68 異界流転 弐-1 (改訂-5)
【異界流転 弐-1】をお送りします。
宜しくお願いします!
「これがこの世界の地図。そしてこっちが各国の勢力図」
ヒロトは宿屋の広間でナイアス大陸の地図を広げて見せた。
「いま俺たちが居るのはこの辺りだ」
地図の端にあるナイアス大陸の南方地域でも、更に南端の海の近くを指さす。
「だいぶ端っこですね」
「ただのど田舎よ」
「災厄の渦というのは何処から発生しているのじゃ? 」
マーリンは興味深げに地図を見る。
「この北の大地。グランパレス氷河のさらに奥だそうです」
「なら最初に攻撃されるのはこのライアット公国よね? 」
ジャンヌが地図に指し示す。
「ならそこに各国から軍が派遣されるのですね? 」
「いや。まだ全ての国が様子見状態だよ。先に動いて損をしたくないんだろうな」
今回の災厄の渦を引き起こしたのが、アリストラス皇國の皇位継承権第一位で、エレクトラの兄である。そのせいで、各国はアリストラス皇國が今回の首謀者ではないかとの疑いがある為、おいそれと軍を出す訳にはいかなかった。
「どんな世界でも王様や貴族の考える事は同じよね」
「実際に災厄の渦ってなんなのよ? 」
「ゴブリンやオークと言った亜人間が主体の軍勢が湧き出てくるだとか」
「亜人間!? 御伽噺みたいね」
「日の本で言うところの鬼みたいな者ですかね? 」
「ああ。表現としては鬼が一番近いかな」
「成る程。非常に興味深いですね」
総司は嬉しそうだ。
「感心してる場合? そんなのが大軍で来るんでしょう?」
ジャンヌは不安で一杯みたいだ。
「先発隊の斥候は五千匹ぐらいだそうだ」
「斥候で五千!? 」
皆んなの声が揃う。
「多分、先発隊だけでも十万越えかな」
「それで銃を二千挺か……」
ビリーがしみじみ呟く。
「それは各国に対する威嚇に使う。災厄の渦と相対する時は更に増やす必要がある」
ヒロトは平然と言い放ったが、ビリーは呆れて物も言えない。
「ヒロトの思惑はわかりますよ。昔、織田信長公が行った事をする気ですよね? 」
総司が話しかける。日本の戦国時代、織田信長軍が長篠にて武田騎馬軍を馬止めの柵を挟んで、鉄砲の縦列部隊で連続狙撃し、殲滅した戦いの事を言っている。鉄砲を集団戦で使用した戦術は、ヨーロッパより二百年先駆けた革命的戦術だった。この時、織田鉄砲隊二千で、武田騎馬軍二万を殲滅した。撃退ではなく殲滅だ。戦争の常識が変わった転換点と言える。
「そうだ。銃自体を見た事がない者が、大量の一斉射を受けたらどうなるか。まず戦線の維持は困難になる」
「織田なんたらは知らんが、要するに騎兵隊みたいに銃を揃えて一斉に撃ちかけるって話しだなや? 」
「はい。ビリーにはその銃士部隊の指揮官になって頂きます」
ビリーは益々嫌な顔になった。
「でも本当に十万なんて軍勢の相手が出来るの? その後も続くんでしょう? 」
ジャンヌは泣きそうな顔をした。
「兵站さえ整えばなんとか支えられる。あとは隠れてる戦力が向こうにどれくらい有るかだな」
ゴブリンやオークなら問題ない。ドラゴンやデーモンといったモンスターが出てくると、いまの戦力では心許ないが……力で押し出してくるだけの集団なら幾らでも捌ける。
「あとエレクトラから聞いた話しでは召喚者は他にも五人存在する」
「あと五人? どこほっつき歩いてるのよ? 」
「まだ所在はわからないそうだ」
「あと、わかった情報は、この世界の一年は、俺たちのいた現世の一年に対して五分の四ぐらいの日数しか無いって事だ。一年が短いんだよ。それに月が二つあるしな」
