第1話 ヨソ様の家庭事情なんだから、ほっといてやれ
エアコンのおかげで、外の寒さなど忘れてしまいそうなマンションの一室。
編集者茉理はソファに凭れ、クッションを抱き、現代文明の有難さを噛みしめていた。
――当然のように一郎の部屋である。
そんな彼女が今、目を通しているのは数々のファンレターだ。
大抵は一郎宛てのモノだが、稀に主人公ジークムントやマリアといった『キャラ宛て』ファンレターがあったりして中々面白い。
検閲とまではいかないが、先にチェックを済ませておくのだ。
幸いなことにカミソリだとか、そういった『一線を越えた』モノは今のところ見ていないが、あくまで念の為。
あらかじめ物騒なモノは排除しておくのは、担当者である茉理の大事な仕事の一つである。
――特に一郎センセを挑発するような手紙だけは絶対にNG!
ただ最近そういう一郎をおちょくるのに全力を傾けた『大喜利ファンレター』も減少傾向にあるように感じるのだ。
……相変わらずネットでは餌食になっているが。
『――困ったときの王位継承www』
『――最新刊は説教回かよ。このバチカンがwww』
『――バwwwチwwwカwwwンwwwwww』
今回も例によってそんな感じ。
もしかして読者はツッコみたくて買ってしまうのだろうか?
そう考えると何かしらのコンテンツとして成立しているのは確実だろう。
「……センセの作品ってさ。ネットとかでもメチャクチャ評価低いんだけど、何故かネタとしてはそこそこ優秀なんだよね……」
本当にそれが不思議なのだ。
ネットでボロクソに叩かれまくってる割に『二度と買わない』的な決別宣言はない。
「……ネタって言うな」
ポツリとこぼした茉理の何気ない独り言に、一郎が手を止め律儀にツッコむ。
そして再びカタカタと執筆作業に戻っていった。
ネタはネタとして一旦横に置いておくとして――。
それでも茉理は固定客が付いてきているという手ごたえを感じていた。
ファンレターに書かれている字からして作品を楽しんでくれているのが分かるのだ。
彼女はそれらを丁寧に読み進める。
「……やっぱ、こういう穏やかなのがいいよね?」
「……ん? 気候の話か?」
一郎は椅子をくるんと返して尋ねてきた。
「ハァ!? なんでこんなところで私がセンセと縁側の茶飲み話題で盛り上がろうと考えるのさ? ファンレターの話に決まってるじゃん!」
茉理の射抜くような視線に一郎は首を竦めた。
「……あぁ。そっちな」
「そっちも何もないっての。……ったくセンセってどこかズレてるよね?」
「お前だけには言われたくない」
「なんで!? 私ってメチャクチャ真っ当だよ?」
「……自覚なしかよ」
一郎は椅子をくるりとパソコンの方向に戻し、三度執筆に戻る。
「……なによ、それ? ……まるで私が天然キャラか何かのような言い方しちゃってさ。失礼しちゃう!」
茉理は拗ねたように唇を尖らせソファから立ち上がった。
台所に向かい冷蔵庫の扉を躊躇いなく開き――。
「……なんじゃこりゃ」
いつも整理整頓されて美しささえ感じる冷蔵庫が、今日に限ってジップロックでパンパンになっていた。
珍しい光景に目を見張るも、それを崩さないようコーラを取り出して静かに扉を閉める。
例によって先にラベルを剥がしてゴミ箱へ捨て、その場で栓を開けて一口含む。
そしてソファに戻って再びファンレター整理に取り掛かった。
「――ん?」
茉理はチェックしている途中で、幼い字を見つけた。
ちゃんと丁寧に綺麗な文字で宛名が書かれてあり、それだけで心がこもっているのが伝わる。
茉理は笑顔でそれを持ち上げ、中身を傷つけないよう丁寧に封を開いた。
読み進め、彼女は歓喜の声を上げる。
「――あっ! コレってチェリー宛てのファンレターだ! わぁ! 可愛いイラストまで書いてくれてる!」
見るからに小学生の女の子が『色鉛筆で気合を入れて書きましたっ!』 って感じの手紙に茉理のテンションは一気にMAXになる。
「うれしいなぁ! 凄いね、チェリーってちゃんと人気あるんだね! ホント良かった。……うわぁ、もう、ちょっと泣きそうなんだけど!」
茉理が眼尻に滲んだ涙を袖口で拭いている中、一郎が振り向く。
「……いや、もう泣いているし――」
「――読んでるから静かにして」
余計なことを口走る一郎を圧倒的眼力でシャットアウトし、深呼吸してから読み進める。
やっぱり小学生の女の子だった。
大人の悪意に満ちた皮肉満載のファンレターでなく、純粋に楽しんでくれているという心からの感想に、茉理は心臓の高鳴りが収まらない。
「うわぁ、ホント凄いなぁ、小学生がさ、少ないお小遣いを貯めて、わざわざセンセなんかの本を買ってくれてるんだよ? それって凄いことなんだよ!? 分かってる!?」
「この際、俺に対する物言いは許すとして、少ないお小遣いとか言うな。……ヨソ様の家庭事情なんだから、ほっといてやれ」
一郎の冷静でド正論なツッコミだったが、それを茉理はさらりと受け流す。
「チェリーのことが大好きなんだって! この子絶対に見る目あるよね? ……ホラ! 魔法もカッコいいって書いてる! 『新しい魔法の詠句もチェリーちゃんらしくて素敵だったよ』って!」
「マジか!?」
流石の一郎もそれには驚き、思わず身を乗り出した。
「失礼な! ホントだって、ホラ。ここんとこ、……ね? ね? ……ウソじゃないでしょ?」
茉理は立ち上がって手紙を彼に手渡す。
一読して息を詰まらせる一郎。
茉理はドヤ顔でそんな彼の横顔を見つめた。
「……ようするにアレは小学生女子の感性ってことか?」
一郎が考える人のポーズで目を瞑って唸っているのを後目に、茉理は立ち上がりフローリングの上をクルクルと回りながら身体全体で喜びを表現する。
「ねぇねぇねぇねぇ、センセ、センセ? このお手紙ってさ、私が持って帰ってもいいかなぁ?」
彼女の目が再び潤み始める。
一郎はそれを直視出来ず、何度目になるか分からない溜め息を吐いて、ノートパソコンに向き直る。
そして小さく「……好きにしろ」とだけ呟いた。
「やった! 帰りに百均寄ろっと。額縁みたいなのも売ってたよね? …………って、ねぇ、センセ? ……ちゃんと聞いてる?」
「……俺に聞いていたのかよ!」
一郎のどこか突き放し気味の言葉に茉理は頬を膨らませた。
「当たり前でしょ? ここにはセンセと私しかいないんだから!」
「……知らんが、探せばあるんじゃないか?」
「何それ、もっと真剣に答えてよ」
投げやりに答える一郎に対して悪態をつきながらも、茉理は大事な宝物を扱うかのように封筒に戻すと、そっと自分のカバンの内ポケットにしまい込んだ。




