第24話 チェリーの一人負けだな
「……もう! 私も食べる!」
やけくそになったのか、アインは勢いよくソファから立ち上がるとテーブルまで大股で歩き出した。そして先程の茉理のように骨付き肉にかぶりつき始める。その姿はとても子爵令嬢とは思えなかった。
茉理自身もそうだったのを棚に置いて、そんな感想を浮かべる。
「実はアインさんって奴隷商人とグルなんじゃないかと思っていました。……その、あまりにも落ち着いていたので」
茉理の告白にアインは顔を綻ばせた。
「いや、それは中々の観察眼だよ。ある意味正しかったんだからね。……私もまだまだということだ」
彼女は咳払いするとマリアに向き直る。
「それにしても、まさか私より高値がつく女性がいるとは」
アインは邪魔が入ったことや見破られたことよりも、何気にそれが一番ショックだったように見えた。……少なくとも茉理の目には、だが。
――やっぱり自分の容姿に自信があったのかな?
全員の視線を受けてマリアが照れて俯く。そして今度は一郎に視線が集まった。競り落としたのは他ならない彼だからだ。まさか所有権を言い出さないだろうかと、ジークもどこか見定めるかのような視線で彼を見つめる。一方一郎はどどこ吹く風で料理を摘んでいた。
「それにしても、センセよくこんな短い期間で8億ベルもの大金を用意できたよね?」
茉理がそこに切り込むと、一郎は「……何を今更」と笑い出す。
「そんな金なんて持っている訳がないだろ?」
そのセリフに茉理以外の全員が絶句した。
彼女だけが「……やっぱり」と小さく洩らす。
「……だよねぇ? もしそんな金があったら、そもそも初対面のジークに宿代をせびったりなんかしないもんねぇ?」
茉理の茶化すような言葉に、当時のことを思い出したジークとマリアが噴き出した。
「お金持って無いのに参加したんだ、センセ。……もしかしてバカなの?」
「いや、買う気がないのにオークションに参加して値を吊り上げるのが面白いんだろうが!」
一郎は何一つ悪びれることなく堂々と胸を張る。ネットオークション落札額を吊り上げ、ニマニマと悦に浸るその姿。茉理はありありと脳裡に浮かべることが出来た。
――おい、何やってんだ?
怒られるぞ?
そんなコトしたのバレたら、めっちゃ怒られるぞ?
その後始末をするのはこの私なんだぞ?
「……どうすんのさ? マリアのこと競り落としちゃったじゃん?」
だが一郎はあっけらかんとしたものだ。
「そもそも今回は人身売買組織を摘発するのが目的なんだから、お金なんて初めからいらないだろ? だからもう、二人は引き分けってコトだ。……っていうか、単にチェリーの一人負けだな」
そのデリカシーの無い一言に茉理がキレた。
「そんな言い方って! 一応これでも私、史上最高値更新したんだからね! ……そりゃアインにあっさり抜かれちゃったケドさ。それだったら私のことだってきっちり競り落としてくれりゃ良かったじゃん!」
「ん? ……もしかして落として欲しかったのか?」
どこか面白がる響きの籠った一郎の言葉で、好奇の視線が茉理に集まった。彼女は耳まで真っ赤にしながら手を振ってアワアワする。
「……え? ……いや、別にセンセに落として欲しいとかそういう意味じゃなくて、……その、金額が不満なの! ホラ! 控室でマリアに『負けないから』って啖呵きっちゃったし、ね? ……そうだったよねマリア?」
「……そうでしたね」
マリアもクスクスと笑いだす。そうして控室に穏やかな空気が流れ始めた。
「――さて、それでは本題に入ろうか。オークションの出席者は我が国の貴族たちだ。そしてここはゴート国。……当然彼らはこちらで引き取らせてもらう。構わないよね?」
アインの真剣な目。
これだけは譲れないという強い意志を感じさせた。
「僕たちは大事な仲間さえ無事ならばそれでいいです。……と言いたいところですが、実はこれってギルドからの依頼なんですよね?」
ジークが申し訳なさそうに告げる。
「ギルドか、正直ギルドも敵に回したくないな。……やむを得ない。こちらとしても譲れるところは譲るろう。まずは詳しい内容を聞かせてもらえるかな?」
ジークはレイドから受けた依頼の内容を説明した。
