第18話 ミスゴッドヘルでも決めちゃうの?
茉理たちを乗せた馬車はゴトゴトを丘の上まで緩やかな坂道を登っていった。
天気も良く見晴らしのいい場所なのでピクニックには最高のコンディションなのだが、閉じ込められたままの彼女たちに知る由もない。
やがて馬車はゆっくりと止まり、幌が乱暴に開けられ全開になった。
中にいる四人はその眩しさに目を細める。
そんな彼女たちを急かすように親分が手枷を填められた茉理たちを一人一人抱えて荷台から下ろしていった。
「ずいぶんと遅かったじゃねぇか。お前たちが最後だぞ!」
ぴしっとした黒い服を着た男が、女性四人を先導する親分の前に立ちふさがった。
偉そうなその物言いが、主催者側の人間であることをほのめかす。
所在無さげに茉理が周囲を見渡していると、馬車が他にもたくさん止まっていることに気付いた。
茉理たちが乗せられてきた粗末な荷馬車とは別の場所に、かなりの数の豪華な貴人用の馬車が綺麗に並べてある。
こちらはおそらく人攫いの言うところの『セリ』に参加する貴族たちのモノだろう。
「……お待たせしてすいやせんでした!」
親分がヘコヘコと揉み手で男に対して謝罪する。
だけど茉理はそこに強烈な違和感を抱く。
彼のその振舞いにどこか芝居めいたものを感じたのだ。
彼女自身そういうことを常に求められているから、そういうのに敏感になっているというのもある。
――この親分はセンセが用意した重要人物だ!
茉理はそう確信した。
商品の女性陣や親分たちは正規の入り口を使わせてもらえないらしく、裏口に誘導された。
控えの間などいくつか経てからようやく煌びやかな廊下に出る。
「おおっ、これはまた立派な……」
茉理は思わず息を呑む。
まさにファンタジー世界の『ザ・貴族屋敷』といった感じだろうか。
流石にリオンのルードル邸とまではいかないが、それでも十分立派だと思えた。
前を歩いていた姉妹も「ほぇ~」とマヌケな感嘆の声を上げ、視線をキョロキョロとせわしなく動かし始める。
一方後ろを歩くアインを窺うと、こちらは逆に表情を強張らせていた。
まるで借りてきた猫のようとでも表現すべきか。
あれだけ堂々としていた彼女でも緊張することがあるのかと茉理は少しばかり驚く。
屋敷に置かれている美術品に興味を示し、そろっと指で突き小さく笑い声をあげる姉妹の方がよっぽどリラックスしていた。
単純に怖さが吹っ切れてしまっただけかもしれないが。
「――さぁ、女はこっちだ」
黒服に誘導され、通されたのは大浴場。
「ちゃんと綺麗にしておけ。風呂から上がったらこちらで用意する服に着替えてもらうからな」
四人は命令されるまま脱衣室に入った。
中に武器を持った女性の監視が居たが、黒服まで一緒に入ってくる様子はなかった。
――そういうシステムなのか、それともセンセなりの配慮なのか。
どちらにしろ、茉理は久しぶりの風呂に心を躍らせる。
早速服を脱ぎ散らかし浴場に入るのだが、そこにも当然のように武器を持った女性が立っていた。
湿気ムンムンの場所で帯剣とか。
……絶対にサビる。
――実はアカスリだったりして?
茉理が傾奇者の逸話を思い出してニマニマしていると、後ろから来たアインが彼女に手を置き「本当に大したものだね」と溜め息交じりの声を上げた。
「いや、別に――」
茉理は振り返り言い訳しようと口を開いたが、続く言葉が出てこなかった。ただただアインの美しさに絶句する。
女でも思わず生唾を飲み込むようなプロポーションだった。
――コレは邪魔烏賊先生に頑張ってもらわないと!
……って、コレって、間違いなく例の『湯煙モザイク』とやらの仇討ちだよね!?
