80 死闘前夜 (改訂-5)
遂にゴドラタン帝国軍が本格的に参戦しますが、どうも様子が少しおかしい。
災厄の渦とはいったい何なのか?
1つ謎が解明されると、次の謎が現れます。
今回も宜しくお願いします。
夜の帳が降りる。
この世界でも星空を眺めると心が落ち着く。
人の営みなど愚かだと思えるのは心に余裕が有るからか?
それとも諦めか?
災厄の渦を引き起こした勢力に、召喚者らしい者がいる事実が判明した。
だが普通の召喚者と違い怨嗟に満ち満ちている。
あれは何か壊れていた……
「これも美味いわね〜。なんて魚かわからないけど。焼いても美味い」
器用に魚を開き、小骨を取り除いてゆく。よっぽど腹が減ったのかジャンヌは次々と料理を平らげていく。横で見ているマーリンは、見ているだけで腹が膨れそうだと思った。
「そういえば九郎は? 」
指に付いた魚の油を舐めながら、総司に話をする。
「ウィリアムと部隊を率いて山の中」
総司が口にハムを放り込みながら答える。
「ご愁傷様ね。こんな美味しい食事を逃すなんて」
今日の食事はジャンヌ宛にケルン教団から届けられた最高級品ばかりだ。いわゆるお供え物と言うべきか。何を勘違いしたのか金銭まで送ってくる信者がいる。良い迷惑だ。
「だが今日のあの男。名は何と言ったかな? 」
武蔵は手羽先にかぶりつきながら話す。
「スパルタクスです。古代ローマ最強の剣闘士です。凄いな〜」
ヒロトは歴史に関しては雄弁になる。好きなのだ。
「喜んでる場合かや? 敵にも召喚者が居るとはな。エレクトラが召喚したのは10人だろう? そのスパルタクスとか言う奴が10人目かえ? 」
マーリンはビールを腹に流し込みながら話しに入ってきた。少し酔ってる様だ。
「いや。多分違う。奴は普通では無いな。あれは何かに憑かれている」
武蔵がワインを瓶のままラッパ飲みする。
「普通では無いんですか〜」
晴明は上品に自作の箸で魚を食べている。
「何だろ〜な。と言う事は十人以外にも召喚者が存在するって〜話しだなや? 」
「どうも俺達がまだ知らない何かがあるみたいだな。」
エレクトラも知らない事か? それとも隠していた? 本人に問うしかないな……
「それにあの頭に直接響きわたった声。あれはヒロトの念話に似ていますよね? 」
総司もパンを頬張る。
「少し違うが……あの声がエレクトラの兄貴だろうか? 」
闇の底から湧き上がる声。あんな声を人間が出せるのか?
「それにあの忍びモドキ。何だあれは? 」
武蔵はワインをさらにラッパ飲みする。
底無しの様だ。
「あれは、あの声が暗殺教団と言っていた。昔イスラム教の一派にそんな連中がいて異教や異端を殺戮しまくった狂信者だよ」
「じゃあなにか〜その連中も召喚者なんかえ〜」
マーリンはだいぶ呂律が怪しくなって来た。
「おそらくはあの全員がそうだろう。暗殺教団が一つの個体として召喚されたと考えるべきか……」
暗殺教団。11世紀イスラム教シーア系イスマーイール派の異端集団。山岳のアラムート城に立て篭もりドラックと女に溺れ、セルジュク朝と戦い続けた。暗殺を主な手段とし、宗派の若者にハッシシ(大麻)を配り戦闘の恐怖を忘れさせ、神の名の元に殺戮を繰り返した。
最終的には害悪としてモンゴル帝国遠征軍に殲滅された。
「じゃあ〜他にもまだ敵の中に召喚者がいる可能性がありますね〜……グランパスの奥にある大森林には結界が張ってあり、式神も入れません」
「俺達はまだまだ情報が足らな過ぎる……」
「それより、あんた何者? 」
ジャンヌはヒロトに切り込んだ質問をした。
「何者とは? 」
「あんな恐ろしくてデタラメな魔法を使えるあんたは、いったい何者かって聞いてるのよ? 」
(この俺、ヒロトの存在。MMORPGファイヤーグランドラインの初期プレイヤー。システムAI【アップルシード】を使いこなす。システムAIは戦略・戦術モニターや異空間ロジスティック(異空間保管庫)、連結戦闘コントロールなど、さざまなゲームアシスト機能を有する。ゲーム内で入手した様々なアイテム、術式プログラムを駆使して古代魔法を自作するセンスを有する。ヒロトの術式は魔法と科学の掛け合わせによってロジックを構成したハイブリッド魔法。それら全てのゲーム内での能力をそのままアリストラス世界に顕現させた存在……と言っても皆はちんぷんかんぷんだよな……自衛軍防衛大学3年休学中……)
「未来世界から召喚された、魔法科学の申し子としか言い様がないな」
自分で言ってて恥ず!!
