第3話 ……まさかホントにユニコーン来ちゃった?
「――さて、今回は『日常回』を考えている」
「……は?」
例によって小鹿亭の16号室だ。
夕食をお腹いっぱい詰め込み過ぎて動けない茉理が、ベッドに寝転がりスカートのボタンを外すのも毎度のことになりつつあった。
彼女がリラックスするのを待っていたかのように一郎が話し始める。
……別に茉理が振った訳でもないのに、勝手に。
「緊張と緩和。それこそが大事なんだ。何でもそうだろう? お前の得意なバレーボールでもそうだ。強いスパイクばかりじゃ読まれてブロックに跳ね返される。だからループ気味に落としたり、思い切ってセッターがツーアタックしてみたり、そうやって緩急自在に相手を翻弄する訳だ。……小説だって同じ! ヤマヤマヤマだと読者は疲れる。タニタニタニだと盛り上がりに欠ける。だからヤマヤマタニヤマタニ、とまぁこんな感じで上手く調整しながら――」
――あぁこの感じ。懐かしい。
最近こういう自己弁護丸出しの言葉の羅列は少なくなってきたからなぁ。
物分かりのいいセンセもいいけど、たまにはこういう無理な言い分で強行突破を図ろうとする浅はかなセンセも、それはそれで懐かしく味わい深いってものよね?
茉理はしみじみと彼の主張に耳を貸していた。
そんな彼女を見て気を良くしたのか一郎は続けるが――。
「――だから」
「――ようするにネタ切れってことでFA?」
そろそろ頃合いかと、茉理は言葉を割り込ませる。
一郎は痛いところを突かれたらしく、苦い顔をしてプイっと視線を逸らした。
「……ネタ切れじゃない! ちゃんと書きたいことは山ほどあるんだ! ただ、ちょっと物語的に一呼吸入れたいなって!」
「……つまり、まだはっきりとした形には出来ていない、と?」
「いや! そもそもまだこっちに来るつもりはなかったんだよ! でもお前が殴ってくるから仕方なく! お約束だろ!?」
「何なの、その言い訳! 全然男らしくないって! ……そもそもそっちが御柱祭っていうからそうなったんじゃん!」
「だから! 折角こっちに来たんだし、ここから何とか話を作るって言ってるんだよ。取り合えず明日はちょっと街を歩いてくるからな! そもそもここへは取材旅行にっていう話だった訳だし。ある意味本来の目的だと言えるだろ? ちょっとした建物や街で聞こえる会話の中に物語のヒントがあるんだよ!」
「……はいはい。じゃあ私も適当に過ごすことにしますよっと」
締め切りまでにはまだ随分と時間がある。
最悪話が出来上がらなくても何の問題も無い。
このセカイにいる間は、現実では一秒たりとも進んでいないのだ。
どうせならずっとネタを探してくれても構わない。
茉理としてはちょっと早めの冬休みだと思って、ゴッドヘルを精一杯満喫するだけの話だ。
翌日一郎は宣言通り、朝食を済ませると宿を出て行った。
茉理再び二階に上がり、ベッドの上でゴロゴロと転がる。
「あ〜、ヒマ! どうしよっかなぁ、このまま食っちゃ寝してても仕方ないしなぁ……」
右へ左へ、ゴロゴロ、ゴロゴロ。
隣に視線をやると、恐ろしくきれいにメイキングされたベッド。
このセカイに来てもやはり潔癖な一郎に茉理はクスリと微笑む。
「……あ! そうだ! せっかくだから新しい魔法考えよっと! センセだってその方が助かるだろうし。そこから何か別のストーリーが浮かんだりするかもだし。……これってちょっとした内助の功ってヤツじゃない?」
内助の功が具体的にどういう関係を指す言葉なのか、彼女はあまり意識せずに口走り、早速詠句の文言を考え始める。
「この前はフェニックスだったから、次は当然ユニコーンかペガサスよね! ……ペガサス? ペガスス? 字面的にはペガサスかな? ……やっぱり『私を乗せて』は外せないよね。でもちょっとワンパターンは避けた方がいいのかも。……でもでも統一感ってのも重要だし――」
そんな思考で時間を潰していると、不意に扉がノックされた。
茉理はその音に驚いて顔を上げる。
「――え!? ……まさかホントにユニコーン来ちゃった?」
ワクワクしながら腹筋を使って起き上がり、トントントンと足取り軽くそちらに向かい扉を開く。
そこにいたのはユニコーンではなく、もちろんペガサスでもなかった。
穏やかな笑みを浮かべた人間の女性――マリアだった。
茉理は廊下に顔を出して周りを見渡すが、相棒ジークの姿は見えない。
「今は一人です。今日はお互い一日別行動することになっていて……その、私が彼にそうお願いしました」
何か訳アリ顔になった彼女を見つめ、茉理は了解したように頷いた。
「そうなの? じゃあ、取り合えず入って? ……センセちょっと出かけているから。私も今一人で退屈していたところだし」
茉理は笑顔で彼女を迎え入れると静かに扉を閉める。
「さぁ、とりあえず掛けて?」
茉理はいつものように空いているベッドを勧めるが、マリアは首を振った。
「いえ、出来れば……別の場所で……。そのジークとのことなので……」
口ごもる彼女に何かを感じた茉理は首を傾げて次の提案をする。
「そうだね、ここだとウチのセンセがいつ帰ってくるか分からないし? 邪魔の入らないようなどこか静かなところにでも移動しよっか?」
「それでしたら、私、ここの聖堂の方々と顔なじみなので、ちょっとした小部屋なら借りることが出来ます。今からお願いに行きますので昼食後にでも、チェリーさん一人で聖堂まで来てくれますか?」
マリアの真剣な顔でのお願いに、断る理由のない茉理は簡単に了承する。
「ん、それでいいなら、私はいつだって大丈夫だよ? ホント暇でどうしようかと思ってたぐらいだから」
茉理が笑顔で頷くと、マリアは固い表情のまま一礼して部屋を出て行った。
「――さてさて。どうしたものでしょ? ……センセのいないところで勝手に物語が進むのはアリなのかナシなのか。マリアのあの真剣な表情は絶対に何かあるよね?」
茉理はベッドに大の字に転がり、天井を睨む。
確かあの二人は、お互いに現実世界での境遇に負い目を感じていて、連絡先を交換することも出来ないという設定だった。
ジークは前回知ったように足が不自由で車椅子の生活をしている。
だから殊更このセカイでは脚力を使った戦術を繰り広げる。
いわゆるコンプレックスの裏返しというヤツだ。
――じゃあ、聖女とまで呼ばれるマリアはどうなんだろう?
……あぁ見えて腹黒とか?
そんなの大した事ないし、そもそも腹黒な人間がそのことを負い目に感じる訳がない。
はてさて鬼が出るか蛇が出るか。
茉理はベッド下に置いた荷物袋の中から昨日のうちに買っておいた下着の上下を取り出すと、大きな鏡のあるバスルームに向った。