この惑星の直径は地球よりも小さい。正確な暦をまだ見ていないから、正確なところは、まだ不明だが……月が二つあると言う事は、潮の満ち引きにも違いがあるのかも知れない。いまのところ体調に変化がないところをみると、月が二つある事で、惑星の直径の小ささを補っているのかも知らない。
◆◇◆
ビリー・ザ・キッド。ビリーが本名のウイリヤアムと呼ばれていた十二歳の頃、母親を侮辱した男を殺したのが最初の犯罪だった。
列車強盗、銀行強盗などを繰り返したがカタギに銃を向けた事は無かった。アープ保安官と追いつ追われつのドタバタが堪らなく好きだった。
弱い者を見たら助けなくてはならない性分で、荘園主に虐待されていたインディオを助けて仲間にした事もある。
千八百五十年代、アメリカ最強のガンマンにして、アウトロー。
「あ〜うんん」
大あくびをしたかと思ったら、気怠そうに銃をクルクルと人差し指で回して遊んでいる。
「そもそも英雄ってどんな基準で呼ばれてるんだかな? 」
自分は英雄なんてガラでは無いなとしみじみ思う。
ただ気に入らない事は気に入らないからそれを跳ね除けて来ただけだ。
昨日手持ちの銃の試し撃ちをしてみた。
直径三メートルほどの岩に向かって発射した弾丸はその岩の中心に直径ニメートルの穴を開けた。信じ難い光景だった。
(短銃でこの威力だ。ライフルだとどうなる? )
あと、この世界のメートルと言う単位は、メルデと言うらしい。どうも現世とこの世界では似通ったところがある。
エレクトラ曰く、武器の威力は扱う物が持つ神霊力に比例するそうだ。召喚された者はその神霊力の数値が極端に高い。
また鍛冶屋ギルドには専門の魔導士が居る。依頼主からの要望に応えて魔力を武器や鎧に込める。付与魔法と言われる魔法の力だそうだ。例えば作った弾丸に貫通力を高める魔法を付与すれば、入隊したての新兵でも同じ様な事が出来る様になる。逆に守る側が盾に強力な防御魔法をかけると、弾丸でも貫通しなくなるかもしれない。
(流石にガトリングガンは作れんよな〜見本でも有れば別かもしれんが〜)
「トムが居てくれたら何とかなったかもだなや〜」
無い物をねだっても仕方がないので諦めた。
「そろそろ行くか」
ヒロトから騎士団の前でデモンストレーションを行う件を頼まれている。だるそうにビリーは立ち上がり、ヨタヨタと歩き出した。
総司は支給された洋服に袖を通す気にはまだなれなかった。新撰組の隊服である羽織の柄は全く気に入ってなかったが、どうしても脱ぐのは抵抗があった。またこの派手な羽織は、隊士の同士討ちを防ぐ為の物で、目立つための意味がある。江戸時代末期の日本では、菜種油を使った行燈も普及していたが、高価な為に庶民は節約して使用していた。当時の旅籠など、いまで言う旅館などでも、夜になると薄暗い為に、少しでも敵と隊士との差が認識出来るように工夫した結果生まれた羽織だった。
「近藤さんお気に入りの羽織だもんな〜」
沖田総司、幼名を宗次郎と言う。
9歳で試衛館に入門。十三歳で塾頭に抜擢され、天然理心流だけではなく、北辰一刀流の免許皆伝まで取った天才剣士である。
後年、木刀の訓練試合では土方歳三、山南啓介、井上源三郎、藤堂平助の四人を、子供扱いしたほどだった。
十四歳の時にはすでに師範の近藤勇の実力の上を行っていた。
隊でまともに相手出来るのは斎藤一ぐらいで、それでも3本に2本は沖田が勝った。
ヒロトから騎士団と揉め事が必ず起こるから直ぐに動ける様に身支度は整えて欲しいと言われ、必要な物を買い出して鞄に詰め込んだ。
「風呂敷持ってくればよかったな……」
「あの人、土方さん並みに人使いが荒いな」
そう言う総司は満更嫌がった風でもない。
武器屋に置いてあった訓練用の木刀を日本刀に近い形に削り直した物を片手に持ち宿屋の部屋を出た。
◆◇◆
