第26話 どうしてもっていうなら……いいよ?
本格的に酔っ払い始めた茉理の相手が楽しいのか、ルードルはグラスを傾けながら続けた。
「一方フランツ殿下はというと、これがまた臣下にあるまじき言動だと承知しているが、正直なところ心許ない」
その言い方に茉理はカチンとくる。
宰相もルードルに言わせれば『本意ではなかった』らしいが、今の彼と同じような言い方をしていた。
フランツの好青年さに魅力を感じていた彼女は食って掛かる。
「確かに未熟かも知れないですけど、さ。……でも、それなら臣下が助けりゃいいじゃないれすか! それが忠臣の心意気、リオン貴族の誉れってモンでしょうよ?」
「おっ! これはチェリーのいう事にも一理あるな」
一郎の援護射撃に、茉理は「でしょ!?」とご満悦。
ルードルも苦笑する。
「別に私はフランツ殿下を貶めて、相対的にエーリヒ殿下を持ち上げたいって言っている訳ではないんだ。……これがエーリヒ殿下には有効打になり得るという話でな」
言っている意味が分からなくて、茉理は首をカクンと傾けた。
「……エーリヒ殿下は『出来るなら玉座に就きたくない』そう思われている。だが愛する国を傾けたいとまでは思っていないし、弟殿下のことを大切にされている。……自分が王に立つしか両者を守る道がないと認識されれば、覚悟を決められるのは必然。決着さえすれば、後は中立に徹していた宰相が全ての問題を吹き飛ばしてくれる。……今日のようにね?」
「つまり、エーリヒ殿下に『この国ヤバイ! 俺がいなけりゃ国が亡びかねない!』、『弟の悪口言われるぐらいなら、俺が王になってやる』って同時に思わせたらルードルさんたちの勝ちってこと?」
アルコールがイイ感じで回った茉理のぶっちゃけたセリフに、二人は口に含んでいた酒を噴き出した。
「……まぁ、間違ってはいない」
ルードルは口元をハンケチで押さえる。
一郎も白衣の袖で拭った。
「――だから私は三番を選ばせるという議会の姿をエーリヒに見せつけたんだ」
「どゆこと?」
「……真に忠臣を名乗りたければ、あの場では一番か二番を選ぶしかない」
ルードルがしたり顔で頷くと、一郎は我が意を得たりと口元を歪めた。
「『足の動くエーリヒだったらフランツよりも上』という考え自体がそもそもフランツ殿下の能力不足を認めたことに他ならない。よりによってそれを満場一致で認めてしまったからね。本来なら誰ぞ心意気のある者が『たとえエーリヒ様の足が動くようになったとしても、それでもフランツ様の方こそが王に相応しい!』と叫べば救いがあったのだが……」
「その辺りはエーリヒ殿下も触れずにおられましたな。さすがに大好きな弟君を傷つけるのは嫌だということでしょう。……あの全員が三番を選ぶ中で声高に二番を主張出来た人間など、それこそあの場に居なかったギュンターぐらいだな」
皮肉なモノだとルードルはクツクツと笑う。
茉理も頷いた。
確かに今、改めて聞かされると、あの一連の議会での発言は王になろうとする者とそれを支える臣下としては大失言だったように思えた。
その後一郎とルードルは定期的に連絡を取り合うことを約束した。
茉理たちは「徹夜で話し明かそう」と上機嫌で言い募るルードルの誘いを振り切って屋敷を出る。口止め料代わりの特別ボーナスをたんまりと受け取って。
茉理は酔いでふわふわする足元が怖いので、一郎の腕にしがみついて宿への道を歩いた。
誰が見ても夜道をイチャつきながら歩いている歳の差カップルなのだが、そんなこと酔っ払いの茉理には知る由もない。
「――なるほどね。こりゃジークたちには聞かせられない話だわ」
茉理は一郎が鬼の首を取ったかのように謎解きをしているのが可笑しくて仕方なかった。
それでも立場をわきまえている茉理は頑張ってワトソン役を演じていたのだ。
「全部が全部、作者であるセンセの考えたことなのにね? それを自分で暴くって、自作自演もここに極まれりって感じ? ……なんか無駄にヨハン株が爆上げされそうで怖いんだけど」
茉理は隣を睨みつける。
一方一郎は嬉しそうに口元を緩めた。
「……『ジークたちの知らないところで――』みたいな感じで、それなりにページ数も割くつもりだ」
「ズルぅ。チェリーの今回見せ場なんて、森で魔法をぶっ放したシーンだけなのにさ!」
茉理は不満の気持ちを込めて一郎の腕をつねる。
「痛いって! ……心配しなくてもチェリーのセリフも適当に増やしておくから」
「絶対だよ? ホントのホントだからね?」
茉理が指切りを求めると、一郎は困ったような顔をしながらも、しぶしぶそれに応じてきた。
「今の俺たちは謎めいた味方だからな。準主役になるのはもう少し先だな」
「そっか。……って、私たちレギュラーメンバー確定なの!?」
「……いやか?」
茉理は別にいやじゃない、という言葉を何とか飲み込んで眉間に皴を寄せる。
ここで肯定的な言葉を使えば、間違いなく一郎は調子に乗る。
伊達に担当者をしていないのだ。
どうせこれからもこっちに来ることになるのは目に見えていた。
――だったら、せめて有利な条件で来たいじゃない?
だから彼女はしばらく考えたフリをした後、口を開いた。
「……別に、そんなに、センセがね、どうしてもっていうなら……いいよ? ……結局センセが書けなかったら担当である私の責任になる訳だし? ここまで順調に来ているのに、チェリーが登場人物から外れちゃって、そのせいで物語が行き詰ったら寝覚めが悪いし?」
茉理はしぶしぶながら認めるという体をとる。
ホントは行きたくないけれど一郎の為ですよ、と
一郎は何かに堪えるような神妙な顔で頷くと、頭を下げた。
「すまんな。いつも迷惑をかける。……これからも頼むな、チェリー」
一郎の殊勝な言葉に、茉理はパァっと子供のように顔を輝かせて大きく頷くのだった。
「ねぇねぇ! ルードルさんたちって再登場するんだよね?」
どう考えても今回だけのゲストキャラに収まりそうになかった。しかも露骨に連絡先の交換まで。
その問いに一郎は夜空を見上げる。
「あぁ、リオン国とエーリヒには反帝国の旗印を任せるつもりだからな」
「……そうなの?」
「だから、底知れぬ有能さを演出してみた。今回だってエーリヒは仕方ないから『負けてやった』んだよ。可愛い弟を想ってね? エーリヒはこれでもまだ過小評価されているんだ。……モデルとして頭にあったのは諸葛孔明だな。彼は補佐役ではなく君主そのものだが。……まぁ、考えているストーリー展開自体がボツになる可能性があるし――」
「――センセが本を出せなくなる可能性もあるし?」
茉理は一郎に寄り掛かりながら、彼の顔を見上げてイタズラっぽくニタニタと微笑む。
「……お前、編集者として絶対に言ってはならんことを――」
「ふふ、冗談だって!」
ご機嫌な茉理は一郎の腕をがっしり掴みながら調子はずれの歌を口ずさむ。
「……おまえ、アニソン好きだよな?」
彼女が口にしたのは一昔前に流行ったアニメの主題歌だ。
ラノベからコミカライズし、ついにはアニメ化まで果たした、ある意味編集者として狙う王道を堂々と突き抜けた作品。
茉理からすればライバル出版社の作品だったが、好きなものは好きだった。
「別にいいじゃん! センセも精々頑張ってよね?」
茉理の無責任な言葉に一郎は盛大に溜め息を吐いた。