「素晴らしいです。こんど術式を教えて下さい! 」
晴明は好奇心が抑えられない様だ。
「ゴドラタン帝国軍から早馬が来た。明日の明朝から動くそうだ」
ヒロトは想定範囲だと言う顔だ。
「奴らゃ〜儂らを戦かわしゃてて、自らは温存かやや? 」
もうマーリンは出来上がってる。
「飲み過ぎだよ。マーリン」
「ヒロトトト〜もう眠いぞよ〜我々寝かせてつけよ!! 」
抱きついて離れない。
仕方がないのでヒロトはマーリンを天幕に運ぶ事にした。
野営地は深い闇の中にあり星の煌めきが降り注ぐ。松明の炎の揺らぎがマーリンを背負った姿を写し出していた。
「着いたよ。マーリン。ゆっくりお休みよ」
「寝かしつけろといっただろ〜」
いきなりマーリンは服を脱ぎ始めた。
「なななにたおおお……」
ローブを脱ぐと下着すらつけてない……確信犯か……
ヒロトは赤面して顔を手でおおう。
「な〜に恥ずかしんでおる? 童貞を捨てるチャンス到来じゃぞ〜」
そう言いながら、ヒロトの耳たぶを舐める。
「酔っ払ってるだろろ?!! 」
マーリンは、上目遣いで擦り寄ってヒロトのシャツのボタンを外しながら、唇を重ねてくる。
それでもまだヒロトは半分腰が引けてジタバタしている。
「妾の身体が子供のままなのはな、身体の時を止めておるからじゃ。妾自身はお主よりもずーっと歳上じゃから、遠慮なんぞ要らん! 妾はな、お主に対する興味が抑えられんのじゃ! 」
「興味? 」
「そう興味じゃ! お主の存在は我々とは何か違う」
確かになぜ自分だけがゲームの中から呼ばれたのか?
何かの間違い?
