花火大会に恋人を誘うだけでも心臓がはち切れそうです。
短編なので気楽にお読みください。
好きって言いたい。
『好きって言われたい。』
綺麗だねって言いたい。
『可愛いねって言われたい。』
じゃあ君はどうして止まっているのか。
僕はそれを問いたい。
ねえ、そこの君。
蹲って、部屋の隅で座っている君。
怖がって、外を閉ざしきった君。
そんなことなんて叶わないと、できるわけなんてないと————思っている君。
それは本音ですか?
それが本性ですか?
それすらも本気ですか?
一度だけ、僕が機会をあげます。
——だから。
頑張ってみるのはダメですか?
なんて——僕が言える立場なんかじゃないんだけどね(笑)。
はぁ、僕の初恋なんて、初彼女なんてこんな感じだったよなぁ…………。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「……っはぁ、っはぁ、っはぁ」
揺れる長髪に、カタッカタッと鳴る下駄の音。額には汗が滲み、綺麗におめかしされた化粧が少しだけ落ちている。今にもはだけて落ちてしまいそうな振り袖が僕の視覚を捉えていた。
いや……嘘はやめよう。
捉えられたというより……虜にされていた。
「っご、ごめぇ……ん……、だい、じょうぶか、な? 待ったぁ……?」
息が切れて途切れ途切れになっている君の声。間に入り込む呼吸の音も、どこか色っぽくて僕の胸を騒めかせる。
「え、いやいやっ大丈夫! 全然大丈夫だよ!」
嘘だ。
正直言えば、今の色っぽい君のせいで僕はおかしくなっている。
聞こえてないかな―———なんて、ベタな台詞が飛び出してきそうなくらいにはバクバクと鳴っている。
もはや訊く必要性すら感じないほどに。
「ほ、ほんと!? よ、よかったぁ……私、ほんとに、悪いことしちゃったと、思ったよ……はぁ、はぁ」
「全然! 大丈夫だよ、気にしないで!」
「えへへ……ごめんね」
俯く君。
薄明るい街灯に照らされた漆黒色の髪がとても綺麗に見えた。
「大丈夫?」
僕が手を差し伸べて問うと、
「あ、うん……ありがとぉ……」
君は頬を赤くして、ニコッと笑みを見せた。
★★
隣を歩く君。
僕なんかが君の隣にいていいのか……なんて遠慮してしちゃうくらいには綺麗な姿だった。
おめかしもそうだけど、そんなことしなくてもいいくらいにすごく可愛いし、大和撫子が似合う。僕にはほんと勿体ない。
「どーしたの?」
「? あ、いや、だいじょうぶだよ!」
「む~~、ほんとぉ??」
口を結んで上目遣いをする君、振袖が垂れて下駄が地面をカタッと鳴らす。少しだけ大き目な胸に押されて帯がはだけそうになっている。正直、目のやり場がないや。
「ほんとだって、大丈夫だよ~~」
「なら、大丈夫だけど……あ!」
すると、君は声をあげた。
「ん?」
「あそこ! ほら、あっちだよ!」
「りんご、あめ?」
「うん! りんご飴だよ! 私、食べたい!」
「あ、あ~~そうだね……」
そうして僕は財布を開くと中には千円札が二枚。まあ、払えるは払えるけど……りんご飴5個しか買えない。ちょっと頬が引きつってしまう。
「あ~~ほら、まったそうやって~~!」
「え——でも」
「あのね、男の子が女の子の買うものをおごる必要なんてないんだよ? そんなの私嫌だし、私……そういうこと言う人嫌いだな~~」
「あ、えっと……ごめんっ」
「でも、すごーーく嬉しいよ?」
「……そ、そうかな」
「えへへ~~、なんかでも、そういう風に気遣ってくれるの私好きだなっ」
「ちょ、ちょっと照れるな……」
「お、ほんと? もっと照れろ~~‼‼」
「や、やめてよぉ……」
もしかして僕ってMなのかな。
なんか、いじられてるはずなのに嬉しい。
「あははっ‼‼ かわいい~~」
「かわ、いくはないよ……」
「そう? 私から見たら、めっちゃ可愛いよ?」
