第14話 彼女の笑顔を守る為なら何でもする!
不用意に裏路地に入るフリをするチェリーを、ジークとヨハンはじっと見守っていた。
あまり近付き過ぎると誘拐犯が警戒するので、距離を取りながらの尾行だ。
二人で呼吸を合わせ同じように薄暗い路地に入ろうとしたところ、いきなり後ろから現れた男性が彼らを追い抜いていく。
それを呆気にとられながら二人で顔を見合わせた。
「……もしかして、今のってケヴィンさんかな?」
「知り合いなのか?」
「うん。何度か一緒に仕事をしたことがあるんだ。……相当腕の立つ剣士だよ」
「……困ったな。……誘拐される前に助けられたりしたら計画が水の泡になる」
計画段階で想定もしていなかった展開に、ヨハンは右手で何度も顎をさすって思案する。
「仕方ない、彼の動きを止める。チェリーならばいきなりの事態にも上手く対応してくれるはずだ」
「彼を傷つけたりはしないで欲しいんだけど――」
「その辺りは心配無用。……とにかく私たちも彼を追いかけよう」
こうして二人は裏路地へと入っていった。
その後ジークの目の前で繰り広げられた光景は、見るに堪えないものだった。
警戒するチェリーと、満を持して参戦する人攫い。
純粋な善意から彼女を助けたいと身体を張るケヴィン。
戦闘が始まると思った矢先――。
「……『ハートペイン!』」
ヨハンが謎の魔法を発動させ、それに呼応するようにケヴィンが胸を掻きむしりながら蹲った。傷つけたりしないという言葉を信じるジークは、彼らを見守ることしか出来ない。
やがて囮役のチェリーが自ら誘拐しろと切り出すという訳の分からない展開になり、何とか計画が前に進んだ。
「――クソ! 少女一人救うことも出来ずに何が冒険者だよ! オレは最低だ!」
ケヴィンは何度も自分の不甲斐ない心臓を拳で殴りつける。
それはヨハンが魔法でしたことだと知っているだけに、むしろジークの胸の方が痛んだ。
彼はケヴィンに近付き、自分の無力さに打ちひしがれる彼の腕を掴んで止めさせる。
ケヴィンが顔を跳ね上げた。
「……誰だ!?」
「ジークムントです」
「…………あぁ、ジークか。久し振りだな」
しかし旧交を温めるという雰囲気はなく、再びケヴィンは項垂れる。
「悪かったね。キミの見せ場を奪うようなマネをして……」
そんな二人の間に悠然と割って入ったのはヨハンだった。
「……どういうことだ?」
ケヴィンは怪訝な顔で闖入者を睨みつける。
「君を襲った胸の痛みは私の魔法で人為的に作られたものだ――ということさ」
ケヴィンが今の言葉を理解するのに数秒。
彼は鬼の形相でり立ち上がった。
「キサマ!」
ケヴィンは剣を構えてヨハンに詰め寄ろうとするが、再び胸を押さえて膝を付く。
「少し落ち着いてくれると嬉しいんだがな。……先程君が助けようとしてくれた白衣の少女――チェリーは私の部下だ」
そのときようやくケヴィンはヨハンの上から下までじっくりと見つめる。彼女と揃いの白衣姿で理解したらしい。
握りしめていた剣が乾いた土の路地に転がった。
「……だったら、なぜ!」
彼のその怒りの籠った問いに答えたのはジークだ。
「彼女が囮役だからです。……この任務の依頼者はギルドマスターのレイドさん。裏にある犯罪組織を潰して誘拐された女性たちを救い出す。それが今回の仕事です」
「……まさか、エレナもそうだっていうのか!?」
「さて、……そのエレナという人がどうかまでは分からない。……落ち着いた場所で詳しい話を聞かせてもらえるか?」
ヨハンの言葉にケヴィンは力無く頷いた。
三人は小鹿亭一階の食堂に場所を移すことにした。
食事をするには中途半端な時間なので周りの席に人はいない。
おかげで話を聞かれる心配も無かった。
彼らは奥まったテーブル席でこれまでの経緯を伝え合う。
それを終えてヨハンが大きく溜め息を吐いた。
「――なるほどな。……同じ組織に誘拐された可能性は極めて高いだろうな」
ジークも同感だった。
「なぁ、頼む。オレもこの任務に参加させてくれないか!? 別に報酬を分けろなんて言わない。オレの手でエレナを助けることさえ出来ればそれで十分なんだ。アイツを救うのはオレじゃないとダメなんだ」
必死に訴えるケヴィンを一瞥して、ヨハンが鼻で嗤う。
「……その理屈が分からない。別に私とジークが助けても結果は一緒だろ?」
「いや、全然違う。オレが助けないと意味がないんだ」
「それは彼女にいい恰好を見せたいという意味か?」
ヨハンの身も蓋もない言い方にジークは困惑する。だけど二人に間に入っていけそうな雰囲気ではない。
――ケヴィンを怒らせたいのだろうか?
