第21話 ジーク! 後ろ後ろ!
武装した男――ジークムントの乱入に会場内が静まり返った。
注目を浴びた彼は会心の笑顔を見せ、ビシッとカッコよくステージのマリアを指差す。
「その女性は僕の大事な人なんだ! ……だから返してもらいに来たよ!」
その男前な一言にマリアが一筋の涙を零した。
――ちょっと、キュンキュンするじゃない!?
茉理は目の前の光景に胸が高鳴る。
飛び入り参加者の登場に会場中がどよめくのだが、誰かが連れ戻しに来るという状況自体はよくあることらしい。部屋の壁際に待機していた屈強な黒服たちが慣れた様子でジークを排除すべく携えていた武器を構えた。
戦闘に巻き込まれたくない客席の貴族たちも、「それではお先に失礼」とばかりに次々と席から腰を浮かせ始める。が、次の瞬間、客席全体が半透明のドーム状の何かに覆われた。床には薄っすらと魔方陣らしきモノが浮かんでいる。
貴族たちは何が起きたのか分からず周囲を見渡し、やがて足を組んだまま椅子に腰かけて口元を歪める男――当然のように一郎だが――片腕を天井に突き上げているのを発見する。ただ彼の真意が理解出来ず、オロオロと隣の者たちと顔を見合わせていた。
「たった今、客席に結界を張った。何人たりともこの結界を出入りすることまかりならず。客席の皆の無事はこの私が保証しよう。……だからお前たちはその賊を捕らえることに専念するがいい」
一郎の言葉は黒服たちに向けられていたが、客席の彼らが逃げ出せないよう閉じ込めておいたから安心して戦ってくれという、ジークに対する発破が実際のところ。作戦に必要な手順だったのだろう、彼も了解とばかりに頷いた。
そこからジーク無双が始まるはずなのだが、残念ながらそうはならなかった。彼は『出来るだけ人間は殺さない』という信念を持っているので、攻撃自体がやや抑え気味になる。持った剣はもっぱら攻撃を受ける方向での使用、たとえ攻撃するとしても刃を向けて振らず柄の部分をみぞおちに食らわすという実に地味なモノ。
一方黒服は完全にジークを殺しにかかっていた。
――やっぱ、人間相手のジークはどうも派手さに欠けるなぁ。
それでも彼は十分強いのだが、ストーリー展開的に溜めに溜めたようやくの見せ場の割に爽快感が圧倒的なまでに不足している。
茉理の考えていたことが一郎にも伝わったのか、彼が立ち上がり手元に向かって何やら呟くのが見えた。そして再び右手を天井に向けて突き上げる。
「お前たちこれで恐れなくていいぞ! 私の魔法でヤツの剣から殺傷能力を奪ってやった! さぁ、思いっきりやるがいい!」
例によって一郎は黒服たちに檄を飛ばす。
だが当然こちらも本当に聞かせたかったのはジーク。彼は自分の持っていた剣の刃を一撫でしてから驚きの表情を見せる。それは喜びから来るものであるが、ジーク取り囲む男たちにはそうは見えなかった。
「よし! いけ!」
黒服たちは恐るるに足らずと勢いを取り戻し、再びジークに襲い掛かる。それを迎え撃つジークは嬉々とした表情で剣を全力で振り抜いた。
その一撃でベコッという骨の折れる鈍くて痛そうな轟音が響きわたり全員が首を竦めた。数名が壁まで吹っ飛び、ついでに飾られてあった高そうな壺までが木っ端みじんになる。スキを見て背後からジークに襲い掛かる男に対しては振り向きざまのカウンターで、剣道でいうところの抜き胴を叩き込んだ。
ジークは縦横無尽に広間内を駆け回り、スピードを衝撃に転嫁した一撃をお見舞いしていく。そのたびに壁に掛けられた絵画やガラス工芸などがガシャンガシャンと派手な音を立てて破壊されていった。
――そうそう! コレコレ!
こういうのを待ってたの!