「だって体おっきいじゃん?」
どうでもいいかもしれないけど、僕の身長は175㎝だ。日本の平均身長よりは大きいから、どっちかというと可愛くは見えないはずだ。
「……分かってないねぇ~~君は」
「え、そうなの?」
「じゃあさ、クマさんってかわいいでしょ?」
「え、うん」
「そう言うことだよ!」
どういうことだ? ロジックが破綻してるよ、君は。
まあ、可愛いからいいけどさ。
「そ、そうだねーー」
「むぅ! 分かってないじゃん‼‼」
「あ、ほらほら! りんご飴並ぼうよ~~‼‼」
「話逸らした」
「よしっ、いくぞ~~‼‼」
そして僕は、ジト目を向ける君の手を引いてりんご飴の屋台へと向かう。
手と手を重ねて思ったけど、女の子の手って——ほんとに小さくて柔らかい。
右手から伝わる体温はどこか冷たくて、でも中身は凄く暖かくて……涙が出そうなほどに僕を包み込んでくれる気がした。
☆☆
どうしてだろうか。
目の前で爆ぜては消え、爆ぜては消えを繰り返している彩色の火花があるというのに僕はずっと隣を見ていた。
それは驚くほど綺麗で拭っても拭いきれないほどに儚く、夢の様で……走馬灯を見ているかの如く美しい。
でも、隣にいる少女は————ただの人間なのに、そのどれよりも劣っているはずなのに……僕の視線は一向に離れていかない。
いや、むしろだ。
むしろ、君に吸い寄せられていく。
河川敷の芝生から見ている彩色の火花の爆発音が一面に響き渡り、その色であたりを照らす。その日だけは街のみんながそれを見ることに目を奪われ、お祭り騒ぎになり、警察までもが出頭するような行事だというのに。
僕はそれでも、君を見ている。
「きれい……」
君は言った。
「……あぁ、綺麗だ」
僕も言った。
「すっごい、鮮やか」
続けて、君は感想を述べる。
「華やかでもあるかな」
加えて僕は付け足して。
「「なんかほんとに、死んでもいい」」
二人の言葉が重なった。
運命なんてわけでもない。君の事を言っていた僕に対して、君は花火の事を言っているはずだ。もしも運命ならば、僕と君ではなく。それは君と花火が付き合うことになる。
そんなこと、この僕が断じて許すまい。
まぁ、でも。
なんか面白い。
「それでさ……なんで、ずっとこっち見てるのさ?」
「え」
その瞬間、背筋が凍る《《思い》》だった。
「え、じゃなくて——こっち見てるでしょ、ずっと?」
「み、見てないよ~~」
「はは~~ん、私に……嘘を、ついちゃうんだ?」
「う、うう、嘘なんてついてないけどねっ——」
「もう、顔に書いてるよ? 私がしたって」
「え、まじでっ⁇」
「っぷ、ふふ…………」
「な、なんで笑ってるんだよ!」
「ごめんごめんっ……なんか面白くて」
「も、もう……」
笑う君も眩しいほどに、とてつもなく可愛かった。
————そんな風に、心の奥底に眠る冷静な僕は評価していた。まあ、評価なんてする必要なんてないくらいに君の魅力は溢れているけど、やっぱり言葉にするほうが誇れる(?)し。
ひゅ~~~~~~~、バァンンンン‼‼
二人の間を抜けていくように花火が打ちあがる。思いが一つになった演出ならより一層綺麗なんだけど、花火職人にそんなシチュエーションを慮る義務はない。
しかし、やはり僕の目を虜にするほど君は美しかった。
「ほら、見てるじゃん」
「っげ!」
「あははっ、ほんとに見てるんだね~~?」
ニヤニヤと笑みを浮かべる君。子供が遊ぶおもちゃを手にしたときのそれと似ている。
「ご、ごめん……」
「え? いやいや、全然嬉しいけど?」
「っ? そう、なの?」
「だってさ、好きな人に見つめられてるんだよ? 嫌なわけないじゃんっ、ていうかむしろさ? さいっこう、じゃない―———」
刹那、風が二人の間を切り裂いて、数秒間の静謐を作り出す。
