82 不死哀楽 (改訂-5)
敵の第二波がアリストラス軍に襲いかかります。
それは生ける屍共の軍勢。
それを指揮するあらなた転生者。
英雄達は戦線を維持出来るのか?
来る。
来る……来る。
死しても魂を身体に留められ、
生きる死体として存在する。
呪いによる強制。
魂の安息を得るには破壊させるしか無い。
だが災厄の渦はその安息すら踏み躙る。
「火を放て!! 」
一斉に弓兵が森へ火矢を放つ。
アンデットは火攻めに弱い。だがあまりにも数が多い為、どこまで有効かは不明だ。
「打ち続けろ」
炎に焼かれながらも、ゾンビやグールがまだ向かってくる。
火だるまの死体を踏み越えて、別の生ける屍がやって来る。
「あ〜あっ……死体祭りだなや」
何処までものんびりしたビリーだった。
「隊長。準備できました。」
メイデルは緊張している。死体が苦手なのだ。
まあ、死体が好きな奴がいたら変態である。
「よし。一斉射撃、構え! 」
ビリーが上げた手を振り下ろすと、
ズドドォドドドドンンンン!!!!
号砲が鳴り響いた!
ゾンビが炸裂するようにバラバラになって行く! 凄じい威力だ。
「縦列交代!! 」
前列と次列が入れ替わる。
ズドドドドドドォンンンンンンンン!!!
グールの群れが吹き飛ぶ!
「数が多すぎます! 」
メイデルが悲鳴に近い声を上げる。
「なんとか耐えろ!! 縦列交代! 」
死体共の向こうから何か来る!?
「火炎系の魔法を中心に練り込め! 干物共を燃やし尽くせ! 」
マーリンは激を飛ばす!
魔導団より火炎魔法の集中砲火がはじまった。
「……何か来る……私は前衛に行く! 」
このヤバイ神霊力はなんだ?? マーリンは今まで感じた事のない邪悪な波動を感知していた。
ケルン聖堂教団の回復魔法で軍全体の体力を支えていた。
暖かい波動が伝わって行く。
「…………何か来るわね……現状を維持! 私は前衛に向かう!」
このドス黒い感じは何?! ジャンヌも本能的に危機を感じ取った。この感覚は神のそれとは真逆の物だ。神を冒涜する様な存在。
「シリウス団長! 全体の指揮をお願いします。私は前衛に向かいます」
ヒロトは戦術モニターを閉じた。
「そんなに厳しい敵か?! 」
「はい。今までの奴とは違いますね……行ってきます! 」
ヒロトと晴明は天幕を足早に出て行った。
普通の人間にもわかるほどの闇の気配が伝わってくる。
◆◇◆
銃火と凄じい煙の中、敵の気配が変わった。
骸骨騎士が恭しく膝をつく。
その中央を優雅に歩んで来る者がいる。
凄じい血臭が吹き付けてくる。まるで血の雨が降るごとく。
ゾンビ共がその足元に傅く様に這い回る。暗雲の中で、その者の歩む道筋だけ天から光がさす。
レンブラント光線の中で艶かしいシルエットが浮かびあがった。薄いシルクのドレス、左裾から腰まで大胆なスリットが入って、白い足が覗く。背中は腰まで空いていて、腰のくびれを強調し、胸元も大胆にあいている。
「女だ……妖艶な……頭が変になりそうだ……」
ビリーはこめかみを抑えながら、その女を睨みつけた。女が手を翳すと、バラバラになった死体が寄り集まって蠢き出す。魂を強制的に死体に繋ぎとめて逃がさない。
「まだ貴様らの生は終わりでは無いぞ。妾の為にもっと働け! 」
武蔵と総司は前衛の銃士隊の後方で女を見た。
「あれはヤバイな……精気が吸い取られる様だ。あの目を見るなよ」
「一斉射! てぃ! 」
ズドドドドドドォンンンン!!!