「興味と、いま襲われてる事と、どう繋がるのさ? 」
「興味の行き着く先は確かめる事じゃ! 」
「愛などという不確かな事ではないぞ。寝る前に熱く激しく確かめ合えば寝付きもよくなる〜」
そう言いながら素っ裸のマーリンはヒロトの唇に唇を重ねて舌を入れる。
「ほら〜お主の男は、もうこんなになっておるではないか?! 」
重ねた唇を離すと、唇と唇の間に糸が引かれる。今度はヒロトから唇を重ね合わせて、この素晴らしい時がいつ迄も続けばいいなと思った。
◆◇◆
アリストラス軍の野営地より東に二十デルの地点にゴドラタン帝国軍が野営地している。それとは対角線上の西側三十デルを九郎の遊撃大隊が山中の道なき道を行軍していた。
「こんな離れた所に何かあるのか?? 」
ウィリアムは元々騎士の為、馬の扱いは手慣れた物だ。九郎同様に手綱すら持っていない。足だけで操作している。
「匂うんだよな〜。微かだが血の匂いだ」
九郎は鼻をヒクヒクさせながら北東の方角を凝視する。
「静か過ぎますね……」
副長のジレも上手くついて来る。
「隊長〜。道なき道だから隊の者が苦労しますよね〜」
「軟弱者はついてこれんか? 」
ジレは双眼鏡を覗きながら即答する。
「隊長からしたら、全員軟弱ですよ〜! 」
闇夜に加えて森の急な斜面を九郎とウィリアムは平気にズンズンと進んで行く。
「この山向こうに何かがある」
森の木々がひらけた場所に出た。
「み〜つけた〜! 」
「何だあれは?! 」
ウィリアムは呆気にらとられた。その血生臭い光景は吐き気を模様する。実際に隊の者達が堪らず吐き出した。ゴブリンの集団が他の妖魔に喰われている。
「やっぱりな〜。食料をどうやって調達してるか疑問だったんだ。やつら穀物なんかを運ぶ部隊なんか無いだろ? 」
「だからって仲間を喰ってやがったのか? 」
「ヒロトがさ〜、災厄の渦っていうのは巨大な呪いみたいなもんで、妖魔もその呪いに囚われているんだと。だって良く考えりゃ〜さ、妖魔だって意思もあるだろ? 強制されてんのさ」
九郎は人間が命令に従ってる事とあまり大差はないなと思う。
「呪いに強制されて仕方がなく仲間を食らってるのか。酷い事を……」
ウィリアムはこんな災厄の渦を起こした連中が人間だと言う事に吐き気がした。
「ここの数はざっと見た感じ、一万ぐらいか。これでいくつ目だっけ? 」
「ここで、七つ目です。隊長」
「道筋は大体わかった。状況を開始するぞ! 」
するとおもむろに九郎は大声で叫ぶ……
「ゴドラタン帝国軍が居るぞ!! 」
隊の者達も同じ様に騒ぎながら馬首を翻し走り出す。
すぐさま敵の一団が反応し追跡を始める。
「動いた! 行くぞ!! 」
すぐに九郎もウィリアムも全力疾走に入る。来る途中で確認した敵の部隊を巡りながらわざと騒ぎを起こして周る。
「ゴドラタン帝国軍は東に行ったぞ〜」
満面の笑みを浮かべながら九郎は叫んでまわる。
「楽しそうですね。殺されそうなのに……」
ジレは呆れ顔だ。頬を敵の矢が掠める。
「ギリギリが楽しいんだよ〜! 簡単だと退屈だろ? 」
「私は簡単な方がよいですけどね……」
ゴドラタン帝国軍野営地の物見櫓では監視の当直兵が眠そうにあくびをしていいる。
開戦から2日になるが、妖魔軍はアリストラス軍との交戦が主で、こちらにはまったく来ない。
戦闘を極力さける為の位置取りだった。
「ん?? ……何か光ってるのか? ……」
松明の光を追う様に、無数の紅い光が溢れてくる。
「何だ?? 」
一瞬思考が停止したが、眠気も吹き飛んだ。
「敵襲!!! 妖魔が来たぞ!! 」
一瞬で鍋をひっくり返した様な騒ぎになった。
「答えた! ジレ! 松明を捨てて逃げるぞ!! 全騎脇目もふらず走れ!! 」
ゴドラタン軍の野営地に灯りがともり出した。妖魔に反応したのだ。九郎はそれを確認して直ぐに馬首の向きをかえる。
「隊長! こんな事して大丈夫ですか? 」
ジレも慌てて九郎につづく。
「敵の嫌がる事をするのが楽しいんだよ!! 」
「妖魔軍にですか? それともゴドラタン帝国軍にですか? 」
「そこまで言わせるなよ! 」
ニヤリと九郎は笑い、さらに馬の速度を上げた。
風になる様な感覚が、とても九郎は好きだった。
遂にゴドラタン帝国軍が参戦しますが、自ら参戦すると言うよりも「九郎に無理矢理参戦させられた。」が正確ですね。
さらに混沌とした戦場が形成されていきます。
また次回も宜しくお願いします。
(映画 レオン完全版を観ながら)