく見える。腰にはニ本の脇差をさしているところを見ると日本の侍だろう。歳は三十歳ほどか。
漂う雰囲気が只者ではない為、誰も声をかけようとはしない。だが例外があった。
「おっさん……おっさん! 」
男をおっさん呼ばわりする声の主は十六、十七歳の若者だ。軽装の鎧に太刀と呼ばれる古い刀を腰にさしている。鎧の装飾は煌びやかだ。位の高い者が身につける物で、東洋の意匠が感じられる。
「おれは子もおらんし嫁すらおらん。おっさん呼ばわりは止めろ」
「おっさんはおっさんだろ? なあ暇だよ。もっと強い化け物を探しに行こうよ。弱い奴を切っても仕方が無いとかなんとか言ってただろ? 山向こうに巨人の化け物が出るとか言ってたぞ。一狩り行こうよ! 」
「お前、ろくな大人にならんぞ」
「え〜、おっさんみたいになるの? 俺が? 」
二人はニンマリと笑いあった。
「なあおっさん……さっきから気がついてる? 」
若者は小声で話しかける。
「ああ……中に二人、外に二人だな……」
おっさん呼ばわりされた男も小声で応じる。
「でも襲ってくる気配はないね」
「監視だな。そもそも俺たちがこの世界に居る事自体が異常事態なのだから監視が付いても不思議では無い」
「問題は何故俺達の事を察知されているかだね」
「考えられる事は、俺たちをこの世界に呼んだ者がいる。もしくは不慮の事故に巻き込まれたのが俺達以外にもいる」
「揺さぶってみる? 殺したら駄目だからね」
若者は酒屋の端のテーブルにいる二人組に酔ったふりをしながら近づいていく。
「おい! そこの大根頭にカボチャ頭! さっきから俺をジロジロ見やがって。文句あんならかかってこんかい! 」
いきなり罵詈雑言を浴びせられた二人組は目を白黒させたが、すぐに頭を切り替えて席を立ち出て行こうとする。
「俺の事を酔っ払いだと思ってやがるな? 」
次の瞬間、二人の男の腰紐が裂けてパンツがずり下がる。
いつ切ったのか?
「逃がさないよ。逃げたら殺す。叫んでも殺す」
凄じい殺気に男達はなにも出来なかった。
外の見張りも一部始終を見て唖然とした。
「おい。捕まったぞ」
「お前たちも捕まるんだよ」
そう言って脇差のツカを男の右脇に打ち込む。返す刀の鞘先をもう一人の男の鳩尾に押し込む。
「?! うががぁ!」
一瞬で当身を喰らわされて外の二人も崩れて落ちた。
「なんだなんだ? もう終わりか? 暇つぶしにもならんぞ」
「おっさん! 終わったよ。どうだった? 」
「こいつら訓練はしているのだろうが、実戦の経験が足らんな。日の本の山賊のほうがまだマシだ」
男達を縛り上げたその横でまた酒を煽っている。
◆◇◆
「ほんで、そのなんたらの渦とか言うのか? 化け物がわんさか出てくる。それを食い止める為に俺達が呼ばれたと? 」
「そうだ。いま確認されている者は、あんたらを含めて七人だ。その内五人は帝都にいる」
「成る程、ならどの道その帝都に行ってみないとわからないね」
「ああ。暇つぶしにもなるだろしな」
「でも皆んな心配してるだろうな。向こうの戦が心配だよ」
若者は心底悲しそうな顔をした。
「部下思いだな。俺は天涯孤独だから何処にいてもおんなじだ。ただ強い奴と闘いたいだけだ」
「それではご案内いたしますよ」
拘束された密偵が提案する。
「解放はするが、案内はいらん」
「何故でしょう? 」
「俺達は気ままに生きたいんだよ。好きな時に行くし、好きな時に飯食って寝る」
「はぁ? 」
密偵達は不思議そうな目で二人の偉丈夫を見上げた。
そろそろ夕暮れだがおっさんと呼ばれる男と若者はすぐに出立する様だった。
◆◇◆
「壮観だなや〜」
ビリーは満足げにずらりと、並ぶライフル銃を眺めながら言った。
「よくニヶ月間で間に合っただな〜。素晴らしい」
この国の鍛冶屋ギルドはなかなか優秀だ。ドワーフが多く所属している為だろう。
「実働訓練を三日、四日後には帝都に出立する。その後の訓練は流れでやるだな〜」
