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第5話  私の人生、最初で最後の恋かも知れないのに!


 

 マリアは意を決して告白を始めた。


「本名は月野瀬(つきのせ)友佳(ともか)。……お二人と同じ現実世界の日本人ですね」


 目の前のチェリーが息を飲む。

 だけど告白はそんな小さなコトではなかった。

 マリアは彼女の反応を気にせず、そのまま続ける。


「二十一歳の未婚ですが、三歳の娘がいます。……私が産んだ、正真正銘(しょうしんしょうめい)私の娘です」


「…………ほぇ!?」


 チェリーの反応は当然のモノだった。

 結局のところこのセカイでは()()なんて()(はや)されているが、現実の自分は世間一般で言われるところの『ビッチ』だ。


「高校在学中に妊娠し半強制的に自主退学させられ、現在は水商売のセカイでお金を稼いでいます。子供は深夜まで営業している民間の託児所に預けている感じですね。多少相場よりも高いですけれど、そこしかないから我慢して預けています」

 

 本当の父は小学校二年生の時に交通事故で死んだ。

 その後、母は子連れで現在の父と再婚。

 そのこともあって、母は随分と新しい夫に気を使っていた。

 それに増長(ぞうちょう)した義父は、マリアが中学生になった頃から彼女を女として見始めた。

 お風呂に入っていると間違えたフリをして入ってきたり、酔いに任せて抱きついてきたり。

 マリアは家にいるのが怖くて、必然的に夜出歩くことが増えた。

 深酒する男なので酔い潰れさえすれば安全だから、何とかその時間まで逃げ切れれば。

 そんな毎日だった。




「――最初は亡くなった父方の祖父母のところに身を寄せようかとも考えました。二人は本当に私のことを可愛がってくれましたし、夏休みはいつも家にお邪魔していました。川で遊んだり山で虫取りしたり。……本当に幸せな思い出しかありませんね」


 だがマリアの母が再婚してからは、次第にそちらとも疎遠になっていた。

 母としては別の男と結婚した身で合わせる顔がないと判断したのもあるし、何より死んだ夫の家族と仲良くする姿を見せて、新しい夫に愛想を尽かされ逃げられるのを恐れたのが大きかったのだと思う。

 今のマリアにならその気持ちが痛い程分かる。

 母一人子一人の生活は、苦しく心細かったことだろう。

 だけど伝手を奪われた少女マリアにとってみれば、たまったものではなかった。



 結果的に逃げ場所を失ってしまった中学生のマリアは毎晩夜遊びし、やがてガラの悪い連中の仲間入りすることになる。

 当時からマリアの美貌(びぼう)は際立っており、その集団の中で一番強い男が彼女を自分のモノにすると宣言した。

 ほかの女からの嫉妬、身の安全やら何やらを天秤(てんびん)にかけた結果、マリアはそれを受け入れた。もう余計なことを考えたくなかったというのが一番の理由だった。

 そこからなし崩しに男女の関係になり、避妊(ひにん)など全く興味のない男に抱かれ続けたマリアは当然のように高校在学中に妊娠した。 

 

「そういう意味ではあの偽聖女リリィと本当に似た境遇ですよね。……さすがに彼女は妊娠まではしていませんでしたが」


 リリィの方が幾らか()()だと、マリアは自嘲気味に呟いた。



 両親から勘当されたマリアは、我が子を身籠(みごも)った状況で冷たい社会に放り出された。

 妊娠させた男は知らんぷりを決め込むし、そもそもマリア自身が彼を当てにしていなかった。

 こんな状態で大好きな田舎の祖父母を頼る訳にもいかない。

 だからお腹の子供と二人で生きていく決意をした。

 しかし高校に入ってからは、勉強はおろかロクに学校にすら通っていなかった彼女が()ける職など数える程しかない。

 容姿に自信のあった彼女がその中でも一番稼げるキャバ嬢を選んだのは必然だと言えた。

 