アインは目を瞑りながら何度も頷く。
「……なるほどね」
アインは大皿に一切れだけ残った肉を指でつまみ上げ、それを口に放り込み、味わうように時間をかけて飲み込んだ。
「それならば、この別荘の持ち主である男をそちらに譲ろう。彼は間違いなくこの件に深くかかわっている人間だ。何せ場所を提供した張本人だからね。十分手柄首になりえるだろう?」
彼女はソースのついた指を色っぽく舐めて微笑む。
「我々荒鷲騎士団で署名入りの証明書を発行しよう。彼は間違いなくゴート貴族であり、この件に関わっていると。今回巻き込まれたレティシアとメイそして君たちの仲間でもあるマリアとエレナの証言があれば十分依頼達成と言えるのではないだろうか? ……もしそれでも納得しないようなら、『ゴート国のギルバート子爵に文句を言え』と伝えてくれ」
ジークは一郎の目を見て確認する。一郎が笑顔で頷くとそれならばと受け入れた。
「ありがとう。……それでも報酬が満額出るかどうかは別問題か。もし減らされたりしたら申し訳ないな……」
あっさり退いたこちらにアインは気を良くしたのか、彼女は笑顔で少考し、茉理たちに少し待つよう告げて部屋を後にした。そして数分後、彼女は後ろに例の親分を連れて再び姿を見せる。彼は大きめの布袋を抱えていた。
親分はソファに近寄り中身を座席にぶちまける。――大量の札束を。
アインと親分は見つめ合い頷いた。
「……さぁ、コレを持っていくといい。見た感じ5千万ベルはあるだろう」
「「イヤイヤイヤイヤ」」
茉理とジークが声を揃えて芸人みたいなリアクションで拒否する。日本円換算なら5億円ぐらい。
――チェリースペシャルだと、えっと何本だろ?
茉理が指を折りながら桁を数えていると、一郎が勝手に了承した。
「分かりました。ここは有難く頂いておくとしましょう。……その代わりと言っては何ですが、ここで貴女に逢ったことは一生涯口外にしないと約束致します」
一郎は物分かりのいい言葉を、思わせぶりな笑顔で告げる。それを受けてアインが晴れやかに笑った。
「いやはや、本当に話が早くて助かるな。……全く、貴方は一体何者なのだ?」
「しがない研究者ですよ」
一郎も笑うと親分が少し顔を顰め、初めて口を開いた。
「……なるほど、やっぱり君がそうなんだな? ……我が国としてもヴィオールだけは絶対に敵に回さないよう心掛けておこう」
そう呟き、親分は小さく溜め息を吐いた。
一郎は皮肉気に口元を歪めると、茉理たちに向き直る。
「ここだけの話なのだが、リーゼロッテ=ギルバート子爵令嬢はゴート国第一王子シャルル殿下の婚約者候補の一人でね。囮とはいえ、オークションで売り物になったという話が洩れるのは好ましくないんだよ。……他の令嬢陣営はこれ見よがしにキズモノ疑惑を連呼するだろうからね」
一郎の言葉にふふっと笑うアイン。
「あぁ、その通りだ。ただでさえ王子より年上というだけで結構な嫌味を言われているのに、キズモノ扱いは流石に勘弁だね。……今日捕縛した者たちにも当然箝口令を布くつもりだ。あくまで私は荒鷲騎士団の皆と同時に突入したのだ、と。もし余計なことを言えば、そのときは一族郎党根絶やしも覚悟しろと、ね」
まさかアインが将来の王妃候補だったとは。
「それでもさ、万が一この話が王子の耳に入っちゃったらどうするの? 婚約破棄になっちゃうとか?」
茉理の心配からの言葉に、アインは微笑みながら首を振る。
「ありがとう。でもその心配はいらない。王子は私のことを全面的に信頼してくれているからね?」
彼女はウインクするが、それとこれとは違うと茉理は思う。好きな女性だからこそ、そんな話をきいてしまうと。
「ね、私の王子サマ?」
茉理の心配をよそに、アインは隣に立っていた眼帯の親分の腕に抱きついた。そして今までの彼女と違う、甘えるような、とろけるような上目遣いで彼を見つめる。いきなりのことに親分がうろたえた。
「改めて紹介するわ! ……私のことが大好きで大好きで仕方ないシャルル王子殿下よ」
その衝撃発言に一郎を除く全員が絶句した。
親分は耳を真っ赤にして俯くと、小さく「……はじめまして」と呟いた。




