第9話 じゃあ、代わりに口の悪い茉理が話せ! ……手遅れになる前に!
翌朝、一郎と茉理が16号室でラッキースケベの許可不許可を言い争っている中、慌ただしいノックが飛び込んできた。
鼻息荒い茉理が扉を開けると、突っ立っていたのは顔色の悪いジーク。
「……どうかしたの?」
その悲壮感漂う只ならぬ雰囲気に、何かあったのだと察した彼女は唾を飲み込む。
「……その、……マリアを知りませんか?」
「昨日会ってるけど? その後のこと?」
ジークは足を揺すりながら、苦悶の表情を浮かべる。
「えっと、その、なんと言えばいいのかな? ……マリアはその、こっちにはいるってのは分かってるんだ。……彼女は遠くへ行くときは僕に一言あるというか――」
ジークは一郎と茉理のことをこのセカイの住人だと思い込んでいるので、出来るだけ秘密を隠しながらの説明になる。
もどかしいのか壁を小さくトントンと叩きながら、それでも彼は一生懸命話すのだが、焦りばかりが前に出て要領を得ない。
取り合えずジークを部屋に招き入れ、一郎と茉理の向かいに座らせた。
「――つまり、マリアはどこか『遠く』へ行くときは必ずキミに一報を寄越すということだな? だけど今回はそれがない。探してもいない。それが『不思議』だと?」
ジークのしどろもどろの説明に、一郎が助け舟を出す。
「うん、そういうことなんだ!」
ちゃんと伝わっていることが分かって、ジークはホッと胸を撫でおろす。
「もしかすると、何かの事件に巻き込まれた可能性があると? ……そういうことね?」
茉理も話しやすいように会話を誘導してやる。
「うん! そうなんだ!」
ジークはようやく伝わったと何度も頷いた。
「さっきも言ったけどね、私は昨日マリアと会っているの。……まぁちょっとした女子会というか、男には聞かせられない話というか……、その辺りは察して?」
ぼかしたような茉理の説明に、男二人は神妙な顔で頷き了承する。
「で、夕方になって聖堂から大通りに出たところで別れた。彼女は買い物があるって言ってたけれど、それが本当かどうかは私には分からない。……もしかしたら一人になって考え事をしたかったのかも。そう思ったから無理に行先を聞いたり、着いて行ったりはしなかった。……だから、もし事件があったならその後のことになる」
ジークは目を見張った。
そして何故か一郎も同じように驚いていた。
芝居にしては随分とあざとい。
――センセ、ちゃんと芝居してよ! いつもはもっと自然なのに。
どうせ、コレも仕込みなんでしょ?
ジークは茉理に問いかける。
「……その『考え事』って――」
「先に言っておくけれど、これはマリアのプライベートに深くかかわる話だから絶対に答えないよ? おそらくそれと彼女の行方不明とは関係ないだろうから」
先を封じられたジークは俯き、歯を食いしばった。
茉理としても伝えていい部分とダメな部分があった。その一線を越える気はない。
今まで沈黙を続けていた一郎が口を出した。
「関係ないと、……本当にそう言い切れるのか?」
「うん、言い切る!」
本当は関係あるかも知れないけれど、現実世界でのマリアの話は彼女のいないところですべきではない。
――チェリーって子はこんなことをベラベラしゃべるような口の軽い少女じゃないっての!