銃戦力を整える予算案をエレクトラが中央に提示したら案の定、騎士団と一悶着起きた。召喚された英雄とは言え何処の馬の骨だかわからない輩に大切な国庫から資金を出す事に騎士団上層部から不満が出たのだ。
「条件として召喚された自称英雄達の実力を見せろと言って来ましたわ」
エレクトラは憤慨していた。いつもの涼やかな顔とは全く違う一面だった。案外こちらが素の顔なのかもしれない。
「自称英雄を名乗った事は無いですが、当然の反応ですね。何者かもよくわからない輩が、よく判らない物に金を出せと言ってくれば皆同じ反応をしますよ」
ヒロトは困った困ったと手を大袈裟に広げて見せた。
「皇家の私が申請しているのですよ? ただの嫌がらせです! 」
「構いませんよ。丁重に理解して頂きますので」
そう言うとヒロトは策略を巡らす様な顔で笑った。
エレクトラは益々不安が募る。
そうこうしているとビリーと総司が到着した。
「エレクトラさん。いざ出陣です! 」
休む間もなくヒロトは皆んなを急き立てた。
「わかりました。南方方面の赤鷹騎士団団長のシリウスと面会しましょう。実力を試すと言ってましたが、何をするのやら……」
「私の事は何と? 」
ヒロトは悪戯っ子の様な表情で話す。
「異世界から召喚した軍師殿と伝えています」
「結構! それで問題ありません」
(問題有り有りだと思うけど……)
四人で広い回廊を進んだ先に指定された控えの間があった。
エレクトラが先にシリウスの執務室にはいって話しをする。三人が呼ばれて入って辺りを見渡す。
正面の執務机を挟んで五十歳ぐらいの白毛混じりの精悍な男が厳しい顔で見つめ返す。
三人がかりでも腕力で敵いそうにない。
「彼等が召喚の儀式にて異世界から来られた方々です」
各々が自己紹介していく。シリウスは簡単に頷くだけで目だけは晒さない。
「彼等が災厄の渦を止める実力者だと仰るのか? 」
シリウスの口調はあくまでも冷やかだ。
「そうです。彼等の知識や技は必ず皇國に必要なもの」
「ならば試させて頂く。皇國の臣民が拠出した資金を使うに値するかどうかを」
そう言うとシリウスは立ち上がり、左の扉を開け放った。
その向こうには外の練兵場に通じるホールがある。
「練兵場にて我が騎士団の者と試合をして頂く。我々は騎士団であり剣士だ。その者の太刀筋を見れば、その者の歩んで来た道がわかる」
(そんなものか? )
ヒロトはゲームでは戦闘の良し悪しがわかるが、それがリアルに対してどうかは理解出来ない。
練兵場は直径五十メルデほどの円形で壁はこれも円形に組まれた煉瓦作りで、所々鍛錬による傷がついている。
中には魔法で焼け焦げたあとも。
中央に軽装の若い騎士団員が一人待ち構えている。練兵場の円の外には他の団員が詰めかけていた。
「では代表者を! 」
そう言われてヒロトと総司が目配せした。
ソウジが騎士団員の前に立ち、長髪を組紐でくくる。
見物する団員から嘲笑うような声が聞こえてくる。
「女みたいな野郎だな」
総司はそんな事を言われても。あくまでも穏やかだ。
「構え! 」
若い騎士団員が剣を抜き放つ。両刃の大剣だ。
総司は木刀を手に取った。
「ふざけてるのか? こっちは真剣なんだぞ!? 」
「これで結構です」
総司は剣を低く下段に構える。
「本人がそれで良いと言うのだ。問題ない」
(木刀ごと真っ二つになっても文句はあるまい。)
総司は剣先をゆっくりと背後に向けて行く。
「えええいやや!! 」
騎士団員が気合と共にいきなり【火炎球】の魔法攻撃をおこなった! ニヤリと笑みが溢れるが、目の前に倒れている筈の総司の姿が無い。
その団員に向かって左側面から飛ぶ様に走る総司が、一気に間合いを詰めて突きを放った!
