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第17話  そのあたりは流石ホンモノの令嬢って感じだ



 暗い山道は危険すぎるので、余程の急ぎでない限りは馬車を無理矢理走らせるようなマネはしない。

 馬車は広い場所に止められ、馬も身体を横にして身体を休めていた。

 月明りのある外と違って幌付きの荷台の中はものの見事に真っ暗闇。

 そんな中、アインは頃合いを見計らってパチリと目を開いた。

 周囲の様子を周到に窺い、ゆっくりと身体を起こす。

 彼女以外の三人は寝息を立てていた。

 それを気配で確認したアインは小さく笑みを浮かべると、物音どころか周りの空気すら動かさないような身のこなしでそっと御者台のウラに位置取った。

 白衣の娘に狼藉(ろうぜき)を働こうとしていた子分二人は、寝ずの番で近辺の警戒しているので馬車の近くにはいない。その間に親分が御者台で仮眠をとるのだ。

 そういう()()()になっていた。

 アインは幌のあらかじめ破られている部分から手を出し、御者台のイスを中指の腹で叩く。

 まったくの無音だったが、それでも彼には伝わる手筈(てはず)だった。

 やがて彼女の手が温かく包まれる。


「……リズ? ……何かあったのか?」


 そして周囲に気を遣うような硬く押し殺した声。

 今の合図が()()の『緊急事態』を示す符号だった。

 アインは相手の顔が見えないながらも、出来るだけ顔を寄せ小さい声で報告する。


「誰が聞いてるか分かんないんだから、その名前はダメだって言ってるのに、ったく」


 苦言を呈しながらも、その声はどこか(つや)っぽい。

 少なくとも同じように荷台に乗せられた三人の少女に向けられていたような声ではなかった。

 どこか甘えるような、信頼しきっているような。

 アインは小さく咳払いすると、報告を始める。


「……ちょっと厄介なコトになった。アイツらが最後の最後に連れてきた娘――例の白衣の娘がシャレにならない」


「……どういうことだ?」


「あの娘はヴィオールの国立研究所の研究員だ」


「ホントに?」


「…………しかも、よりによってフェスタ家の令嬢らしい」


 親分はそれで全てを察しらしい。


「……まさかと思うが、()()ってコトか!?」

 

「声が大きいって、バカ!」


 馬車内を素早く見渡すアイン。

 本当は彼女が出した声のほうが大きかったのだが、幸いにも誰かが起きた様子はなく、アインは胸を撫でおろす。


「……あ、ごめん」


 申し訳なさそうに謝る彼が可愛くて、アインは指を絡ませるように握り直した。

 


 フェスタ家で当主になる者は代々研究肌の人間が多く、学者として歴史的に名を残す者も多い。

 むしろ当主でありながら政権争いなどに一切興味を示さず、その能力を研究にしか使わないような人間を抱えているのがフェスタ家だと、そういう意味であの一族は有名なのだ。

 その話は遠く離れた国出身の彼らでも知っていることだった。

 ただ傍系がしっかりとしているので、いまだ五大家筆頭の座は揺るぎようがないという。


「――で、話を戻すよ?」


「……あぁ」


 親分は咳払いして再び『親分役』になりきる。

 その様子がありありと想像出来てアインは笑顔になった。


「彼女は現在助手をしているらしい。……助手をやっているということは、おそらく彼の指導役が一緒に行動していたはずなんだ」


 彼女が不用意に洩らした『センセ』という言葉。

 あの言葉に込められた()()()()が問題だった。


「……なるほど、ヴィオールが首を突っ込んでくる、と」


「あぁ、そういうことだね。……少なくともフェスタ家の令嬢を()()に出来る、本国でも一目置かれているような人間が、彼女の行方不明を知ってオロオロと手をこまねいているとは思えない。すでに動いているはず」


 ――あの信頼しきった声。

 

 アインは『女』としてその()()を知っていた。

 しばしの沈黙が流れる。

 やがて聞こえる彼の溜め息。


「……なるほど。大事(おおごと)になる前にきっちり『庭掃除』を完了させないと、な。……で、その娘さんは事情を話せば分かってくれそうか?」


 真っ暗な中でも夜目が効くアインが、ぐっすりと眠っているチェリーにチラリと視線をやる。

 その彼女は、よりによって自身の誘拐に使用された麻袋を畳んでそれを枕にし、気持ちよさそうに寝息を立てていた。

 震えながら身体を寄せている姉妹と違って、どこまで図太いのだと乾いた笑いさえ込み上げてくる。


「あぁ、たぶん大丈夫だと思う。家名を振りかざしたりしない気さくな娘だし、この状況でも平然としたモンさ。こりゃ相当修羅場を潜っているね。そのあたりは流石ホンモノの令嬢って感じだ。……ちゃんと筋さえ通せば、むしろ喜んで協力してくれるだろうね」


「まぁ、ヴィオールと戦争するっていう()()さえ回避出来るならば、あとは俺が権力でも何でも使って抑えて見せる」


 親分は安心したのか、声に明るさを取り戻した。


「……それはそれは、なんとも頼もしいコトで」


 アインはそんな彼を茶化すように笑った。




「……ねぇ、リズ?」


「ん? ……なに?」


 話が終わってもアインと親分は手を繋いだままだった。


「すごく星がきれいだ」


「……それってさ、真っ暗な幌の中にいるアタシに対する当てつけ?」


 アインは姿が見えないのを良いことに、笑いを堪えつつ殊更低い声で不機嫌さを演出してみる。


「違う! ……違うから!」


「……声!」


 彼女が小さく今度こそ本気で怒ると、彼が「……あ」と小さく叫んだ。


「ごめん。ホントごめん」


「……もう」


「そうじゃなくて、その、……何ていうか、……ここから本格的に『僕たち』の戦いが始まるんだよね?」


 完全にいつもの口調に戻った彼に、アインも少しだけ肩の力を抜く。


「そう……だな」


「頑張ろうね、リズ」


「……あぁ」


 アインは今後彼が背負うであろう『重いもの』を肩代わりすることは出来ないが、半分でも、それが無理ならせめてその半分でも背負って、寄り添いながら歩いて『生』きたいと考えていたし、その気持ちはちゃんと彼に伝えてあった。


「愛しているよ、僕の――」


 子供の頃から近くで聞いてきた彼の甘い声で囁かれる、彼女の本当の名前。

 アインは似合わない眼帯と野蛮な服装に身をつつみながらも顔を真っ赤にしているであろう彼を思い、うっとりとした笑みを浮かべる。


「ふふ、そうか。ありがとう。……アタ――……私も愛してるわ」


 そうして二人は名残惜しさを抱えながらも手を離した。





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