轟音と砲火の煙に包まれたが、
「……まったく平気か?! 」
女は平然と歩みを進めて来る。
「下郎ども! 消えろ!! 」
女が手を翳すと、銃士十数人が押し潰された。また手を翳そうとするが、こんどは障壁に遮られ、力が押しかえされる。
「?! 何奴? 」
マーリンが銃士を押しのけて前にでた。
「女! えげつないの〜う。名はなんと言う? 」
女は無視して歩みを進める。
女は腕を横に振ると、衝撃波がマーリンを襲う!
その衝撃波に合わせる様にマーリンも魔力を当てた。
炸裂音が響き渡る。
「魔導士如きに妾の歩みは止められん! 」
「特殊弾頭【貫通】を食らいにゃ! 」
ビリーはライフルに神霊力を込めて行く。ライフルの銃身が白銀に光り始めた。
教会の屋根からビリーのライフル弾が発射され女の障壁に着弾。
弾かれるかと思いきや、障壁を突き抜け女の肩に炸裂した!
肩から腕がもぎ取れる。だが直ぐに腕から触手が肩に伸びて再度繋ぎ合わされて行く。
「再生しやがった!! 」
女が手を振るうと、指が触手の様に伸びてビリーを襲う!
「うっおー!! 」
間一髪触手から逃れ、屋根の上を走る。
「我が名の元に馳せ参じよ! ライトニングアロー!! 」
マーリンから多数の魔法の矢が発せられ女に降り注ぐが、全て弾かれる。
代わりにマーリンへ触手が襲いかかる。その触手を叩き切り、真空の刃を総司が女に打ち込む!
無数の死体がその身を盾にして女を防御する。
「銃士隊はシリウス殿の指示を仰ぎ隣町の防衛陣地まで下がれ!! 我が大隊と黒豹騎士団で此処は支える! 」
総司の側を横切るように武蔵が前に出る。神霊力を込めた一撃を女に向けて振り下ろす。
空間を切り裂く刃が女の防壁ごと真っ二つに両断した。
だが両断された身体を触手が繋ぎ止める様に再生して行く。
「切りがないだなや〜!! 」
ビリーがライフル弾を撃ち込みながら悪態をつく。
「貴様、真祖か?! 」
いつのまにここへ来たのかヒロトが女に言葉を投げる。
「?!……賢しくも我の存在を理解出来る者がおるか? 」
女は愉悦を噛み締めながら邪悪な笑みを浮かべた。
「我はエリザベート。トランシルヴァニアを統べる者」
女は扇子で口元を隠して笑う。
「……エリザベート・バートリか……」
エリザベート・バートリ。16世紀〜17世紀にかけてトランシルヴァニアを支配したバートリ家。ハンガリー王国の大貴族。ポーランド国王の姪にあたる。
絶世の美女と言われたが20歳を過ぎた頃から、その美貌を保つ為に黒魔術に傾倒。処女の血が、美貌を保つ事に有効だど考え、近隣の少女を拐い、あらゆる拷問虐待を行いその生き血を絞り取り、血で満たした浴槽で沐浴を行った。
犠牲者は数百人を超えたが、事件が明るみにに出ても、高貴な血筋の為、死刑にはならず幽閉された。
その幽閉された自らの城で、自ら不死になる為の儀式を取り行った。
「真祖……吸血鬼かえ? 」
「正確には不死王だよ」
「じゃあなにか? 奴は現世で不死王となってから転生したのか? 」
武蔵がゾンビを纏めてぶった斬りながら呆れ顔をしている。
「あんなのを、どう倒すんですか?? 」
総司も骸骨騎士を打ち倒しながら呆れ顔だ。
「私がやるわ! 」
ジャンヌが腰に手を当ててエリザベートを睨みつける。
そしてゆっくり眼を閉じて何かを呟く。ラテン語の聖なる言葉。
純白の羽がジャンヌの背中に現れる。
天より眩しい光が降り注いで、ゆっくりジャンヌの身体が浮かび始める。
両手を胸の前で合わせ、そこに力を込めて行く。
ジャンヌの神霊力が膨れ上がった!