ビリーは銃士隊の隊員を広く国中から募集した。貴族だろうが農夫や商人だろうがみな同列扱いでだ。騎士団からは反発が起こったがシリウスが認めた為に抑え込まれた。
この副官の女性は貴族の三女の女騎士で、要するに変わり者だが、ビリーの考えに即対応出来る柔軟さを持っている。
「先発の銃士戦闘大隊は銃士二千名、補給隊二百名、護衛隊三百名の計二千五百名です」
まさに文不相応だとビリーは思った。つい昨日までは野党崩れの牧場自警団紛いの事をしていた人間が二千五百名の大隊長とは。まだ後発に三千名が控えている。それもライフル銃が揃い次第出立する。非常にケツの座りが悪い。
「実働訓練メニューは作成済みです」
そう言って副官のメイデルはメニューリストを渡した。
ショートカットの金髪がよく似合う。青い瞳がとても健康的に映る。士官学校を主席で卒業した俊才だ。すこし出来過ぎ感はあるが、非常に助かる。
「あいよ。やる事が早いね〜おかげで楽々だよ」
「副官として当然です」
すると小声でメイデルが話しを続ける。
「近頃、隊を監視している者達がいます。帝国の内偵か、他国の間者かはわかりませんが」
「俺達も人気者になったな〜お茶にでも誘うか? 」
どこまで本気かは不明だ。
「ああいう連中にある微かな殺気がないな。一応はお仲間だろう」
「わかるのですか? 」
「本業では無いな。と言う事は他国の間者とは考え難い。何処ぞの貴族からの回し者だろ」
「お見事です。さすがビリー様。ではどう致しますか? 」
「ほっとけばいいさ。いい宣伝になるだにゃ〜」
「宣伝ですか? 」
「そう宣伝。この世界に軍事革命の狼煙を上げる宣伝さ!っとヒロトが言ってたな〜」
「わかりました。出入りの商人にも各地へ行った際に宣伝させます」
「いいね! いいね! メイデルちゃんは回転が速い〜。面白くなって来やがった! 」
ビリーは殊の外ご機嫌だった。
◆◇◆
豪華過ぎる広い部屋の中央に大きなテーブルがあり、その席に四人のこれも豪華過ぎる服装の男達が厳しい顔で話し込んでいる。
「彼奴等どんどん力を付けているぞ。いつまでほっとくのだ? 」
小太りの男が汗を拭きながら焦りを隠そうともせずに捲し立てる。
「二つの騎士団はまだ様子見だがカルミナが向うについたのが痛い。自動的に娘のライラ騎士団長も向う側だろう。三つの騎士団が向うにつく」
初老の男が静かに聞いていが、苛立ちの方が勝ったのか口を開く。
「焦るのはよせ! 」
「だがケルン聖堂教団までもが全面協力とは誤算だった。大司教もあんな手品に騙されおって! 」
「だが貴公も見たであろう? あれは奇跡の御技だった。あんな事が人間にできようか? どれだけの神霊力があればああなるのだ? 」
一番若い貴公子を気取った男が口を開く。
「皆様、災厄の渦の事もお考え下さい。我らは皇國に領地を持つ身ですぞ。その領地を失っては元も子もない。ならば奴らには精々頑張ってもらって魔神共と潰しあって貰うのが最善では? それまで我らは力を温存する」
「一般兵士を徴兵している。我らの兵は出さんぞ」
「その場合は小作人の中から三男や四男を出せばいいのです。いくらでも換えがききますよ」
「街道の砦にしても災厄の渦が収まった後は各領地の砦となるわけですしね」
「だが貴族の子弟から騎士を出さん訳には行くまい」
長髪の男が口を挟む。
「考え方です。奴らを見張る為に送り出せば良いのです」
「どうせ金が無ければどうにもなりません。帝国の主だった大商人は我らが押さえているのですから」
「……スターズ閣下はなんと? 」
初老の男が、苛立ちを抑えながら長髪の男に聞く。
「閣下は、我らの味方です。彼の方は本来、【マルドゥクの壺】の事の方が重要だとお考えです。その為に障害が有れば、我らに助言してくださる」
「……だと良いのだがな……」
会話が始まる前から窓の外の大木の枝から鳩が一匹覗き込んでいた。その瞳が赤々と輝く。
【異界流転 参-2】をお送りしました。
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