本当に転んでもタダで起きない一郎の逞しさに、呆れを通り越して感心してしまった。
姉妹もお風呂でリラックス出来たのか、きゃいきゃいと談笑を楽しんでいたが、あまりのはしゃぎっぷりに監視の女性が怒りだし、シュンとなっていた。
だけどこっそり顔を見合わせて舌を出すなど、全然反省していない二人に茉理も笑顔になる。
一方アインは彼女たちとは少し離れたところで黙々と髪と身体を洗っていた。
彼女を見つめる茉理につられるようにして、姉妹もアインをガン見する。
「……もう、恥ずかしいってば」
その視線に気付いたアインが照れたように顔を伏せた。
「そんなこと言われてもねぇ?」
「「……ねぇ?」
茉理と姉妹が口を尖らせるのを見てアインも仕方ないなと言わんばかりに苦笑する。
彼女の久しぶりの笑顔に、三人は顔を見合わせて一緒になって笑った。
風呂から上がった彼女たちに用意されていたのは高そうなドレスだった。
てっきり一郎のことだから、ここでダメ押しとばかりに水着を用意してくるかもと身構えていたが、それは自重したようで茉理もホッと胸を撫でおろす。
ただ汚れていた彼女の白衣は問答無用で破棄されたらしい。
一郎に出してもらえればいいのでそこまで気にすることもなかったが、気に入っていただけにちょっとばかりヘコむ。
脱衣室には武器を携帯した女性とは別にメイドが四人の為に一人ずつ付いており、早速茉理たちを座らせて化粧を始めた。
他人に化粧してもらうことなど滅多にない茉理は、神妙な顔で固まりながらもされるに任せる。
チラリと隣のアインの様子を見るのだが、こちらは正直美人すぎて直視出来ない程だった。
元々美人だとは知っていたが、薄暗い馬車と粗末な服と湯煙がそれらを大幅に陰らせていたらしい。
もはや溜め息すら出なかった。
「――マリア!」
化粧を終えた茉理が女性に連れられて別室に移動すると、念願の再会が待っていた。
修道服じゃないドレス姿のマリアが新鮮に映る。
そしてやっぱりキレイ。さすが『DDDD』のヒロインを張るだけはあると茉理は感心する。
「……え? ……チェリーちゃんなの? どうして? ……どういうこと? ……何があったの?」
驚きに目を見開いたマリアはそこまで口にして、ようやく事情を察したらしい。
顔面を蒼白にした。
「もしかしなくても私のせいなのね? ……私を探している間にってことよね? ……本当にごめんなさい!」
マリアは顔を覆って椅子から崩れ落ちた。
茉理はどうしたものかと思って、取り合えず彼女の肩を抱く。
「ねぇねぇマリア? ……そんなことよりさ、これって何の集まりなの? ミスゴッドヘルでも決めちゃうの?」
茉理の頓珍漢な言葉に顔を覆って涙を零していたマリアが一瞬で泣き止み、穴が開くほど彼女を見つめる。あんぐりと口を開けた顔にマリアのいつもと違った魅力を感じ茉理してやったりと内心でガッツポーズをする。
しばらく見守っていると、次に浮かんできたのは困惑というよりも茉理の正気を疑う怪訝な表情。
「…………もしかして、事情を理解出来てない、の?」
あまりにもマリアの反応が可愛く、茉理は堪え切れず大笑いし始めた。
その笑い声に周囲の視線が彼女たちに向いたが、茉理はそんなコト気にしない。
「もう! ……冗談に決まってるじゃない!」
「じゃあ、なんでそんなに笑っているのよ!」
マリアは持て余した感情をどうしていいのか分からなかったのだろう、取り合えず能天気に笑い続けている目の前の茉理に怒鳴りつける。
茉理は笑顔のまま、彼女の耳元に口を寄せた。
「大丈夫だって。……私は囮なの。冒険者ギルドはこの機会に人身売買組織の一網打尽を狙っているんだよ。ジークもセンセも合流するから安心して?」
それだけ告げてウインクする。
マリアは大きく息を呑みながら何度も頷いた。
「……でも、なんでギルドが私なんかのために?」
「マリア、そんな言い方しちゃダメ!」
「でも――」
「でもじゃない! ……ジークってば本気で心配してたんだからね? ギルドマスターのレイドさんだって『マリアは大事な家族だから頼む』って、こんな小娘の私に頭まで下げたんだよ?」
真剣な表情で叱咤する茉理をマリアは呆けた顔で見つめ、やがて静かな涙を零し始めた。
「大丈夫だよ、私もセンセもジークも万全の準備をしてきたんだから。……ここからは私たちに出来ることをすればいいの!」
「……出来ること?」
「そう、せいぜい頑張っていい値段で落札されましょ? ここは派手にいかないと! ……私、絶対にマリアに負けないんだから!」
茉理が腰に手を当てて精一杯胸を張って見せると、マリアは涙を拭きながら声を押し殺しクスクスと笑い出した。




