67 異界流転 壱-2 (改訂-5)
【異界流転 壱-2】をお送りします。
宜しくお願いします。
召還されてから三日経った。
一行は神託の杜近くのカイラースの街にいる
ナイアス大陸南方域は五つの王国に分かれていてアリストラス皇國は、さらに南に位置している。その中でもカイラースの街は更に最南端に位置するそうだ。カイラースの街は中規模の田舎街だが神託の杜の近くにある為に皇家の直轄地になっている。
緑の多い土地でこれから暑い夏が始まろうとしている。行き交う人々は交易で栄える街の為に商人が多い。ターバンを巻いた男や、東洋の顔立ちをした女性など様々だ。街の中央広場に近い宿屋に一行は宿泊していた。
「ヒロトは何処に行ったの? 」
ジャンヌはだるそうに聞きいた。眉毛がくっきりしていて、面長な顔立ちによく合う。自分のベットに腰をかけて、しきりにベットの硬さを気にしている。
「エレクトラさんと話しが有るとかで、この街の駐留軍がいる所へ行くとか」
「どうせ理由をつけてエレクトラと話しがしたいだけでしよう〜」
妙に機嫌がわるいな……総司はバツが悪そうにしている。どうもこの子が苦手なのだ。
「あの旦那はさ〜妙に鋭いところがあるし、何故かこの異常な世界に慣れている節がある……なんだろーね〜」
ビリーも気だるさ満載で話す。
「たしかに。妾は元の世界で魔術を多少なりと習得していた。でもこの世界では魔術だった技が魔法の技に置き換わっている。そんな事は普通すぐに理解は出来まい。なのにヒロトはすぐに飲み込んで理解した様だ。まだ召喚されて三日しか経っていないのに。それに妖魔が普通に跋扈するこの世界に何故かあの男は、拒否反応がない。たしかに慣れている様じゃな……」
マーリンは驚きを隠せないでいる。それについては総司も同意見だ。
「私の剣の技をこの世界で試してみたのですが、威力が何故か上がっているんです。ヒロトさん曰く、この世界には神霊力というものが有って、その力が技の威力を倍化させているとかなんとか……元々日の本の刀は強靭なので、達人なら岩でも切れたりするんです。今なら私でも切れるかも」
「マジか!? 」
「なら俺の銃の弾丸の威力も上がってるのか? 」
ビリーは手元の銃をまじまじと眺めている。この銃を作れたら一儲け出来るかもな……
◆◇◆
ヒロトは駐留軍の館にエレクトラを訪ねていた。
軍と言っても辺境のための治安維持だけの機能しか無い組織だ。ただ皇家直轄地だからだろう騎士は近衞の聖堂騎士団から見習いが派遣されている。普段は重厚な鎧姿だそうだがここでは周りに合わせて軽装との事。エレクトラが待つ執務室の扉を開けてくれた。ヒロトは軽く会釈して中に入った。
侍女にテーブルへ案内されて、紅茶を入れてもらった。鼻腔をくすぐるいい香りが漂う。お茶を頂きながらヒロトは口を開いた。
「サージェスさん」
「エレクトラでいいですよ」
エレクトラは椅子から背を浮かせるように軽く腰掛け、上品にお茶を口に運んだ。どこか妹に似ていると思う。
ヒロトの妹は物心がついた頃から難病で車椅子から離れられない。今はベットから起き上がる事も一苦労だ。自分の命よりも大事な妹だった。ユイ……元気にしてるかな……
「ならエレクトラさん。この世界の地図とあと各国の勢力図、また厄災の渦を引き起こす勢力の内容が知りたいのです」
そう言ってエレクトラに手配してもらった筆記用具を広げる。
「俺たち召喚者は情報が少なすぎる。ただ状況だけは進行しているから時間は限られている。集めれるだけの情報を手に入れたい」
「手助けして頂けるのですか? 」
「もとの世界に戻る為に、厄災の渦を止めるしか方法が無いなら、仕方がありませんよ」
「私の兄は、魔に魅入られて厄災の渦発動の儀式を執り行いました。兄はその手に世界を欲しています」
エレクトラは両手にハンカチをギュっと握りしめて話し始める。
「この世界に飢餓や貧困がなくならないのは、各国の王族や貴族が常に利権を求める為に民が犠牲になるからだと。それを止める為に各国を滅ぼさんとしています。わからないでは無いですが、その為に魔を呼び覚ますなどと……」