 マリア自身、自業自得なのは分かっていた。

 やけっぱちになって無責任に子供を産んで。 

 ……だけど、時折(ときおり)全てを捨てて逃げ出したくなるのも事実だった。

 ようやく生活も安定し始めた彼女は、やがてネットゲーム『グロリアス・サーガ』に出会う。

 始めたきっかけはお客さんにこのゲームの開発者がいたこと。

 彼を()()()()にする為だけにこのゲームを始めた。

 その客が仕事の忙しさで店に顔を出さなくなっても、マリアは家に居る時間はこのゲームばかりするようになった。


 ――現実から逃げたい。

 この楽しいセカイの住人なりたい。


 そんなことを願いながらこのゲームに没頭する毎日。

 気が付くと本当にこのセカイに入り込んでいた。

 しばらくこのセカイを満喫していたが、何日か経ってようやく娘のことを思い出し、マリアは血相を変えて現実世界に戻ってきた。

 だが娘は何事もなかったかのようにスヤスヤと眠っているのだ。

 スマホで日時を確かめると、時間が止まっていたことに気付いた。

 それから定期的にこのセカイに(もぐ)る日々が始まった。


「――そしてジークに出会いました」

 


 マリアは深呼吸すると、目の前の少女に目を向ける。

 チェリーはどこか呆気にとられたような顔をしていた。

 きっと彼女は恵まれた生活を送ってきたのだろう。

 きっと彼女は()()()に生きてきた人間なのだろう。

 家族に愛され、友達から愛され、そして相棒であるヨハンからも愛されている。

 チェリーからすれば、きっとこのゲーム内という誰が聞いても正気を疑うようなセカイよりも、はるかにマリアの人生の方が遠いセカイのように感じているかもしれない。


 ――だけど、これが私の現実(リアル)なの。

 きっと世間的に見れば私が勝手にドロップアウトしたというだけの話でしょうね。 

 

 マリアは懺悔(ざんげ)するような気持ちで、チェリーに今までの人生を言葉にする。

 ちょうどここは教会なのだ。せっかくだから女神ラフィルにも聞いてもらおう。

 ゲームセカイの神がどれほどのモノか知らないが。

 マリアは無理矢理笑顔を作った。 

 



「このセカイに来て、彼に出会って、初めて恋というものを知りました。恋がこんなに心地よくて、それでいて苦しいものだとは。……子供まで産んでおいて今更何を、と思われるかもしれませんが」


 何故こんな気持ちを今まで知ることが出来なかったのだろうと、マリアは何度も(なげ)いた。

 こんな気持ちを知っていたら、あんな好きでもない人間の子供を産んだりしなかったのに、と。


「ジークはきっと学生なのだと思います。将来ある彼に私のような夜のセカイで生計(せいけい)を立てる子持ちの人間が付きまとうのは絶対に間違っていると思うんです」


 おそらくジークの父母からすればマリアなど道に転がる石ころ同然だろう、と彼女は考える。

 挨拶(あいさつ)の為に彼と並んで顔を見せれば、『身の程を知れ!』と罵声(ばせい)を浴びせられるのは目に見えていた。


「今更境遇(きょうぐう)を恨んでも仕方ないのは分かっています。――それでも、もし私がジークにお似合いの()()の女子高生だったなら、って!」


 マリアは何度も考えては腹に押し込んできた言葉を目の前のチェリーに吐きだした。


「もし、私が普通の家に生まれ育った普通の女の子だったら! ……きっとこんなに苦しむ必要などなかったのに! 胸を張って現実世界のジークに会いに行けた!」


 マリアは()()なく涙を流す。


「現実の自分を伝えるのが怖い! 私という人間を知られると、一緒に冒険してもらえないに決まってる! ちゃんと『両想い』だって分かっているのに! 私の人生、最初で最後の恋かも知れないのに!」


 彼女は悔しさで唇を噛み、血をにじませながら叫んで机に突っ伏した。




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