茉理はきっちりと反省を生かしている素直な一郎に、ステージ上からサムズアップしてみせた。
ただやっぱりジーク一人では限界があるようだった。
剣を使っているとはいえ、殺傷能力はゼロに等しい。黒服も骨折などのダメージで動きが鈍くなっていただろうが、死ぬことはない。普段から鍛えてある屈強な彼らは衝撃で倒れはするものの、痛みをこらえて立ち上がり再びジークに襲い掛かる。斬った相手が別方向から再び襲い掛かってくるという、時代劇の殺陣のような展開に彼は肩で息をし始めた。そんな注意力が散漫になりつうあるジークの背後から詰め寄る黒服が一人。
「ジーク! 後ろ後ろ!」
茉理がステージ上で叫ぶが、それにジークは気付けない。男は剣を水平に構え、ジークを背中から突き刺さんと駆け出した。
「ジーク!」
彼はようやく茉理の叫び声に反応し、背後から襲い掛かる男に気付いたが遅い。慌てて今まで鍔迫り合いしていた相手を蹴り飛ばし、そちらに備えようとするも疲れからか足がもつれて間に合わなかった。
茉理が息を飲む中、いつの間にかステージを降りていたマリアが両手を広げてジークの前に立ちふさがる。
「……!! マリア!?」
ジークは驚きながらも主人公補正の反射神経で彼女を抱きしめ、クルリと身体を入れ替えた。茉理はこの一拍後の光景を想像し思わず目を瞑る。
男の剣が二人一気に貫くかと思われた瞬間、キンという甲高い音がした。
茉理が恐る恐る目を開くと、そこにいたのは剣を構えて不敵に笑う女性。
「――アイン!」
彼女は剣を弾かれ、唖然とする黒服の顔面に渾身の拳を叩きこんだ。なすすべもなくふっとぶ男。
「あ……ありがとうございます」
ジークが丁寧に頭を下げる。
アインはジークの礼を笑顔で受け止めると、彼の胸に抱かれて顔を真っ赤にしているマリアの頭を撫で回した。そして自身の手元に視線を移し、これ見よがしに溜め息をつく。
「……しっかし、安物の剣はダメだな。この程度で刃こぼれするなんて」
彼女は舌打ちしつつ、剣を床に放り投げた。
ステージにいたときは持っていなかったから、駆け寄る際に落ちていたモノを拾ったのだろう。
アインとマリアという『商品の参戦』に驚いたのは黒服たちだけではなかった。
「その二人は絶対に傷つけるんじゃねぇ! ……ぼさっとするな! 早く取り押さえろ馬鹿!」
オークションの間、ずっと道化に徹していた司会者がドスの効いた声で黒服に命令する。黒服にしても彼の命令は絶対らしく、慌てて女性二人を取り押さえんと包囲網を狭めていった。だがその状況を待ち構えていたかのように、今度はアインが高らかに叫ぶ。
「――貴様ら! 待ちに待った出番だぞ!」
その声に応じるように四方の扉が一斉に開け放たれた。会場が騒然のする中、鎧をまとった立派な体格の騎士たちが雪崩れ込んでくる。いきなりの急展開に、ジークと黒服の立ち回りをちょっとした余興のように楽しんでいた貴族たちの顔色が変わった。
「……そ、その鎧は!?」
貴族の一人が叫ぶ。
「まさか! 荒鷲騎士団だと!? ……なぜこんなところに!」
連鎖的にほかの貴族も立ち上がり叫びだした。
「なんてことだ! ヤツらは王家直属組織だから逮捕特権を持っているんだぞ!?」
「このまま捕まってしまえば、裏取引すら出来ずに問答無用で牢屋に放り込まれてしまうではないか!」
――あの人たちはなぜ、こんな風に叫ぶの?
あの人たちはなぜ、説明してくれるの?
教えて、一郎センセ。……教えて一郎センセ?
教えて! ……文科省の偉い人。
茉理は半笑いを浮かべながら頭に浮かんだあの牧歌的なメロディに乗せて替え歌を作り、小説七不思議の一つでもある『連鎖的かつ説明チックに叫びだすモブ』と、彼らをここで用意してきたズルい一郎とを交互に見比べていた。




