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第22話  もう! 今度は何なの!?


 ――こうも予定が狂うなんて!


 この場を制圧して『穏便に』そして『粛々(しゅくしゅく)と』処罰という名の()()を行うはずだった。

 

「――それがなぜ!?」


 アインは思わず声に出して叫ぶ。

 部外者が、それも他国の王族に近い身分の者たちが、かなり深いところで関わっていたというある意味最悪の展開。祖国の醜聞(しゅうぶん)を国外に漏らすことなく処理するのが彼女の目指すところだったはずなのに。

 彼女が指揮する荒鷲騎士団の電撃的な参戦に、客席の貴族たちは我先に部屋を飛び出すべく腰を浮かせた。だが、そんなコトは彼女の想定内。すでにこの屋敷は完全に包囲されている。

 信頼する騎士団の面々だけでなく実家所属の兵士たちまでも動員させ、突入部隊とは別に包囲人員として確保していたのだ。

 しかしながら、当の逃げ出そうとしている貴族たちが半透明の結界とやらにぶち当たって、その場を離れることさえままならない有様。

 入念な下準備など初めから必要なかったと言わんばかりの光景に、アインは苦悶の表情を浮かべる。 


「……こんな魔法は見たことが無い」


 おそらく誰かが研究の末に編み出した未知なる魔法だ。そしてその魔法を実行したのは、客席で悠々とこの状況を楽しんでいるあの性格の悪そうな男。

 アインは彼を睨みつけ、そして不意に全てが繋がるのを感じた。


 ――()()の末だと?


 彼女は慌てて、先程下りてきたステージを振り返る。

 そこにいたのは腕を組み、何が可笑(おか)しいのか含み笑いで無様な貴族たちを眺めているチェリー。

 眺めるというよりはその滑稽(こっけい)な姿を()でているという感じだろうか。

 彼女の目が嗜虐(しぎゃく)的に光っていた。

 チェリーは『競合相手』だったのだと、否応(いやおう)なく悟らされる。

 彼女たちもアイン同様、周到に準備してこのオークションに参加していたのだ。先に仲間であるマリアを潜入させ、そして客席にも仲間を忍ばせて。

 これが『ヴィオールの捕り物』なのか、正義感溢れる彼女が個人的に首を突っ込んだ案件かどうかまでは判別つかない。

 だがチェリーは意図して誘拐され、アインたちを利用したのは疑いようがなかった。


 ――さてどうする?

 いっそ彼らに任せて適当にオサラバしようか。


 アイン自身はともかく()が関わっていたことを、ヴィオールに知られたくなかった。だが、ここで名乗らねば『二人の人生設計』が根底から覆るのも事実。

 それは祖国の改革が十年以上遅れることと同義だった。

 そうなればいずれ強大な帝国に飲み込まれてしまう。

 アインは深呼吸し、腹を(くく)った。 

   



「――我が名はリーゼロッテ! ゴート国軍属エリック=ギルバート子爵が長子!」


 名乗るならば堂々と。雄々しく、高らかに。

 戦場で生き抜いてきた彼女の祖父と父から受け継いだ言葉だった。

 当然ながらアインは偽名である。

 彼女の名乗りに広間は静まり返った。

 もう後には退けないと彼女はやけくそ気味で艶やかに笑い、一番派手に暴れまわっていた剣士――ジークを睨む。


「そなたには悪いがコイツらは我々荒鷲騎士団の獲物(エサ)だ! ……さぁ貴様ら、喰らい尽くせ! ……ヨソ者に分け前をくれてやる必要などない!」


 アインは勇ましい鎧に身を包んだ部下たちへ、()()()()()()()命令を出す。

 彼らはオークション用の美しい衣装を纏いながらも、中身は相変わらずな敬愛する彼女に満面の笑みで「「おう!」」と叫び、抵抗する者たちを掃討し始めた。



 こうして乱戦が再開した。

 アインはマリアを守りながら二人を捕らえにくる男たちを拳で撃退する。背に守る彼女は魔法を使えるのか、ジークとアインに防護魔法をかけた。

 アインは驚きでマリアを見るが、彼女は伏し目がちに先程助けられた礼を告げる。

 彼女を助けにきた剣士ジークもマリアとアインを守るつもりなのか、先程のように派手に走り回ることなく迎撃に徹していた。

 そんな中、アインは不意に結界から逃げ出すことに成功した男を見つける。

 民から理不尽に吸い上げた富を湯水のように投入してアインを落札した男。


 ――フランクリン公爵。


 城内でも彼はアインのことを舐めるように凝視(ぎょうし)していた。

 その爬虫類のような粘っこい視線に何度も怖気(おぞ)が走って、彼を見つけると自分から姿を隠すこともあったほどだった。

 そんな彼が這う這うの体で乱戦の間をかいくぐって出口扉へと向かう。

 逃げても無駄なのだが、それでも彼をこの場から逃がすということ自体が腹立たしい。

 自分が追いかけるべきか、それとも部下に託そうか。アインが迷っているうちに公爵は年齢に似合わない機敏な動きで、あっという間に扉に手をかけてしまった。

 こちらに勝ち誇ったような顔をしながら勢いよく開こうとするが、逆に向こうから派手に開かれ顔面を強かに打ち、カエルのような無様な恰好で崩れ落ちる。

 驚いた顔のままドアノブを握り、足元に倒れている公爵を見つめているのは、奴隷商人の親分に(ふん)した()

