第16話 うん、たぶんそのフェスタで合っているわ
茉理たちを乗せた荷馬車が再び動き出した。
外こそ見えないが、絶え間ない横揺れとガタガタ道が曲がりくねった山道だろうことを無理矢理身体に理解させる。長い時間乗っているから国境を越えた可能性すらあった。
「……それにしても貴族サマ、……ねぇ?」
茉理は小さく笑みを浮かべながら独りごちる。
彼女はイマイチその存在意義を明確にすることが出来なかった。
ただ、あるからあると仕方ないから認めるだけ。
小説内でも映画内でも歴史の中でも、それが存在する以上否定はしない。
それなりに役割があるのも否定しない。
いわゆる『特権階級』というのは茉理の生きる現実世界でもあるといえばあった。
お金も権力も持ち併せたの家に生まれた、俗にいう人生イージーモードの人たちだ。
グローバルな視点で見れば、茉理も日本人として生を受けただけでイージーモードの住人と言えるかもしれないが。
貴族の誇りを胸に国に対して誠意を尽くしたギュンターのような存在もいれば、今回のような好き勝手するための権力程度にしか感じていないバカもいる。
茉理のその何気ない一言に、先程の気の強い女性が反応した。
「商業自治区には貴族サマなんていないからねぇ。……おそらくアタシたちはどこか違う国に運ばれているんだろうさ」
男を挑発したときと違ってどこか優し気な声だった。
どうやら茉理の呟きの意味を別の意味に受け取ったらしい。
改めて彼女を観察すれば栗色の髪をした美女だとわかる。
――こういうのを上玉って言うんだろうか。
解れてくたびれた服と、男に鷲掴みにされたせいでぐちゃぐちゃになってしまった髪型、口元が切れて血が滲んでいたり、そうした部分で幾分か差し引かれてはいるが、それでも目を引くような美しさは明らかだった。
どこか粗野で皮肉気な物言いと造形美から、誘拐された娼婦だろうと茉理は推測するが、さすがに初対面の相手に「妓楼にいた方ですか?」とは聞きにくい。
茉理は出来るだけ物音を立てないようにして彼女に身体を寄せ、まずは丁寧に頭を下げた。
「先程は助けて頂いてありがとうございました」
出来るだけ声をひそめて礼を告げる。
「いいってコトさ。……あぁいう手合いの相手は慣れているからね」
「……皆さんもやっぱり、アイツらに誘拐されちゃったんですか?」
茉理の言葉に少女たちが顔を上げ、おずおずと近付いてきた。
四人は顔を近付けて言葉を交わす。
「私は姉のレティシア、こちらは妹のメイです」
茉理の想像通り、彼女たちは二人とも自治区に店を出している商家のお嬢様姉妹で、学校の帰りに誘拐されたのだという。
姉はどこか気弱さを感じさせる顔立ちだが、妹の前だからだろう気丈に振舞っている。妹は甘えん坊といった感じだろうか。だけど彼女が見せる何気ない笑顔の明るさが姉を支えているのだと分かった。
「……アタシはアインだ。……仕事は、そのゴメン。……ちょっと言いたくない」
そういって顔を伏せる。
少女二人も茉理同様ある程度彼女の仕事に見当が付いていたのか、頷くことで必要以上に話すことは強要しなかった。
「あの、……それって白衣ですよね?」
姉のレティシアが空気を変えようと茉理に話しかけた。
茉理としてもこの話題転換は望むところで、積極的に身元を伝えることにする。
何かあったら味方になってもらわないといけないのだ。
信用してもらうに越したことは無い。
「うん。チェリーっていうの。ヴィオールの国立研究所で古代遺跡の勉強をしているわ」
「……国立!?」
アインが急に驚きの声を上げた。
今まで男に凄まれようが殴られようが全く冷静さを崩さなかった彼女が取り乱したことで、逆に残りの三人が困惑する。
妹のメイが思わぬ展開に目を輝かせて身を乗り出した。
「……どうしたの? ヴィオールって遠いところの国だよね? ……だけどさ、そんなに驚くことなの? ……お姉ちゃん、どういうこと?」
「いや、私も分かんない」
年少者二人はそんな感じだが、アインの表情は真剣そのものだった。
彼女は二人の少女にかみ砕いて説明する。
「……国立の研究所の人間ってのはね、ヴィオール国の財産として扱われているんだ。研究者一人一人が国によって厳重に管理されている。……もしチェリーちゃんを誘拐されたことが表沙汰になってしまったなら――」
「「「……なら?」」」
姉妹と茉理の言葉が重なる。
「……戦争にまで発展する可能性がある」
「「「えぇっ!!?」」」
再び三人の声がピッタリ揃った。
――おいおい! センセ何やってんの?
