第23話 口元にソースがついているぞ?
オークションが開かれていた大広間では、いまだ出席貴族の捕縛などの後処理が行われていた。そんな中、茉理たちは強面ではあるが物腰の穏やかな騎士によって控室へと案内される。
控室といっても国内屈指の貴族たちの為の部屋であり、茉理たち『商品』に用意されていた部屋とはケタ違いの豪華さだった。立派な革張りのソファがあり、テーブルの上には美味しそうな料理が所狭しと並べられている。
「ねぇねぇ! 食べてもいいと思う!?」
料理を見つけるや、腹ペコだったことを思い出した茉理は、騎士に異様に高いテンションで問いかけた。彼は引き気味の笑顔で「……お好きなだけどうぞ」とだけ告げる。
茉理は待ってましたと言わんばかりにテーブルに張り付くと、用意されていた小皿に肉料理を全種類乗せ、それを片っ端から口に放り込んでいった。
「ん~! 美味しい!」
豪快に頬張り、どこぞの料理番組かのように叫ぶ茉理の横には一郎の姿も。
「ゴートは肉料理とキツめの酒が有名な国だな。貴族サマの為に用意されているものだったら、どれも一級品に違いない」
そう説明チックに呟くと、彼もいそいそと小皿に料理を盛り始めた。
「へぇ! 今度ちゃんとした形で遊びに来たいよね?」
そんな話をしながらも、彼らの手は止まらない。食べては盛り、頬張る。更に盛り、食べる。それをジークとマリアそして監視役の騎士が生暖かい目で見つめていた。
もちろん茉理たちは、別にお腹が空いたからこの部屋にやって来た訳ではなかった。
アインたっての願いだから仕方なく、だ。
『後でちゃんと説明するから、取り敢えず今は私の仕事をさせてくれないかな?』
彼女は心底困っているように見えた。
部外者である茉理でさえも申し訳ないなぁと思えるほどに。
……残念ながら、その一番の原因が彼女自身にあるということには全く気付いていない。
茉理はアインと立派な鎧をつけた騎士、彼らに捕縛される貴族たちを見比べ、客席の貴族たちをエサ呼ばわりしていたことを思い出した。
『わかった。……また後で、ね?』
茉理は大人の対応とばかりに笑顔で引き下がり、そのご褒美とばかりに美味しいご飯に巡り合えた、とこういう次第だった。
やっぱりジークとマリアもお腹が空いていたのだろう、二人もおずおずとテーブルに近付いてきた。そして四人で「アレが美味しい」だの「コレはちょっと味が濃過ぎ」だの言いながら腹を満たす。喉が詰まればキツめの酒で流し込む。酒の飲めないジークの為に、何故かジュースまで用意されていた。
「もう、ゴート国サイコー!」
イイ感じにアルコールが回ってきた茉理は気分もハイになる。
そこに響くノック。
「どうぞ~!」
当然茉理はいつものノリで迎え入れた。
その対応に怪訝な顔で入ってきたのはアイン。彼女は部屋内の光景に目を見開くと、入り口で沈黙のまま監視している騎士を見つめた。彼はその視線に耐え切れずそっと顔を背ける。それで全てを察したアインは額に手を当てて大きく溜め息をついた。
気を取り直した彼女は、今度は茉理を睨む。
……正確には彼女が両手に持っていた食べかけの骨付き肉を。
もう切り分けるのさえ面倒になってきて、そのまま手掴みでかぶりついていたのだ。
「…………あ。…………えっと、……その、ね?」
茉理もその冷めた視線でようやく気付くことが出来た。
――しまった!
これはどう考えても先程まで誘拐されていた人間の行動パターンではなかったか?
彼女は取り繕うようにそっと肉を皿に戻し、さりげなくソースでベトベトになっていた手をナプキンで拭いた。
「いや、違うの。ちょっとお腹空いたかなって思って。……いや、その、食べたいとかじゃなくて、その、ゴート料理ってどんなのかなぁって。……ホラ、私ってそういうのも研究対象にしているから!」
ヴィオールのお嬢様チェリー=フェスタとして、茉理は何とか挽回しようと言い訳めいたものを試みる。しかし――。
「口元にソースがついているぞ?」
「……っていうか、そこの騎士さんは最初からずっと見ていたよ?」
一郎とジークによる味方撃ちで敢え無く撃沈した。
「……一応カタがついたので約束通り報告を、と思ったのだが。……まぁ、食べながら聞いてくれても結構だよ」
アインは彼らのやり取りにクスクスと笑い出した。茉理は耳まで真っ赤にし、質問することでお茶を濁すことにする。
「ここってゴート国だったんですね」
「あぁ、そうだ。私たちの国だ。……恥ずかしい話だが」
アインは四人に丁寧に一礼し、まず本名を名乗った。
「改めて、私はリーゼロッテ=ギルバート。ギルバート家はゴートではまだまだ新興の貴族という立ち位置だな。将軍だった亡き祖父が帝国との戦争で名を挙げ、その功績でもって子爵位を頂いたのが貴族として始まりだ。ただ祖父も父も基本的に戦う事しか知らない荒くれ者でね、私自身も一応生まれたときから子爵令嬢だったハズだが、例によって一族の血が騒いで……と。まぁ、こんな感じだ」
そういって彼女は艶やかに微笑む。
アインは王家直属の治安部隊である荒鷲騎士団を率いており、今回は彼女が計画した捕り物なのだという。彼らから徴収した金を国庫に納入し、その代わりと言っては何だが、ある程度トカゲのしっぽ切りを許す。
そういう絵を描いていたのだという。
処罰しても国政に影響が少ない貴族だけ選んで、適当に牢にブチ込んで幕引きを図る、と。
晒し者になる彼らは不満だろうが、かと言って真相を話せばそれこそ一族郎党で闇に葬られかねない。きっと彼らは泣く泣くではあるが罪を被ってくれるだろうとのこと。出席していた大物貴族はアインに弱みを握られただけで済む。
「――そんな感じで算段していたんだけどね?」
アインはヨロヨロと歩を進め、革張りのソファに身を投げ出した。そして恨みがましい目で茉理を見上げる。
「……もうねぇ。……コレの仕込みに一年近く費やしたんだよ? ……最後に私が商品として屋敷入りしてようやく幕が開くという、ね」
親分は彼女の仲間だが、リアリティを出す為に子分は本物の奴隷商人を雇った。茉理と同じように誘拐されたレティシアとメイの姉妹も本物の被害者だという。
この屋敷にも時間をかけて多数潜入させることに成功した。浴室に控えていた女性兵士なども全員アインの部下だそうだ。
そこに思わぬ勢力が参加してきた。
もちろん茉理たちのことだ。
「完璧な準備をしていたのに、よりによってあのバカどもがヴィオール貴族なんて誘拐してくるから!」
一つ間違えれば国際問題になりかねない。絶対に失敗できないとメチャクチャ緊張したのだという。
「しかも一番美味しいところは飛び入りの冒険者が持っていくという、ね。……もう、こんなに思い通りにいかないのって初めてよ!」
アインは盛大に嘆き、苛立ち紛れに足をバタつかせた。大人だと思っていた彼女の子供っぽい姿に、茉理はほっこりしつつも同情する。彼女としてもまさか最後をケヴィンが持っていくとは想像していなかった。
――センセらしい捻くれ具合と言えばそうなんだけど。
それのあおりを食らったアインには、茉理としてもご愁傷様としか言いようがなかった。