 しばらく彼は怪訝(けげん)な顔をしていたが、無自覚なまま倒してしまった男の正体を知り破顔する。そしてどうだと言わんばかりにアインを見つめてにこやかに手を振った。


「……リズ!」


 ()は手にしていた鞘付きの剣を放物線を描くようにして彼女に向かって投げてくる。アインは笑顔でそれを受け取り、一気に引き抜いた。

 彼女愛用の剣だった。

 身分が分かるものは初めから持ってくるつもりはなかったが、()はこっそりと荷台に隠していたらしい。その気持ちが嬉しいと思うと同時にちょっと脇が甘いなぁとも思う。

 

 ――でもそこが好きなんだよなぁ。


 彼女はニヤニヤ顔を渋面(じゅうめん)で隠し、マリアの手を引いてステージに戻った。

 そしてチェリーとマリアの二人を守るように構える。


「君たちのことは私が責任をもって守るから安心してくれたまえ」


 チェリーのことは守らなくても()()が守るだろうが、一応この国の軍人としての最低限の礼儀というもの。アインとしてもフェスタ家と争うのはごめんだった。



 ()も自分の愛剣を用意していたのか、嬉々として参戦し始めた。ただアインとしては恰好が恰好なので賊扱いされないかが心配で仕方ない。荒鷲騎士団は当然()()だか知っているが、チェリーの連れである剣士はそうではない。

 

「チェリー、あの眼帯の男は――」


()()なんだよね?」


 アインが皆まで言わずとも、チェリーは了解とばかりに頷いて声を張り上げた。


「ジーク! その眼帯の男の人は味方だから攻撃しちゃダメだよ!」


 それに反応したジークは笑顔で片手を挙げ、()に合流する。

 ()もそのやり取りに安心したのか、嬉々としてジークに背中を預けて戦い始めた。

 急造コンビだが、(うらや)ましく思えるほど息の合った連携にアインは惚れ惚れする。


「きゃー! いいよ、二人ともカッコいいよ! 絵になるよ!」


 二人の戦いっぷりに感心するアインの横で、チェリーは黄色い声援で後押しするのに徹していた。 



 戦闘もあらかた終了したと思った頃、派手な音と共に扉が開かれた。いつの間にか姿を消していた主催者であり司会の道化を演じていた木っ端貴族が悲壮感を漂わせながら立っている。


「お前ら動くな! 客席の方々を全員を解放するんだ! さもないとこの女を殺すぞ!」


 金切り声で叫ぶ主催者の腕の中には震える人質女性がいた。彼は彼女の首元に短剣を突きつけて凄む。ただ女性以上に恐怖を感じているのは震える足元で明らかだった。震えのせいで手元まで狂っており、すでに彼女の柔肌からは血が一筋流れ、白いドレスの胸元を赤く染めている。

 

「エレナ!」


 そんな彼女を見て背中に守っていたマリアが叫んだ。剣士ジークも動揺を隠せない様子で客席を窺う。


 ――なるほど、あの女性も仲間だったのか。


 アインとしても人質を取られてしまっては容易に動くことは出来ない。騎士団の面々も上官であるアインの指示を待つしかなく、この状況に歯噛みしていた。


「おい貴様! その結界とやらを解け! 早くしろ!」


 主催者がどれだけ叫べども客席でいまだ余裕の笑みを浮かべてふんぞり返っている男――おそらくチェリーの上司――は何の反応を示さない。そんな彼に痺れを切らせたのか、主催者は脅しとばかりに人質の女性に短剣を更に深く突き刺そうとする。それを見た彼が叫んだ。


「――さぁケヴィン、出番だぞ! しっかり男を見せてやれ!」


 その言葉とともに扉が大きな音を立てて開く。

 全員がそちらに注視する中、剣を突き出した男が前傾姿勢のまま矢のように突っ込んできた。 


 ――もう! 今度は何なの!?


 次から次へと登場する想定外の人物たちと急展開に、アインは全てを投げ出したい気持ちに駆られる。

 そんなアインの気も知らず、怒りに顔を歪めて(まなじり)を吊り上げた剣士が、一直線に主催者に狙いを定めて剣を突き出した。

 主催者はエレナを盾にしようとするが、彼の方が剣士の方が速い。盾にしきれなかった太ももを一気に貫いた。

 大量の血を噴き出し、もんどりうつ主催者。

 彼の手が離れたスキに、剣士はエレナを奪い返し胸に(いだ)いた。


「無事でよかった、オレのエレナ!」


「……ケヴィンどうして!?」


 エレナは男の抱擁(ほうよう)を受けながら、涙を一筋流す。


「オレはおまえの王子サマだからな、どんな危機に陥ろうとも絶対に助け出してみせる。……何度もそう言っただろ?」


 ケヴィンと呼ばれた男は先程とは違う晴れやかな笑顔でエレナに顔を近付けた。足元で血をまき散らして悲痛な声で叫び続ける主催者など完全に無視し、二人は見つめ合あって熱い接吻を()わす。

 完全に自分たちのセカイに入っていた。



 こうして、アインが入念な準備を整えた渾身の捕り物は、最後の一番美味しいところを、会話したことはおろか会ったことすらないケヴィンとエレナとやらが持って行く形で終わりを告げた。 


「…………もう、お(ウチ)に帰りたい」


 彼女の小さすぎる嘆きが誰の耳にも届かなかったことだけが、せめてもの救いだった気がしないでもなかった。




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