まるで志向が止まったかの空間で、僕たち二人の思惑は錯綜していた。
「え?」
「あ」
なんか、気になるけれど。
正直、そんな軽い程度の話ではない。
もう、見なくても分かるけれど。
それは、それは、その言葉は——
——完璧なる——
「好き……?」
告白だったのだ。
☆☆
本当に言いたかった言葉だった。
本当に言われたかった言葉だった。
——じゃあここで、言わない道理があるだろうか、いやない。
僕はその言葉を言いたいんだ。別に、振られたって、嫌われたって構わない。もしも万に一つの確率だったとしても、いやもっと——億に一つの願いだったとしても、僕はあきらめたくはない。
私だって、このおめかしも着物だって……今日という、この日だけの、この日だけのために頑張ったんだ。絶対に、絶対に振り向かせてやりたいんだ。ブス? そうかもしれない、客観的にはそう言われるかもしれない。でもさ、それもでさ、恋はしたいんだ。だから私は彼を見たい。ただそれだけを願って、祈って、行動している。
「え?」
「……今、好きって言った?」
「い、い————っ……た///」
「そ、そそ……そうだ、よね…………」
え、なに? なんだ? なんなんだ? ヤバい、え、分からない、ん、え、ちょっと、うん? もう、やば―———どうしよ。
これは僕が言おうとしていた言葉だった。そんな言葉にはこれだけの重みがあったということを知った初めての瞬間だった。
だからか。
だから、みんなはあんなにも恐れて言えなくなるのか。その理由が今分かった。
「……」
いや、しかし。
何も言えない自分に腹が立った。
あまりの緊張と同様で心臓がバクバクいっているし、体が硬直しつつ震えて口が動かなかった。
「……っ…………」
そんな僕に対して君も身体が震えていた。僕もそうだけど、頬が赤くなって紅潮している。
「……そ、その」
だが、最初に口を開いたのは君だった。
「へ、へ……へ…………返事」
勇気を振り絞った言葉。震えてままならないはずなのに、君は言った。僕が聞いただけで固まってしまうような凄い言葉をしたはずなのに、どうしてだろう。
君はそれでも、言っていた。
真っ赤な顔をこちらに向けてそう言った。
「……え、えっと…………」
こぶしを握り締める。
しかし、口は定まらない。
でも、君のそんな姿を見た瞬間————僕は一言を発していた。
「……うんっ————あ、ありがと‼‼」
刹那。
火の玉が夜空へと打ちあがり、そして束の間————それは極彩色の綺麗な花びらに変わっていた。
なんで?
あれだけ粋がってたのに、君の方から言われるなんて―———僕もまだまだなんだな。
まあでも、いいか。付き合えたんだしいいよね?
「ねぇ、早くいこっ!」
「……うんっ」
人生、為せば成るとは言いたくはない。良いことも悪いことも、なによりも辛いことだってある。でもさ、諦めないでやっていたこと―———ん? 何?
お前、諦めるも何も「好き」って彼女に言われてるやんけ―———って?
っく……よくも変なところに気が付きやがって…………まぁ、当たり前か。クソッたれ、クソッたれ読者め、クソビッチめ。
おっと、ごめん……口が滑った。
まあさ、行き当たりばったりなんだよ、人生っていうのは。なんかわからないけど、受験に受かったり、失敗したり、なんかわからないけど告白したら付き合えちゃったり、それでもそんな子を好きになったり―———数えれば数えるほどそんなことは見つかる。
だから、もしも嫌なことがあったんならとりあえず頑張ってみろよ。それで無理ならその才能がないだけなんだ。きっと。
これは、僕にも向けた言葉だ。
こんなふうに……女の子に告らせちゃう僕なんて言う小心者に向けて、女の子を花火大会に誘うだけで心臓がはち切れそうな僕に向けて、こんな言葉を送りたい。
馬鹿みたいに、全力で。
ただ、それだけだと思ったんだ。