茉理は断固とした表情で男衆を見渡した。
「僕はその聖堂付近から彼女の足取りを追ってみるよ。もし何かの事件に巻き込まれたいたなら、目撃者がいるかもしれないし」
そう告げるとジークは部屋を飛び出した。
「センセ、私たちも行こう!」
茉理は一郎の手を取って部屋を出ようとする。
……が、彼は立ち上がらない。
それどころか不思議そうな顔で茉理を眺めているのだ。
「……おい、お前昨日マリアと何があったんだ?」
「だから。『チェリー』は乙女の秘密をペラペラと――って、…………センセだったら全部知っているじゃん。だって、コレ今回の仕込みなんでしょ?」
一郎は平然とした顔で首を振った。
「さっきからジークといいお前といい、盛り上がっているのは大いに結構。しかし全然話の筋が見えん。……本当に今回はノータッチなんだ」
「…………ウソ!? ……マジ?」
茉理はその場で立ったまま固まった。
「あぁ、マジだ。大マジだ。……正直俺が作ったセカイで起きている出来事なのに、事情がさっぱり分からん。……っていうかお前、マリアと何をしゃべった?」
「……黙秘」
「んなコトが通るかボケ! 勝手に話を始めやがって!」
「だって、マリアとの女の友情なんだもん! チェリーはそんな口の軽い女じゃない!」
「じゃあ、代わりに口の悪い茉理が話せ! ……手遅れになる前に!」
一郎の脅しとも言える言葉に観念した茉理はようやく説明を始めた。
「――と、まぁ、こんな感じなんだけど……いや、ホラさ? 勝手にこっちの事情をイロイロとしゃべったかなって反省はしてるんだよ? ……一応」
茉理は無言を貫く一郎に弁解する。
しかし彼はそれを無視して目を瞑ったまま微動だにしなかった。
彼女が息を殺して反応を待つこと数秒。
「……これは丁度いいかもな」
目を開くと一郎が例の何かを企んでいる顔をしながらレコーダーを取り出した。
「丁度いいってナニよ!? ……マリアが誘拐されたかもしれないんだよ!? なんでそんな暢気なのさ!?」
茉理は一郎の胸倉を掴むと激しく揺さぶる。
彼はいきなりの実力行使に目を白黒させ、慌てて彼女の腕をタップする。
「……いや、……今から、ちゃんとレコーダーで……マリアに命の危険はないって……吹き込む……だから……心配いらない」
その言葉にようやく茉理は腕を外した。
「それなら早くそうしてよ!」
「……だから、そうしようと思ったらいきなり胸倉を掴んできたんだろ?」
「男だったらグチグチ言うな!」
茉理は腹立ちまぎれに一郎を突き飛ばす。彼はベッドの向こう側に転がった。
「……そういう発言が、男を委縮させている原因だと思うんだがな」
一郎はメガネを付け直し、ベッドの下に入り込んでしまったレコーダーを「……腕が攣りそう」と呟きながらも何とか拾い上げ、ようやく『この一件でマリアの生命・健康・財産・尊厳が侵害されることはない』と吹き込んだ。
「――実はちょっと寝かせていたアイデアがあってな。それを今回組み込んでみるつもりだ。上手くハマったらいい感じになると思う。……ちょっと話を再構成する時間をくれないか?」
「いいけどさ……。絶対にマリアを不幸にしちゃダメだからね?」
「それに関しては『トラスト・ミー』としか言えないな」
一郎がしたり顔で口角を上げる。
――し、信用出来ない!
三歩進んだらそのことをすっかり忘れてしまう鳥頭か!
茉理はこんなところで冗談めかす一郎を不満に思うが、こういうときの彼は信じていいと知っている。
「……もしジークと会ったら『ヨハンはマリアが帰ってきたときに対応できる待機要員』だとか、まぁそんな感じで言い訳しておいてくれ。……あと、お前は妓楼の関係者を調べろ。何人かに当たれば美女ばかり行方不明になっているという情報が手に入るように手配しておくから」
茉理はそれに無言で頷くと、先程のジークと同じように飛び出すようにして部屋を出て行った。
情報収集の為、それなりに歩き回って疲れた茉理は屋台で買ったジュースを片手にベンチに座りこんだ。
マリアに限らず美女ばかりが行方不明になっているとのこと。
茉理は空を流れる雲をぼーっと眺めながら、今までのことを整理する。
――っていうか、そもそもマリアちゃんって現実世界の人間だけど、私たちの現実世界とは別世界なんだよね?
あくまで彼女の住むセカイは一郎の脳内で作成された現実世界を模したセカイだ。
だから茉理が街を歩いていたとして、マリアこと月野瀬友佳さんに出会うことはあり得ない。
だからこそ、と茉理は敢えて一歩踏み込んでみる。
――つまり『センセの介入する余地がある』ってこと。
この際、思い切って子供を産んだという過去を消しちゃえば……。
そこまで考えて茉理は手に持っていたジュースを地面に落とした。
鮮やかな色した液体が地面に吸い取られていくのを、どこか遠いところで見つめる。
――今、私は何を考えた?
子供ごと過去を消す?
いくら何でもそれはない。
茉理は両手で顔を覆った。




