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目の前で私の手を握って泣いて謝っているのは、宮坂 梅ちゃん。
御年、80歳だ。
彼女はあの青年の子孫であり、今代の世話役でもある・・・が、
生まれた時から面倒を見ている子でもあるので、正直世話役というより親類の子という感覚になってしまう。
あれから幾年の時が過ぎ、私も今では人に化けて生活して長い。
現代で私は 月城 琴乃と名乗っている。
もう何時から名乗っているかも不明だけど、個人的には愛着のある名前だ。
年齢は実年齢がわからないので、その時に応じて変更している。
現在は23歳(仮)だ。
戸籍関連に関しては、元が妖狐なので必要に応じて術を用いているのはご愛敬。
「本当は、私が琴乃様の面倒を見ないといけないのに~。本当にごめんなさい。私は守られてばかりで~。」
「いやいや、梅ちゃんは十分にやってくれたからね?もう大丈夫だから?ね?ほら、泣き止んで。」
泣いている彼女の顔をハンカチで優しく拭きながら、彼女の言った事を少し思う。
彼女は守られてばかりというが、正直私は十分に守ってあげる事はできなかった。
あの2度目の大戦で、この国は大きく疲弊した。
大戦中私は彼女や彼女の子供達を生かすことはできたが、できたのはそれだけだった。
彼女の旦那さんは結局帰ってこず、彼女は一人であの戦後を乗り切ったのだ。
今でこそ、裕福な暮らしをできているが、あの頃は本当に大変だったと思う。
だからこそ、今時珍しい孫世代との同居生活で、余生を存分に楽しんで欲しいとも思ってるんだけど・・・。
「婆ちゃん、琴乃様が困ってるから。ほら車に乗ろう?」
お孫さんに言われ迷った顔をしてくるうめちゃんに、私は笑顔で頷いてあげると彼女は渋々車へと乗りこんだ。
「琴乃様。私のわがままを許して下さい。世話役を引き継がない私が言うのも失礼ですが、私は余生を婆ちゃんには楽しんで欲しいのです。」
「うん。大丈夫。それは私も同じだから。それに・・・どちらか言えば梅ちゃんのお世話係みたいな状態だったしね。」
梅ちゃんのお孫さん(たしか・・・タカノリ君)は苦笑していた。
人間の体は脆い。梅ちゃんも年齢にしては元気な方だが、ここ数年は疲れやすい彼女に変わり家事全般を私が行っていた。
それもあり、恐らく梅ちゃんは自分だけ余生を楽しむ事に負い目を感じているのかもしれない。
「琴乃様、本当に今迄婆ちゃんをありがとうございました。本当は、もっと早く来ないといけなかったのですが・・・。」
「気にしないで。梅ちゃんは私にとって年の離れた妹みたいな感じだから。それよりもこれからは梅ちゃんをよろしくね?」
「はい。」
彼は一礼すると運転席へと向かった。
私は後部座席の窓を開け、私を呼ぶ梅ちゃんに近づいた。
「琴乃様。少なくとも明後日には、世話役として来る予定です。それまで、何卒ご容赦くださいませ。」
「大丈夫から心配しないで、梅ちゃん。私は社を残して貰えれば何とかなるから、気にしすぎないで余生を楽しまないとだめだよ?」
私は、梅ちゃんに笑いかけて窓越しに彼女の手を取った。
そして、彼女の手に私の毛で作ったブレスレットを結んだ。
「こんなので申し訳ないんだけど・・・これでも私、妖狐だからね。おまじない位は効果あると思うよ。」
「琴乃様・・・いえ、最後になるかもしれませんので、無礼をお許しください。」
「最後だなんて縁起でもない。・・・いいよ、許そう。」
梅ちゃんは私の餞別品に触れると、まっすぐにこちらの目を見てきた。
「琴乃姉様、今までありがとう。小さい頃から面倒を見てくれて・・・夫や子を亡くした際には傍にいてくれて。琴乃姉様にも幸せがありますように。」
「梅ちゃん・・・うん。ありがとう、元気でね。」
彼女は懐かしい呼び方で私にそういうと、それはもう美しい微笑みをくれた。
私は一瞬不覚にも、その微笑みに泣きそうになった。
バックミラー越しにお孫さんに目配せをし、空気を読んだお孫さんは梅ちゃんに声をかけるとゆっくりと車を発進させた。
私は梅ちゃんが見えなくなるまで、去り行く彼女へ手を振り続けたのだった。
「はぁ。行っちゃった。いい顔だったなぁ梅ちゃん。・・・さてと!」
私は心地の良い別れの余韻を残しつつ、家の敷地内にある社で今後の事をじっくり考えることにした。
・・・したはずなのに、その三時間後に来た連絡によって、夜間のコンビニバイトで荷物に閉じ込められることになった。