「神の摂理から逸脱した存在よ。邪悪そのものを顕現した存在よ。我が神気を受けてみよ!! 神門解錠 !!! 」
エリザベートの周囲に後光が降り注ぎ、強烈な光に満たされる。その背後に天界の門が現れエリザベートの身体を吸い込もうとする。身体が分解されて行く!
「くっつうつ!! この神気は……身体が崩れる?! 」
エリザベートの魔力が炸裂した!
触手が周囲の人間を取り込み、喰らいまくる!
「おのれ! 神の僕如きが! もっとだ! もっと肉と魂を寄越せ!! 我が血肉となれ!! 我が盾となれ! 」
周囲の屍人をも取り込んで、ますます巨大で醜悪な化け物と化し、身体の分解を阻止しようと足掻く。
顔と首だけが新たに再生している。巨大な目玉が現れ、目から怪光線を発射した!
光線の直撃を受けて騎士が数人蒸発してしまう。
「くっう!! 何でも有りか! 」
総司も武蔵も触手の相手で手一杯だ。周囲に広がって行く触手を切り裂きながら、何とかエリザベートに近づこうとするが、触手が多すぎて近づけない。
「ここでこいつは倒す! 段々わかって来た……災厄の渦のシステムが。特殊なのを喰らわせる! 詠唱時間を稼いでくれ! 」
ヒロトは直ぐに魔法詠唱に入る。
「大いなる深淵 暗黒星団より馳せ参じよ! アグラマグラ ザナス 深き者共よ 我が望みは御名の敵を屠る事なり……」
武蔵も刀身に神霊力を練り込み始める。
晴明は五芒星の描かれた呪符を投げた。
投げられた呪符は召喚者達に張り付いて防御壁となる。
「もうひとつ特殊弾頭【炎獣】を喰らいな! 」
ビリーがライフル銃の狙いを定めて神霊力を込めた弾丸を発射する!
エリザベートの醜悪な身体が爆炎に包まれた!
「下賤な者共め! 我の肥やしとなれ!! 破断の世、黒断の世、受肉せよ! ベルゼ ベルゼ ロア カルナ ……」
エリザベートが詠唱を始めた。
「奴の方が早いぞ! 」
総司が真空刃を放つが、エリザベートの障壁に阻まれ届かない。
「下賤な者共よ! 滅せよ! 血魔濁流双波動!!! 」
エリザベートが両手を地面につける。
地面が波打ち血の海が広がる。直径200メルデの円形の 結界が広がり血が生き物の様にまとわりつく!
「奴の精神世界の結界に閉じ込められたぞ!! 」
マーリンが火炎魔法を放つが結界に弾かれてしまう。
「……我れは時の王の代行者! 時空檻鎖閉塞!! 」
その瞬間、世界の動きが止まった。いや、ヒロトだけがその世界で動いている。
ヒロトが魔法を発動させたと同時に、エリザベートの首と胴体が離れ、胴体が塵になって行く。
いったい何が起こったのか??
「貴様! なんだその魔法は?! 」
エリザベートの全てが分子レベルで崩壊して行く。
「そんな力……魔神の力ではないか……」
エリザベートが消滅した。
エリザベートに支配されていた魂が解放され次々と動く屍が灰になって行く。呆気ない幕切れだった。
「ヒロト? 今のはどうやった? 」
マーリンが理解出来ずに聞く。
「奴の精神結界内に別の結界を作って、その結界内の時空間を停止させた」
「時空間魔法!? でも不死王にどうやってトドメを刺した? 」
「時の止まった空間で、奴の血液から銀のナイフを錬成して、首を切った」
「そんな事が?! だって空間ごと時間が止まった世界でどうやって錬成を? 」
「俺の周りだけ時を加速させたんだよ」
事も無げに言ってのけるが次の瞬間、ヒロトが血を吐いて倒れ込んでしまった。
意識が深い闇に閉ざされた様に。
転生者を1人倒す事に成功しました。
ヒロトはこの災厄の渦のシステムに何かを感じ取った様です。戦線を後退する事を余儀なくされる人間軍。
また次回もお楽しみに!
(映画 brotherを観ながら)
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