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第8話  でも、それとこれとは別問題だっつーの!


 茉理はマリアと別れてから、()てもなく大通りを歩き続けていた。

 人にぶつかりそうになっては慌てて避け、頭を下げる。

 その後再び歩き始め、まだ誰かにぶつかりそうになり、そして謝る。

 先程からそれの繰り返しだった。

 魂ここに在らずの状態で、あっちフラフラこっちフラフラと。

 

「――なんで私、ガラにもなく先輩面(せんぱいヅラ)して恋愛のこと、あんなに熱く語っちゃったんだろ?」


 茉理はキスすらも経験したことがない、自他ともに認める()()()()()だ。

 そんな彼女が、キスとは別次元の性経験に留まらず、その先の出産までやってのけたマリアに恋愛の何を語るというのだろうか。

 あまりの恥ずかしさに茉理は頭を抱えてしゃがみ込んだ。


 ――絶対、私、変なこと言った!

 しかもドヤ顔で言った!

 こっちはセンセに手を握られただけで呼吸が荒くなるってぐらいなのに!

 

 ついに地面に膝を付き動かなくなってしまった彼女に、歩いていた人間がギョッと立ち止まった。



 どうしていいのか分からない茉理は取り合えず気を落ち着かせようと、目についた馴染みの立ち食い串焼き屋台に顔を出した。


「お? チェリーちゃんどうした? 今日も『いつものアレ』いっとくかい?」


「……うん、じゃあお願いしよっかな?」

 

「よっしゃ!」

 

 屋台の親父はいい笑顔でサムズアップすると、パッパと手際よく具材を串に刺していき、真っ赤になった炭で片っ端から焼き始める。

 珍しい具材が並ぶ串に、カウンターで頬張っていたお客さんたちが目を見張った。

 その反応が嬉しかったのか、オヤジは胸を張る。

 

「へへん。……コイツはなぁ、『チェリーすぺしゃる』ってんだ。ウチの()()()()()さ。こちらのチェリー嬢ちゃんが発案したんだぜぇ」


 裏メニューという魔性の響きは異世界でも同様の効果をもたらすらしく、周囲がどよめいた。

 それに反応した通りの人間も何事かと店に顔を出す。


「お……オヤジ! オレにもその『チェリーすぺしゃる』っての焼いてくれよ!」


「あ……、それじゃあ私もそれいただくわ!」


 次から次へと注文が入り、屋台の親父は威勢のいい声を張り上げる。


「おうよ、みんなまとめて毎度あり! ……さぁ、チェリーちゃんのおかげで今日もここからボーナスタイムだ。いつもありがとな!」

 

 先程よりも俄然(がぜん)にぎやかになってきた店内で、親父は額に浮かび始めた汗を拭いながら本格的に串を焼き始めた。



 茉理は注文した倍以上の串がパンパンに詰め込まれた紙袋を両手に抱え、のそりと小鹿亭の階段を上る。

 気を良くした親父がチェリーすぺしゃる以外にもあれやこれやと焼いて持たせたのだ。

 彼女はそれを抱えて16号室に戻る。

 

「……ただいま~」


 とはいえ、一郎がまだ戻ってきていないことは一目瞭然(いちもくりょうぜん)

 茉理は大量の串焼きをサイドテーブルにどんと置き、ベッドに腰をかけて一息ついた。

 そして早速とばかりにチェリーすぺしゃるを一本頬張りながら部屋内をうろつく。

 ふと壁際の机に目を遣ると、大きな紙が広げられているのに気付いた。

 少なくとも昼に出かけたときにはそんなのはなかったと記憶している。


「……なんだ、一回戻ってきてたんだ?」


 彼女は食べ終わった串を行儀悪く口に咥えながら、近寄りそれを見下ろす。


「……えっと? ……はぁ!? ……()()()()()()()!?」


 中心にデカデカとそう書かれてあり、そこから左右二方向に矢印が伸びていた。

 どうやら一郎はこういうやり方で思考を広げているらしい。

 まぁ担当者としては仕事に取り組む彼を誉めてやらねばならないのだが、書いている内容がやや気掛かりだ。


「ったく、……男ってのは何歳になっても、ホント……」


 茉理は吐き捨てるように呟くと、咥えていた串を二つ折りにしてゴミ箱に捨て、紙に書かれている矢印を追いかけた。

 右方向に進むと水着と書かれており、その字が大きな丸で囲まれている。

 その下に小さい文字で何行かの箇条書き。

 ……どうやら茉理とマリアが任務の関係できわどい水着を着るという展開になるらしい。


「どんな任務で水着になるっての! バカ!」


 オプションで水着が大波にさらわれる展開も待っているらしい。

 チンピラからのナンパがあって、そこから物語加速とも書かれている。



 茉理は偏差値の低すぎる展開に頭を抱えつつも、一応逆方向に伸びていた矢印も追いかけておく。

 こちらは温泉と書かれて同じように大きな丸で囲まれていた。

 ただしこちらは二重丸。どうやら本命ということらしい。

 ジークとヨハンの二人が女湯を覗こうか覗くまいか葛藤(かっとう)する問答で一笑(ひとわら)いを狙っているらしい。

 温泉と書かれた上のところにはカッコで囲われた湯煙(ゆけむり)モザイクなる言葉。


「湯煙モザイクって。……まぁ、言わんとすることは分かるケドさ」


 ちなみに水着の上にはカッコでポロリとあった。 


「――なるほど。どうやらヤツは私たちに肌を見せることを要求しているらしい。……確かにここいらで露出シーンは割といい流れなのは認めよう。なんたって絵師はあの邪魔烏賊(ジャマイカ)先生なんだし」


 話題性だけで間違いなく売れるだろう。

 編集者としてはグッジョブと言ってやるべきだ。

 一郎のクセにマーケティング戦略的なアレコレを考えてくれたことに感謝してやらんでもない。

 茉理は構想が練られた紙を手に取り、笑顔で何度も頷く。


「でも、それとこれとは別問題だっつーの! 乙女の裸は見せモンじゃねぇよ、このバカ!」


 茉理は隣の部屋まで聞こえそうな大声で叫ぶと、力任せに紙を破いて固く丸めてゴミ箱へ投げ捨てた。


「こっちはマリアのことで大変やっちゅうのに! オマエはナニ考えとんねん! …………はぁ、……もう。早く帰ってこないと全部食べちゃうからね!」


 結局茉理が待てど暮らせど一郎は戻って来ず、空腹も加味した茉理の怒りは一気に頂点に達した。

 彼の為に残すはずだったモノまで全てを胃袋に納めてしまうと、彼女はそのまま大の字になって不貞寝(ふてね)を決め込む。



 帰ってきた一郎がゴミ箱の中身を見て、二重の意味で唖然としたのはまた別の話。

 

 

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