大事になりそうな気配に茉理は身震いした。
「……チェリーちゃん? ……その、フルネームを聞いてもいいかな?」
アインが声を潜めて恐る恐る尋ねてくる。
レティシアとメイまで真剣な顔を寄せてきた。
先程の悲壮感はどこへやら、二人の目が好奇心で輝いている。
「チェリー=フェスタ……です……けれど?」
「『フェスタ』!?」
アインが驚きのあまり、ひっくり返るようにして倒れた。後頭部を床にゴンとぶつけ派手な音をたてる。そして微動だにしなくなった。
立派な体格の男に殴られてもびくともしなかった彼女がの完全ノックアウト状態。
そんな彼女の姿を視界に納めながら三人で顔を見合わせること数秒、ようやくアインは腹筋の要領で身体を起こす。
「……ちょっとだけ確認させてもらうけれどさ。…………『フェスタ』ってあの『フェスタ家』の『フェスタ』ってことでいいんだよね?」
その言葉に茉理が慌てた。
――ちょっと何?
フェスタ家ってホントにあるの?
センセが桜祭りから取って適当に付けた名前だよね?
そこまで考えてから、ようやくこれら一連の会話自体が一郎の仕込みなのだと気付く。
「……うん、たぶんそのフェスタで合っているわ」
茉理は覚悟を決めて、分からないなりに芝居を開始した。
バレたかといわんばかりの渋面を作っておく。
それを見てアインが「やっぱり、そっか……」と馬車の天井を仰いだ。
「ねぇねぇ、もしかしてチェリーちゃんってお嬢様なの?」
メイの言葉に茉理は「そうでもないよ?」と一応の否定をしておく。
だけどアインが呆れ顔でそれを再否定するのだ。
「――そもそもヴィオール国に王家はない。評議委員に指名された有力者たちの合議制で国家運営されている。その中でフェスタ家は議会を主導する『ヴィオール五大家』と呼ばれるメンバーの筆頭なんだ。その家の娘ならたとえ傍系でも立派なお嬢様だ。他国なら王女クラスだと言えるだろうね」
「うっそ!? チェリーちゃんって、全然そんな感じには見えないのに!!!」
「……うん、信じられないわ!」
何気に失礼な姉妹だが、茉理は気にしていないとばかりに微笑んでおく。
アインもフェスタ家の娘が怒らないなら別にいいかと、息を吐き切ってから相好を崩した。
「……まぁ、確かにお嬢様といってもイロイロだからね。……ゴート国の子爵令嬢にも相当なお転婆がいて、いつも剣ばかり振り回しているから嫁に行き遅れてしまったと、父親を嘆かせているらしいよ」
アインは遠い目をしながら苦笑した。
「それにしても、カナンって治安のいい場所だってセンセから聞いていたんだけどな……」
茉理の何気ない呟きに反応したのはまたもアインだった。
アインが過敏に反応したのは茉理の口から出た『センセ』の部分だったのだが、それはおくびに出さず取り繕う様に治安の部分で説明をする。
「商業自治区は確かに治安はいいところだと思う。各国が協力しているからね。だけど綻びはある。担当場所が各国に割り当てられているんだけど、そのうちのどこかが不用意に警戒を緩めてしまうと賊なんて簡単に悪事を働くことが出来る」
――つまり緩めて賊を招き入れたのがゴート国ってコトね?
茉理の表情から彼女が答えにたどり着いたのを察したのだろう、アインは感嘆の声を上げた。
「…………さすがは研究者だね?」
「へへ、褒めても研究内容は絶対に洩らさないよ?」
茉理は空気を和まそうとおどけるのだが、アインはそんな気持ちを知ってか知らずか僅かに顔を引き攣らせた。




