第6話 ウチのセンセには絶対に黙っておいてくれるかな?
「………………」
マリアの渾身の告白を聞いた茉理は、当然ながら絶句した。
――重い! 重すぎる!
なんちゅう設定をぶち込んでくるんや一郎!
ヒロインがすでに貫――ゲフン、経験済というだけで叩かれてしまうこのご時世に、敢えて未婚の子持ちを据えようという稀に見るフロンティア精神!
確かにオリジナリティが必要な業界ではあるけれど!
でもヒロインは王道でいいでしょうよ!?
何故これほどまでにエッジを利かせて、コーナーギリギリを攻めるヒロインを配置したのか!
アバンギャルドにも程があるって!
茉理は心の中で怒涛のツッコミ・スターマインを打ち上げる。
暗黙の了解というそれなりに高い壁を、背面飛びで軽々と越えてみせる一郎の恐ろしさを改めて思い知った瞬間だった。
ただマリアの『聖女』という二つ名の理由、それに関しては否応なく理解した茉理だった。
もちろんそう呼ばれるようになっただけで、何も自分が言い出したことではない。
だけど、彼女は『清い存在』になりたかったのだろう。
このセカイでそうあろうと生きてきたのだろう。
それ程までに彼女は自分自身を『汚い存在』だと思い込んでいるのだ、と。
――ホントバカバカしい。
マリアが、ではない。
彼女がそう思いつめるようになってしまった環境が、だ。
このセカイに逃げたくなる気持ちもわかる。
きっと彼女はそんな視線の中で暮らしてきたのだ。
マリアは涙を拭って頭を上げる。そこには痛々しい笑みが張り付いていた。
もうすべてを諦めたような、そんな感じの。
「ありがとう。いきなりこんな話聞かされてイヤだったよね? でも同じ現実世界の女性のチェリーさんにどうしても聞いてもらいたかったの。ちょっとスッキリしちゃった。……これで思い残すことはないわ。もうジークのことは諦める。……で、このゲームもやめる」
マリアは晴れ晴れとした表情を見せる。
だけど茉理には到底本心を語っているようには思えなかった。
「マリアちゃんはジークのことを諦めたかったの? だからどうすれば穏便に別れられるのか、私にその方法を聞きたかったの? ……絶対に違うよね?」
そんな詰問口調に反応したマリアが目尻をキッと吊り上げる。
彼女の迫力のある眼光が茉理を射すくめた。
初めて見る彼女に茉理はただただ驚きを隠せない。
「何よ! アンタはいいじゃない! ヨハンさんといつもいつも仲良しでさ! 毎度毎度そんな二人の楽しそうな姿を見せられているこっちの身にもなれっての! ……その感じだと、どうせ現実世界でも二人は付き合ったりしてるんでしょ!? 会いたいときに簡単に会ったりしてるんでしょ!? 何なの? それを私に見せつけて優越感に浸ってたの? 楽しい?」
マリアが普段見せない感情的な言葉を茉理にぶつけてきた。
茉理はその剣幕に少し身体を引いてしまう。
「まぁ……そりゃ現実世界でも会っているといえば、そうだけど、さ。……でも、ヨハンとは別に付き合ったりしてる訳じゃないよ?」
それだけは否定しておかないと。
何よりマリアの目に、二人がじゃれ合っているように見えていたのはショックだった。
そんなに仲良さそうだったのかと茉理は首を傾げる。
「……でも、いっつも同じ部屋で寝泊まりしているじゃない」
茉理は後ろめたいことは何もしていなはずなのに、一瞬返事に詰まらせる。
最初は抵抗があったが、今は当然のように一郎の寝息を聞きながら寝ていた。
「えっと、確かにそうなんだけど、ベッドはシングル二つだよ? それはマリアちゃんも知ってるよね? それにセンセは、まぁそのいわゆるヘタレだから、私に襲い掛かってくるとかないし。そもそもここはゲーム内だから二人とも『キャラ同士』って知ってるし。そんなのでイチャイチャしても、ね? ……現実世界では二人ともちゃんと別々の場所に住んでるし。……あくまで私たちは仕事の関係でこっちに来ているというか――」