ジークは首を捻る。
ケヴィンもその無神経過ぎる発言に、思わず中腰になる。
「全然違う。エレナはこのオレを待っているんだ。他ならぬオレが助けに来るのを待っているんだ。オレがアイツの王子様だから! オレが助けることで初めてアイツは救われるんだ! 事情はオレたち二人だけが分かっていればいいことだから、アンタらには話せない。でもそういうモノだ」
「……そういうモノ?」
「あぁ、マリアちゃんもきっと他ならぬオマエが救いに来るのを待っているはずだ! オマエがあの子を救わないと意味がない」
――『たとえ無事マリアを助けたとしても、彼女の心までも助けられるかどうかはジークの頑張り次第なんだと思う』
不意に昨晩のチェリーの言葉がジークの脳裏を過った。
おそらくジークとケヴィンは同じ課題を抱えている。
「そういう小難しいお話は、私の頭では理解不能だな」
だけどそういった機微を理解しようともしないヨハンは、退屈だと言わんばかりにあくびをする。
ケヴィンは表情で全面的な不機嫌さを露わにした。
おそらくヨハンは『人でなし』として分類されたのだろう。
今のヨハンの態度は決定的だったように思う。
「とにかく、チェリーには探知魔法をかけてあるから、絶対に見失うことはない。まずは賊のヤツらにオークション会場へと案内して頂かないと話にならんから、時間を置いて明日の朝にでも出発するぞ? 今日のうちに準備を済ませておくといい。……ケヴィンも付いてくると言うなら好きにすればいい。こちらとしても人手があるに越したことはないからな」
まだ突っかかりそうなケヴィンを無視して、ヨハンは二階への階段を軽やかに上っていった。
「――おい、ジーク。アイツは本当に信用出来るヤツなのか?」
ヨハンの姿が見えなくなってからケヴィンは押し殺した声でジークに問う。
「うん。それは大丈夫! 言動はあんなのだけど、責任感はあるし付き合ってみれば優しい人だよ?」
「そうなのか? それだったら別にいいんだがな。……でもあんな幼気な少女を囮に仕立てる神経は理解出来ねぇな」
「まぁ、そこは、ね? ……言いにくいけれど、チェリーってその気になればこのカナンぐらい簡単に滅ぼせるぐらいの力を持ってるし……」
「はぁ!? ……なんだそりゃ?」
そこからジークは改めて白衣の二人組と一緒に過ごした日々の話をした。
「――ねぇ、僕からも聞いていいかな?」
「おう、何でも聞いてくれ! エレナとの馴れ初めか?」
そういってケヴィンは大笑いする。
「……まぁ、当たらずとも遠からずかな?」
「……マジ?」
「うんマジ。……えっと……エレナさんって人は、……その、娼婦なんだよね? ……何ていうか……その」
口篭るジークにケヴィンは笑顔で何度も頷く。
「あぁ、分かった。なるほど、そういうことだな。……つまり『他の男と寝るのが仕事の女性のことをここまで一途に思い続けることが出来るってのは一体どういう訳だ』って話だろ?」
「まぁ、平たく言えばそういうことです。……別にエレナさんを否定するとか――」
「分かってるって」
ケヴィンは先程の険しさなど無かったかのような優しい笑顔を見せる。
「まぁ娼婦を愛した男なら誰しもが感じる葛藤だろうな。……これはオレの個人的な話だから参考にならんかも知れんがそれでもいいか?」
ジークは無言で頷くことで先を促す。
ケヴィンは腕を組むと椅子の背もたれにどっかりの凭れ掛かり天井を見上げた。
「オレはな、エレナの全てが欲しいんだ。欲張りだろ? ……アイツは他人に言えない傷をたくさん負っている。オレはそんな傷付いた彼女を丸ごと包んで愛してやりたいって思ったんだ。理屈じゃない。博愛精神でもない。こんなのただの衝動だ。オレはアイツの全てが欲しくて欲しくて仕方ない。アイツを身請けして側においてオレが幸せになりたい。アイツと将来生まれてくるオレたちの子供を全力で愛して幸せになりたい」
結局はオレのエゴだよ、とケヴィンはカカっと笑う。
「金を受け取って他の男と寝る女なんて不潔な売女だと考えるヤツの気持ちもよく分かる。そんな女を選ぶなんてトチ狂ってやがると言ってくるヤツもいる。だがそんな言葉じゃオレにかすり傷一つ付けられねぇよ。……エレナが笑顔でオレの横にいてさえくれれば、それ以外はどうでもいいさ。エレナがオレだけを愛してくれるならば、他のことは全部些末なことなんだよ。……オレは彼女の笑顔を守る為なら何でもする!」
そんな風に堂々と愛を語るケヴィンがジークの目に眩しく映った。
彼のような男になりたいと、心からそう思った。




