第10話 もしかして怖くて手を出せないの?
街で聞き込みを終えたジークは、その成果を宿にいるはずの二人に報告すべく小鹿亭の扉を開く。――つもりだったが、不意に噴水広場が気になって木の扉に手を掛けたまま、ちらりとそちらに目を向けた。
m目を凝らしたその先に居たのは憩いの場ではしゃぐ子供たちの中、一人どんよりとした空気を纏ってベンチに座り、誰も近付けさせないオーラを発する白衣の少女。
いつも過剰に元気な彼女が真っ青な顔で項垂れていた。
ジークは何かとんでもないことが起きたのかと考え、慌てて彼女に走り寄る。
「何かあった? ……それとも気分が悪い? お医者さんに行く?」
「……大丈夫、……平気」
低く沈んだ声が全然大丈夫そうに見えなかった。
「ヨハンは?」
「……小鹿亭で待機してる。……何か気になることがあるみたいなこと言ってた。センセのことだから別の方向からこの件にアプローチしているんだと思う」
チェリーは温度と湿度の無い声で素っ気ない返事をするだけ。
ジークとしてもヨハンたち研究者の考えていることはよく分からないが、取り合えず「そうか」とだけ答えておく。
「……そっちは何か収穫あった?」
チェリーが濡れている地面を見つめながら呟くように尋ねてきたので、ジークは『通行人にぶつかりながら大きな麻袋を抱えて走るガラの悪い男』の目撃情報を伝えた。
「――どうやらここ最近で行方不明になっているのはマリアだけじゃないみたいだね」
ここ数日で誘拐事件が連続してしてあったらしい。
カナンだけで数人の少女が行方不明になっていた。
他の街でもチラホラそういうのを聞くのだという。
「僕以外にも行方不明者の家族がいろんな場所で聞き込みしているんだって。だから僕がそうやって聞き込みしたときも『またか』って思ったそうだよ」
ジークの手に入れた情報にチェリーは頷いた。
「……私もセンセから『妓楼を調べてくれ』って言われてさ。話を聞きに行ったら美女ばかり数人が無断欠勤していたり失踪していたりするんだって……」
最初は夜逃げだと思われていたが、大事なものを置いたままというのはおかしい。
今あの界隈ではその話で持ち切りなのだという。
ジークとしては彼の聞き込みを裏付けするような情報だった。
「若い女の人ばかりの誘拐が多発していて、全て別々の事件だって考える方が不自然だよね? これだけ大事になっているのなら、きっと巨大な組織が関わってるはず! ……もしかしたら冒険者ギルドにも話が行っているかも。……ちょっとチェリーちゃんも付き合って!」
ジークの言葉に彼女は無言で頷き、立ち上がった。
息を切らせた二人は受付嬢にも挨拶なしで、ギルドマスターレイドの汚部屋へと直行する。
「マスター! いる?」
扉を派手に開くとレイドがカウボーイハットをアイマスク代わりに顔の上に置いて眠っているところだった。
ジークはそのあまりに暢気な彼に苛立ちを隠せなくて、彼の顔の上から帽子をむしり取る。
一方チェリーは想像を絶する部屋の汚さに顔が引き攣っていた。
「……どうした?」
寝ぼけ顔の割にしっかりしているマスターの声。ただの仮眠だったらしい。
むしろ普段よりも目に覇気のようなものが漲っている。
ジークは冷静を取り戻し、彼の目を見つめた。
「マリアが誘拐されたかもしれないんだ」
「ねぇ、ここ一連で発生している誘拐事件の情報は入ってない?」
ジークとチェリーの矢継ぎ早の言葉にレイドは溜め息を零した。
「……チッ、お前たちもかよ。……しかしまぁ、あのマリアまでもが、ね? ただ、これはこれでこっちにとっても悪くない展開になりそうだな」
レイドはどこか疲れた顔に性格の悪そうな笑みを張り付けた。
その言い草と表情にジークはカチンとくる。
隣のチェリーに至っては、あからさまに舌打ちして不快感を示した。
だけど彼はどこ吹く風で、例によって床に転がっていたボトルの栓を開けるとそのまま口をつけて流し込む。
「実はな――」
山を越えた先にあるゴート国の人身売買組織が暗躍している可能性が高いのだという。
どうやら貴族サマが絡んでいるらしい。
商業自治区は国ではない。そのことが彼らを調子に乗せているのだという。
「こういった話は俺が現役だった頃にもあったし、それ以前の世代の冒険者の頃にもあった。定期的に発生するタイプの事件だな。裏社会の人間が見栄えのいい娘さんを攫ってきて、金を持っている貴族に高値で売りつける。……その女性の末路は聞いてくれるなよ?」
どこか他人事のようにクツクツと嗤うレイドにキレたチェリーが、彼の座るソファを思いっきり蹴り上げた。
「もしかして怖くて手を出せないの? ……でも仕方ないか、天下の冒険者ギルドもやっぱり貴族サマは怖いもんね?」
彼女の露骨な挑発に、流石のレイドもムッとした表情を見せる。
しかしチェリーは口元に皮肉気な笑みを浮かべて彼を睨み返す。
そのあたりの太々しさがヨハンによく似ていた。
ジークとしても彼女のおかげで幾らか溜飲を下げる。
「……んな訳ねぇだろうが。あんまりギルドを舐めんなよ、研究者の嬢ちゃん?」
レイドはドスの効いた声でチェリーに凄むが、彼女はそれを物ともせず「どうだか」と半笑いでいなして見せた。
レイドは鼻息荒く立ち上がり、散らかりまくっている机に乗っている書類やら何やらを乱暴に下に投げ捨てていく。
そして軋む椅子に腰かけると、その辺りに転がっていたペンで一心不乱に何かを書き付け始めた。
その流れるような筆は、初めから何を書くのか決められていたように淀みなく進んでいく。
あっという間に完成させた彼はもう一度最初から目を通すと、まだ鋭い目をしているチェリーを一瞥した。
「――今、依頼書を作成した。依頼主はカナン冒険者ギルドのマスターレイド。報酬は俺のポケットマネーから出す。これでも現役時代から相当ため込んでいるから期待してくれてもいいぜ? ……で、だ。今から俺はこの依頼書を掲示板に張りに行くつもりだ」
彼はヒラヒラと紙を見せながら、察しろと言わんばかりの思わせぶりな説明口調で告げる。
「たまたまこの場に居合わせたお前たちが美味しい依頼を探しに来ていて、張り出す前のそれを見つけた。……ということにしてやってもいいんだぜ? なんせこういうものは昔から早い者勝ちだって決まっている。……だろ?」
レイドはニヤリと微笑んだ。
言わんとすることは一つ。
――マリアを他ならぬお前たちの手で救い出せ!
ジークは彼の目を見て頷いた。
レイドはチェリーの覚悟を確かめたいのか、椅子から立ち上がると腕を組んで彼女を見下ろす。
彼女はハッとした顔をすると、勢いよく頭を下げた。
「私たちにやらせてください! ……お願いします。それと先程は失礼な言い方をしてすみませんでした!」
体育会系を思わせるような、九十度に身体を折り曲げる気持ちいい下げっぷりに、ジークだけでなくレイドも驚きを隠せない。
「ふふッ、嬢ちゃん。……俺はアンタらのこと誤解してたのかもしれんな」
言葉の意味が分からず、チェリーはきょとんとした顔で首を傾げた。
その仕草がジークの知っているいつもの彼女だったので、思わず彼の頬も緩む。
マスターも先程までとは全く違う彼女が可笑しかったのか、「こっちの話だから気にすんな」と畳み、声を上げて笑いだした。