「人の意思で災厄を起こした。そこまで追い詰められていたのですか? 」
ヒロトは優しい眼差しでエレクトラを見つめる。
「兄は虫も殺さない人でした。母上が権力争いで殺されるまでは……何かが兄の中で壊れたのです。父上が隣国との戦で倒れてからは取り憑かれた見たいに魔導の研究に没頭しました。それこそが世の中を平和にする最短の道だと。そして出した答えが千年前に封印された魔神共を呼び覚まし、魔物を使ってこの世界を一度滅ぼし、そして一から作り替える事だと……それが平和への近道だとぅうぅ……」
エレクトラは嗚咽を必死に抑えて涙を堪えた。
「それが厄災の渦ですか……」
この世界での戦略としては間違いではないな。ハイテク兵器での攻撃に比べれば戦争と言う意味では優しい方だ……少なくとも考える暇くらいは、与えられるだろう……
「各国の対応は? 」
「各王家共に自らの国土を守る動きしかしていません」
「纏まった動きを行わない? 」
「アリストラス皇王家が今回の首謀者ではないかとの疑いもあり、各国に話しをしても取り合って貰えません」
「だろうね……」
「それどころか、国境に軍を集結させて我が国に攻め込む様相です……」
「各国の目を覚させるしかないですね」
「どうすれば……」
「戦に勝って従えるしか無いでしょうね。もしくは、圧倒的な戦力を見せつけるかです。出来るだけお互いの戦力を温存しつつ」
「その様なこと……話し合いでは駄目なのでしょうか? 」
「国と国との話し合いは、背景に力が無ければテーブルにも座れません。それ相応の覚悟が無ければ世界など救えませんよ」
「兄を止めるには通らなければならない道だと? 」
「戦と言っても刃を打ち合うだけが戦ではありません」
「どの様になさるのですか? 」
エレクトラは不安な眼差しをヒロトに向ける。
「この街に優秀な鍛冶屋は居ますか? 」
「鍛冶屋ギルドがありますが」
「ならばそこから始めましょう。あと一つ確認したい事があります」
ヒロトはお茶をもう一口頂いてから、ゆっくり話しをする。
「先日、この災厄の渦を収めたら召喚英雄は一つだけ奇跡を起こせるとお聞きしました。要するに褒美です」
ヒロトはエレクトラの瞳を注意深く覗き込む。
「はい。創世の女神ケルン様の奇跡の御技を一つだけ頂けると伝承にもあります」
まっすぐにヒロトの目を見返しながらエレクトラは言い切る。嘘では無い様だ。
「そのケルン様が俺たちを呼び出したのなら、その奇跡の力を俺たちが居た世界でも行使する事は出来るのでしょうか? 」
「可能だと思います。この世界ではケルン様ですが、別世界では別の御名があると聞いています」
それなら妹の病気も治せるかも知れない。普通ならあり得ない事だと笑われるが、実際に有り得ない事が起きている。こんな世界なら、神様が奇跡ぐらいの一つや二つ起こしてくれるだろう。
時間軸も災厄の渦が終われば、召喚されたその日、その時、その場所へ戻れるとも聞いた。
ならばこれしか無いだろう。
妹の笑顔をもう一度見る為には。
◆◇◆
宿屋からビリーを連れて一緒に鍛冶屋ギルドに入ったヒロトは鍛冶屋ギルドの頭領となにやら話し込んでいた。
時折ビリーが持っている鉄の筒の様な物をいじくり回している。
「これを作る? 」
エレクトラと頭領のラウドは訝しんだ。こんな物でなにをするのか……
「そうこれを作りたいんだよ」
「おらと同じ事考えてただかよ〜これが作れれば儲かるぜ」
ビリーはイヒヒっと笑い声をあげた。
「金儲けをするのですか? 」
「いや。戦に使うんだよ」
「坊主、何挺必要なんだ? 」
ギルマスの師弟が尋ねる。
「とりあえず見本として百挺」
「百挺! 見本で? 」
「無理か? 」
「いや皇家の依頼だからな。誇りにかけてやってやるさ」
鍛冶屋のラウドは赤い鼻を擦り上げて笑った。
「最終的にはニ千挺は欲しい」
「こんな物をニ千?? 」
「いや……やはり最終的には五千以上必要だな」
「おめ〜恐ろしい奴だなや?! 」
中世の軍に革命を起こす気か? この柔軟さ。この若さで大した物だが……こいつ何者だ?