しどろもどろになりながらも、茉理は言葉が浮かぶままに説明する。
「……仕事、なの?」
マリアは眼光鋭いまま、小さく首を傾げた。
その反応で茉理は、余計な一言を口走ってしまったことに気付き小さく舌打ちする。
「あ、いや……まぁそれはいずれ話すこともあるかも知れないということで。……まずはジークとのことでしょ?」
「……そう、……でしたね。私も声を荒げてすみませんでした」
マリアは先程の覇気は何処へやら、しおれた菜っ葉のように小さくなって神妙な顔をしていた。
「――で、マリアちゃんはジークに想いを伝えずにこのゲームを辞める気なの? 違うんでしょ? 何とかならないか、いい案はないか、同じ日本人女性の私にそれを相談したかったんだよね?」
茉理の言葉に、マリアは頷いた。
「ジークと恋人同士になりたい。でも私の今までの人生を隠したまま付き合おうなんてそんな虫のいいこと許されるはずない。だから身を引くべきだって分かってるの。……分かってるけど、やっぱり悔しいの! 私だって人を好きになりたいの! 好きになった人と両想いになりたいの!」
マリアは真っ直ぐに落ちる涙を乱暴に拭う。
茉理はそんな彼女の手を両手で握りしめた。
「うん。そうだよね。このセカイは作り物だけど、ジークを好きだっていうマリアの気持ちは間違いなく本物だよね?」
その言葉にマリアは声にならないほど嗚咽を漏らし、何度も頷く。
茉理は椅子から立ち上がるとマリアを背中から抱きしめる。
小さいチェリーの身体では彼女をきちんと抱きしめられないと、今初めて気づいた。
――こんなときいつもの茉理の身体が欲しいかも。
自分の都合でこの身体になっておいて、と茉理は自嘲気味に微笑んだ。
「とりあえず、現実でのマリアは理解したわ。……でもそれはジークを諦める理由にはならないと思う」
茉理は泣き止んだマリアの背中をポンポンと数回叩き、再び椅子に腰かける。
そしてことさら真剣な表情を作って見せた。
マリアは不思議そうな顔で彼女を見つめる。
「マリアが不遇なのは本当に同情する。そんな言い方は上から目線で不愉快かもしれないけれどね。……その上でマリアに聞いてもらいたいことがあるの。これは本当は言ってはいけないことだから、ウチのセンセには絶対に黙っておいてくれるかな?」
茉理はここで敢えて踏み込む発言をすることにした。
一郎には申し訳ないと思う。
いろいろと段取りが狂うこともあるだろう。
そのときは謝り倒すだけの話だ。
だけど、どうしてもマリアの為に言っておきたかった。
彼女は茉理の都合など理解できていないだろうけれど、分からないなりに真剣な目で頷いてくれた。
「詳しいことは言えないけれど、ジークにも彼なりの事情があって一歩踏み込めないという部分があるの。……あなた同様に、ね?」
マリアは目を見開く。
開きかけた口を見て、機先を制する茉理。
「何故私やセンセがそれを知っているのか、もしくは『ジークの事情って何?』なんて聞かないでね? 私は絶対に答えないから」
彼女の厳しい口調にマリアは出すべき言葉を奪われ、無言のまま再び口を閉じる。
彼女が何を考えているのかは分かった。
もし他の誰かが自分たちの事情を詳しく知っているとなれば、絶対に怪しむだろう。
だけど、マリアは茉理を信じるといった。
だから茉理も情報を出したのだ。
「一つだけ覚えておいて? ……私は何があってもマリアの味方だからね?」
茉理にしてみれば、どうしても伝えたかったのは結局のところその一言に尽きた。