団員はまともに受けて後ろに吹き飛とぶ。
シリウスは総司の凄じい速さに、一瞬唖然としたが、すぐに気を取り直した。
「次! カイル! お前が出ろ! 」
「試験は終わったのでは? 」
ヒロトが、ニヤニヤしながらシリウスに話しかける。
「一度とは言っていない」
(そのニヤケ面を消してやるぞ! )
カイルと呼ばれた男はまだ若いが先ほどの団員とは雰囲気から違っていた。細身の剣と盾を手にしている。
「悪い事は言わない。今からでも真剣と取り替えたらどうだ? 」
「鍛錬はあくまでも木刀でするものと教えられています。私は鍛錬で人を、殺したくない」
ゆっくりと今度は中段に木刀を構える。
「わかりました。ニ度は言いませんよ」
カイルもゆっくりと中段に構える。
同時に二人が前に出た。一瞬、二人の姿が掻き消える。
その二人が突然現れ、軽く撃ちあってまた離れる。総司は下段に構えを変えた。
次の瞬間、また総司の姿が消え、高速の突きを放った。だがそれを難無く回避するカイル。
「凄いですね! 」
総司はとても嬉しいそうに笑う。
「凄いのは君の方だ。今のはニ段突きだね。2回の突きが同時に見えた。足運びも1度か? 」
総司は距離を置き、首を回して構え直す。
(少しだけ本気で行きます)
総司は飛ぶが如く神速で一気に距離を詰め再度の突きを放つ。足運びのスピードで、地面の水分が蒸発して煙が出ている。
「うおお!! 」
カイルは盾を突きの軌道に合わせて構えたが、総司はお構いなしに盾ごとカイルを弾き飛ばした。遅れて衝撃波がカイルを襲う。
なんとか、かろうじてカイルは腰を捻り、倒れるのを塞いだ。
「凄まじいな。今のは何だ?! 」
「三段突きです」
総司はもういつもの温和な顔に戻っている。
「これも同時に見えた。残念だが私の負けだ。団長! 宜しいですね? 」
「うんん。仕方がなかろう。英雄殿の勝ちとする」
歓声が上がった。
「副団長が敗れたぞ」
「何だいまのスピードは!? どうしたらああなる? その後のあれは衝撃波か?? 」
皆脅威的な総司の闘いに話しを弾ませている。
ヒロトが思い描いた状況が出来上がった様だ。
「第一段階はクリア」
今度は練兵場に巨大な岩が引き出されて来た。
車輪の付いた台車に乗せられた岩だ。
ビリーが鍛冶屋頭領のラウドと作っていた銃が完成したのだ。
「それは何だ? 」
シリウスとカイルがまじまじと眺める。
「鍛冶屋に作らせたライフル銃と言う物だなや〜」
「らライイフル?? 」
「そうだ。ライイフルるだ〜」
ふざけて見えるが真剣にふざけているのがビリーだった。
「ライフル銃はこの鉛の弾丸を火薬の力で高速発射する武器です」
ヒロトが捕捉する。
「火薬と言う物がよくわからんが、とにかくやってみろ」
シリウスは興味深々だ。元来新しい物は好きな様だ。
ライフル銃はビリーの短銃リボルバーの銃身を長く調整してグリップを肩付けする仕様にしている。
火薬と弾丸も強力に調整済みで弾丸は六発装填できる。
ビリーは弾丸をリボルバーに装填し一回転させる。
「皆離れて下さい」
ヒロトはシリウスとカイルを岩から遠ざけた。
ビリーから岩までの距離は四十メルデ。
静寂があたりを包む。
狙いを定め、引き金を引いた。
轟音と共に火と煙をライフルが吐き出した。
発射された弾丸は音速を超えて岩に命中したその瞬間、岩が粉々に炸裂した!
「おおお、!! 」
観客から一斉に感嘆と、恐怖が混じり合った声が上がる。
初めてみるその武器の威力に皆は興味と恐れを抱いた。
「凄じい威力だな。これならば厄災の渦より放たれる魔物共とて只では済むまい! 」
シリウスは嬉々として満足している様子だ。先ほどとはまるで反応が違っている。
「如何です?閣下。私はこのライフル銃を生産して銃士隊を結成したいと思っております」
「どれくらい生産するのだ? 」
「五千挺ほど」
「五千?! 」
シリウスは唸った。
(確かに強力な軍団が誕生する。隣国を抑えるのは容易くなり、厄災の渦も乗り越えられるかもしれん。。)
「わかった。赤鷹騎士団は全面的な協力を約束しよう」
(これで第二段階クリアだな。)
【異界流転 弐-1】をお送りしました。
有難うございます!
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