「さっぱり意味はわかりませんが、皇家から予算を捻出させましょう。ですが騎士団から圧力がくるかも知れません。」
「どこの馬の骨かもわからない奴等が大金を動かすのですから圧力の一つもあるでしょうね……騎士団の代表者と会えますか? 」
「会える様に手配しますが、どうするのですか? 」
「穏便に済ませますよ。穏便にね」
エレクトラは不安で一杯になった。
◆◇◆
ジャンヌは何故か機嫌が悪い。
宿屋近くの酒場のカウンターに寄りかかりながらイライラしている。中央広場には沢山の市が立ち並び、出入りの商人や買い出し客も多い。そんな人々が酒場に流れ込んできて、大層繁盛していた。
エレクトラに呼ばれてホイホイ出ていったビリーも気に入らない様子だ。
「あのブリッ子女め。男共を手懐けたわね。同じ聖職者として許せないわ」
「お姫様だもの仕方がないわな。それに今後の動き方もあるしのう〜」
マーリンは穏やかに話す。見た目は中学生でも通るのに大人びた態度だ。
「それよそれ! 今後の事もあるから私達も参加すべきよ! 」
「まだ我々の存在は公表されていないから、それまでは隠密にって事ですよ」
困ったように総司が頭をかかえる。
「ヒロトに任せましょう。僕は戦闘専門でして。考えるの苦手で……」
「やけにヒロトを持ち上げるわね。あいつが一番胡散臭いのよ。なんで皆んなの名前や素性をしってるの? 私はあんたの事を知らないし、あんたは私の事を知らないでしょう? なんであいつは知ってるのよ? 」
「それを言ったら、妾も知らぬよ」
マーリンも顎に指を添えて考えてみる。
「同じ日の本の出身だけど、ヒロトは僕がいた時代より百五十年以上も未来から来たんだよ」
やはり総司はジャンヌが苦手だった。彼が生まれた幕末の時代に、ここまではっきりと物を言う女性は珍しいからかも知れない。
「あんな与太話しを信じてるの? 」
「でなかったら妾とペンドラゴンとの出会いまで知っている説明がつかないわな。歴史を知っているのじゃろ? それに妾はお主らが知っている【銃】と言う武器は見た事が無い。時代が違うのじゃ」
マーリンは身体をくねらせながら言う。妙に顔も赤い……先日から妙にヒロトを見る目に熱がこもっている。
「あんたもヒロトに興味深々ね。この貧乳エロ娘! 」
「あんな稀有な研究対象は中々出会えないからな。無駄にデカい乳をぶら下げてるから頭に栄養が行かないのかえ? 」
「なんですってー!? 」
ジャンヌの足元に酒瓶がほり投げられ叩き割れた。
ガシャン!!
「おい! うるせいぞ!! 」
二メルデはあろうかという大男が凄みながら立ち上がる。
「やかましいんだ。酒が不味くなるだろ。新顔は大人しく隅っこに行ってな! 」
「あんた一人の酒場じゃないよね。トロイのは図体だけにしな! 」
「ジャンヌ。穏便にって言われてるだろ」
総司は慌てて間に入ってジャンヌを宥めにかかる。
「田舎の酒場にはこういう三下が湧いて出てくるのがお約束なのじゃ」
マーリンまで面白がって火に油を注ぎ込む。
「不味いって! 」
総司は身振り手振りで慌てた。
「もう遅い! 」
大男は腰の剣を抜き放った。様に見えたが、総司が男の剣の柄を上から押さえ込んだ為に剣は抜けなかった。
男は呆気にとられ一瞬呆然としたが、すぐに我にかえって再度剣を抜きにかかる。
その動きに合わせて総司はまた剣の柄を押さえて抜けなくする。
「申し訳ない。機嫌が悪いのです。よく言って聴かせるので引いて貰えませんか? 」
総司は笑顔で話しかけるが、目は笑っていない。
「てめえ〜! 」
大男は背中に差した手斧を抜き放ち、そのまま上段から総司の頭目掛けて振り下ろした! すると鍔鳴りの音がしたかと思ったら、手斧が根本から切断され、さらに男のネックレスが断ち切れて床に落ちた。だが総司の刀は鞘に収まったままだ。
いつ切ったのか?
男は硬直し怯えきって、腰を抜かした。
何事か、うわずった声で喚きながら、出口に向かおうとする。
「わかって貰えて有難う」
男はすごすごと酒場から出ていった。
「余計な事をしなくても私が叩き出してやったのに」
ジャンヌは何事も無かった様に酒をチビチビやっている。
「それが不味いから止めたのですよ」
「お主もかなりヤバいのう〜」
マーリンは感心した様だ。
「私なんかより、土方さんや斎藤さんの方が腕が立ちます。私なんかまだまだ未熟です……」
「それで未熟ってどんな何処にいたのよ? 」
ジャンヌは呆れ顔だ。
「みんな日がな一日、剣の修行ばかりして、空いた時間は敵を切りに出かけてました」
「ただ単にヤバい組織じゃないの」
「でもそれが私の日常でした。」
総司は満面の笑顔で答えた。大分街も不穏な空気にピリピリしているな。みな頭でなく感覚的に感じている。私も早く元の世界に戻らないと、いつ薩長が京に攻めて来るか……
【異界流転 壱-2】をお送りしました。
※ブックマークを有難う御座いました。
※小説家になろう勝手にランキングに登録しました。宜しければ下の項目から投票を宜しくお願いします。