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夕食の時間が近く、彼を誘って下に降りよう。
妹はもう外国語の勉強を済ませているだろう。
そう思っていたから、彼の部屋の扉を開けようとして耳に入ってきた言葉に、取っ手に手をかけたままミオンはその場に固まってしまった。
「ねえ、ジーク。お姉様との結婚、どうするつもりなの?」
「今更取りやめるわけにはいかない。二つの国の問題だ」
「そう……でもあなたは、責任を取るって言ったじゃない」
「それはもちろん言ったよ」
責任を取る?
それはどういう意味だろう。
頭の中で理解ができず、いけないことと思いながらミオンはついつい聞き耳を立ててしまう。
「君のお姉さんの結婚はあくまで仮のものだ。正妻に迎えるにしても血筋を例れば母親は商家の娘。さすがに僕の正妻というわけにはいかないね」
「それもそうよね。お姉様の場合、それに輪をかけて問題もあるし」
「外見の問題か。それは大問題だ」
「でしょう? それならまだ私の方があなたに合ってると思わない?」
妹の発言を耳にしてミオンの中で、カチリ、と嫌な音がした。
心の中の歯車が、運命という名前の歯車が音を立ててその流れを変えたことを、ミオンは頭のどこかで理解する。
侍女のサリナの冗談がこんな形で本当になるなんて……。
悪夢どころかあってはならない現実を受け止められず、ミオンの手は扉のとってからそっと離れてしまう。
扉の向こうにいる二人にバレないように、ゆっくりとミオンは後ずさり、そっと足を忍ばせて逃げるように階段を降りる。
どうしよう、聞いてはいけないことを知ってしまった。
誰に告げることもできない現実は、普段から逃げ場のないこの屋敷の中で、ミオンからさらに居場所を奪おうと追いすがって来る。
どこをどう歩いたのか自分でも意識しないまま、離れにある侍女の部屋に逃げ込んだミオンは身の回りの荷物をまとめ、その夜のうちに王国を出奔した。
最初は王国の頂点に立つ大公閣下を頼ろうと思った。
その時、大公は帝都にいて王国から離れたミオンが身を寄せるにはもってこいだと思われた。
しかし、侍女は本当に大丈夫かと不安の声をあげる。
ミオンとジークの結婚は、大公と皇帝が決めたことだったからだ。
「もし、大公閣下が敵に回れば、未来はないのも同然です!」
「それはそうね……」
頼るべきか、否か。
決めかねたまま、十三歳まで過ごした母親の実家を訪ねると、帝国の領土から離れるようにと祖父に勧められた。
皇帝陛下と大公閣下は仲が悪いのだという。
皇太子が自分の支配する土地にやってくると知り、大公は一計を案じた。
部下の侯爵家から殿下の幼馴染であるミオンを大公家の養女に迎え、結婚した後は侯爵家に戻そうとしていたのだという。
皇太子ジークは侯爵家の人間となり、王国を継ぐことができなくなる。
自分の権力を奪われたくない、大公の苦肉の策だった。
「帝国から遠い、共和国に逃げなさい。そうすれば、陛下も大公閣下も手が出せない。そして、落ち着いたら婚約を辞退する内容の手紙を帝国に送りなさい」
そう言い、祖父はミオンとサリナを国外に逃がしてくれた。
それが半年前。
そして、冒頭にも戻る。