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「帝国に新婚旅行に行けるのは嬉しいけれど、若すぎるとか。幼いとか言われないかしら」
「お嬢様の外見に文句をつける方はいらっしゃいませんよ。それよりも言葉の問題はよろしいのですか? クレア様は大層、難しいとおっしゃっておりましたけど」
侍女のその質問に、もう一人の別の侍女が口を挟んだ。
ミオンが幼い頃から仕えてくれているサリナだった。
赤毛の美しい侍女はミオンと同い年で、幼馴染でもあった。
「馬鹿を言わないの。お嬢様は五年前まで帝国にいらっしゃったのだから」
「……申し訳ございません」
「いいのよ、お前は新しいから知らないのも普通だわ」
侍女の無知をそう言って諭すと、ミオンはサリナにあとどれくらい、と確認する。
もうしばらくかかりそうという返事に、心がめげそうになった。
「それにしてもあの子、最近よくジークの所に行くわね」
「クレア様ですか?」
「そうよ、サリナ。婚約する前まではそうでもなかったのに。我が家に彼が逗留するようになってからまるで本物の兄妹のように、仲が良くなったような気がする」
「大丈夫ですよお嬢様。男女の仲になったというわけではないのですから」
「そんなこと考えてないけど……」
そう言われてしまうとなんか気になってきて釈然としないものが湧いてくる。
妹がどれほど婚約者に甘えても、この結婚は自分たちの意志ではなく帝国の皇帝陛下と大公閣下が決めたことだ。
個人の意思なんて貴族の結婚では二の次で、そんな当たり前のことは妹だって知っているはずだ。
もうあの子も十六歳になるのだから、その程度の事はわきまえているはず
頭ではそう思っていてもある一つの事が、ミオンの心を少しだけ揺らしていた。
「でも不思議ですね」
「何がかしら」
「帝国の言葉をクレア様が難しいとおっしゃることです」
「……サリナ、それは仕方がないわ。あの子はずっとこの王国育ちだから。私と違って……」
「お嬢様、失言でした」
「お前まで私を悲しくさせないでちょうだい。早くこれ終わらせて! ……殿下とお話があるから」
不機嫌ではないものの、語尾がちょっときつくなる。
自分の生い立ちに自信がないミオンは、時折、異母妹のことが羨ましくて仕方がなかった。
ミオンは帝都の商家に生まれた。
父親はもちろん侯爵で、母親は帝都の侯爵家の別邸に礼儀見習いとして働いていたら、見染められてミオンを身籠った。
いうなれば、庶子ということになる。
その時、侯爵には妻がいなかった。ミオンの母親を正妻に迎えようにも、身分が違う。仕方なく王国の貴族令嬢を正妻に貰い、ミオンの母親は愛人という形で侯爵家に迎えられた。
母娘は帝都で父親が大公の供をして上がって来る時にだけ、別邸で再会する。そんなことを繰り返していたら、母親は流行り病で亡くなってしまった。
(疫病が蔓延している帝都には娘を置いておけない)
そんな侯爵の一存で、ミオンと侍女のサリナが王国にやって来たのが五年前。
ミオンが十三歳の時だ。
そして、お定まりの継母はミオンを気に入らず、肩身の狭い思いをして王国で生きて来た。
侯爵家の長女としてせめて勉学ぐらいは励もうと思い頑張ってみたら、どうやらそれなりの成績で学園を卒業できることができそうで、これだけはミオンの小さな自信となった。
人よりも成長が遅く幼い外見で、侍女たちが言うほどに自分が美しくないことをミオンは理解していた。
今だってそうだ。この純白のウェディングドレスは何よりも美しいけど、自分が着るよりも、そう。
妹のクレアが着た方が、よほどふさわしい。
婚約者のジークとは彼が幼い頃からの友人で、この夏に彼がやって来ていきなり婚約者になったと父親から聞かされた時は、はっきり言ってまるで実感が湧かなかった。
侯爵家の姉妹は姉よりも、妹の方が美しいとの評判は知っていたから、なぜに自分なのか。
血筋から言っても妥当なのは妹なのに。
そういう引け目がミオンの心のどこかにあった。
だから、クレアのわがままにも仕方がないという諦めに似た感情が、ミオンの判断を鈍らせていたと言える。
「もう終わるかしら」
「あと少しですから」
「そう」
だめだ、声が完全に不機嫌なときのそれになっている。
自分ではそんなつもりがないのに……顔に焦りを覚え始めた侍女たちを目の端にして、ミオンは二度目のため息をついていた。
ようやく仮縫いが一段落し、部屋着に着替えたミオンが二階のジークの部屋を訪れたのはそれからしばらくしてのことだった。