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第15話  それじゃ、気を取り直して……『くっ……殺せ!』



 激しい横揺れに頭を固い何かにぶつけ、茉理は強制的に目覚めさせられた。

 もう誘拐完了しているらしく、薄暗い中でも小刻みな振動がここは馬車内だと主張している。

 茉理は麻袋から顔をひょっこり出しながら、素早く周りを窺い状況確認を始めた。

 中にいたのは彼女の他に女性ばかりが三人。茉理のように何か被せられたり拘束されたりすることなく、木製の粗雑な手かせで縛られているだけだった。彼女たちの視線が一斉に茉理に向く。

 

「……あ、こんにちは。……ん? 昼? 夜? どっちだろ?」


 茉理は照れ笑いしながら、麻袋から這い出す。

 それをこのセカイの茉理よりも更に幼く感じられる風貌二人の少女が手伝った。

 彼女たちは泣き腫らしたのだろう目が真っ赤になっている。それでも健気に茉理のぐちゃぐちゃになった髪まで整える気働きがあった。

 二人はどことなく身なりが良く、育ちのいいお嬢さんを連想させる。

 一方少し離れたところで裾がはだけているのにも全く頓着せず、片膝を立てて牢名主のように幌の側面に寄り掛かって瞑目する女性がいた。

 その鋭い目つきと佇まいが、どことなく武人を思わせる。

 粗末な服装のせいでやや憐憫感(れんびんかん)が漂うものの、堂々たるその姿に茉理は何かあったときに守るべき人間が一人減ったような気がして、こっそり胸を撫でおろした。



 茉理がきょろきょろと一郎の執筆の役に立ちそうな情報を集めていると、不意に馬車が止まった。


「……ん? お馬さんの休憩かな?」


 茉理が外を覗いてもいいものか迷ってソワソワする中、後方の幌が小さく開かれた。

 ガラの悪い男二人が荷台を覗き込んでくる。

 カナンの裏路地で彼女を攫った男たちだった。

 彼らはいつのまにか袋から這い出ており、眩しそうな顔をしている茉理を見つけて破顔する。


「……おい。やっぱり、コイツって相当な上玉だよな?」


「あぁ、相手は金持ちの貴族サマだ。間違いなく高値を付けてくれるだろうよ」


「……貴族?」


 茉理の反応に男二人は「おっと余計なことを言っちまった」と苦笑いする。


「話はそれぐらいにして……」


「おうよ。……それより、『味見』してぇよな?」


 そんな会話をしながら、二人は荷台に乗り込んでくる。


生娘(きむすめ)じゃなくなれば半値になっちまうとか、そういった話はねぇよな?」


「さぁ、知らねぇ。 だとしてもそんなことオレたちの知ったこっちゃねぇよ。そんなモン()()()()だろ? この娘さんが『私は生娘です』と言えばそれで済む話だ。……まさか()()にかけられる前に確かめたりはしないだろうよ」


「……だよな? ……へへへ、それじゃさっそく白い服の嬢ちゃんよぉ、俺たちの相手をしてくんねぇか?」


 男たちは二人で茉理を押し倒し、転がる彼女の頭からつま先までしっかり舐めるように、ねっとりとした視線で品定めする。


 ――まさか、こんなところでお色気シーンを放り込んでくるとか!?


 転んでもただでは起きない一郎の(たく)しさに茉理は声を上げて笑ってしまう。

 もちろん、絶対に一郎は守ってくれると信じているからこその余裕だ。


「あッ!? 何がおかしいんだよ!」


 しかし男たちはそれが気に(さわ)ったらしく、怒りを(あら)わにする。


「ゴメンゴメン貴方たちのことを笑ったんじゃない、気にしないで。……えっと、それじゃ、気を取り直して……『くっ……殺せ!』」


「……だから殺す訳ねぇだろ? これから貴族に売るんだから。常識で考えろバカ」


 またしても『くっころ』が不発し茉理は肩を落とす。

 しかもよりによって人攫いから常識を教わるという屈辱(おまけ)付きだ。

 茉理がこっそり落ち込んでいる間にも、男たちは用意していた手かせを手際よく彼女に()める。

 おそらくそれが荷台に上がってきた本来の目的だったのだろう。

 拘束され、ここからどうしたものかと思案している茉理の横から、鋭い声が飛んできた。


「――アンタたちってさぁ、絶対にモテないでしょ? ……で、結局どの女にも相手にしてもらえないからお金握りしめて妓楼に直行。()()()()()になけなしの全財産払って、お腰に付いた可愛らしいアレを数回シャンシャンと振っちゃって『お早いお帰り』って感じ? ……ホント最高のお客さんよね、そういう男って。何たって相手するこっちとしては短い時間で済むんだから」


 年長の女性――それでもおそらく現実世界の茉理より若い――が、男たちにあからさまな挑発をして艶やかに笑い出した。ガラの悪い二人の注意がそちらに注意が向く。カナンの路地裏でのときもそうだったが、彼らはすぐに新しい方へ新しい方へと視線が移る傾向にあるらしい。


「あん? ……テメェ、俺たちを舐めてンのか? 心配しなくてもコイツの次にちゃんと相手してやるからよ。……今のうちに自分で()()しておけ! 俺のテクでヒイヒイ言わせてやるからな!」

 

 下卑(げび)た表情を張り付かせた男が女性の胸倉を掴んだ。

 だが綺麗な女性は全く動じることなく、笑顔のまま彼の顔に唾を吐き捨てる。

 

「――こんの、クソアマが! こっちが優しくしてりゃ付け上がりやがって!」


 その怒声とともに女性が派手に殴られ、馬車内に物凄い音がした。

 だけど女性は倒れるどころか、その体勢のままびくともしない。

 顔が少し傾いた程度だった。

 逆に殴った男が拳を握りしめ痛みに耐えているという有様。

 彼女は男前な仕草で男の顔に血の混じった唾をペッと吐き、勝ち誇った笑みを浮かべる。


「…………もしかしてその程度?」


「……キサマ!」

 

 もう一人の男が懐から刃物を取り出した瞬間、幌が大きく開け放たれ光が差し込んできた。

 そちらに視線をやると別の男が立っていて、中を覗き込んでいる。


「……何かあったのか?」


 右目に眼帯という、いかにもな悪党ルックな男だった。

 まさかの敵援軍登場に茉理の背筋に一筋汗が落ちる。

 その彼は口元に血を滲ませる女性を見て、眉間に皺を寄せた。


「……おいテメェら、()()に手ぇ出すなって言っただろう?」


 男は起伏の無い声でそう言い放つと、荷台に乗り込み二人の襟首を掴んで馬車から突き落とした。 

 彼は殴られた女性を振り向くと、口元に付いた血を指でそっと拭う。

 彼は小さく溜め息を吐くと、荷台から飛び降り転がったままの男たちを踏みつけた。

 そしてバランスを取りながら男たちの上で軽やかに、何度も何度もその場で激しく踏みつける。茉理はチラリと夫の身体を踏みつけながら踊り狂うカーリーを思い浮かべた。


 ――これはオトコONオトコだけど、これはこれでカッコイイ! 

 

 ちなみに踏まれた夫シヴァ神は何か悪いことをした訳ではなく、ほろ酔いハイテンションで激しく踊る妻がその衝撃で大地を壊すのを止める為、身を(てい)してクッションになっただけである。



 やがて幌は閉じられ再び真っ暗になったが、外からは激しいそれでいて一方的な暴力音が聞こえてくる。

 

 ――見えないだけにコワイって!


 年若い二人の少女などは先程以上に身を寄せて震えていた。


「二度とこんな真似はするんじゃねぇ。次はない、分かったな?」


 ドスの効いた静かな声が幌越しに聞こえてくる。


「「すいやせん!」」


 泣き声で謝る声が重なる。

 おそらくこれで貞操(ていそう)の危機は去った……と思う。

 茉理は殴られた女性を横目で窺うと、危機を脱出した安心感からだろうか、楽しそうに微笑んでいた。




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