第24話 それすら表向きの理由なんだよ。
「私たちはもう少しこの国に残るよ。せっかくここまで来たんだから観光もしたいし。近いうちにカナンに戻るけれどね?」
一郎の切り出した言葉は茉理にとって意外なものだったが、彼の邪魔だけはするまいと笑顔で頷き合わせておく。
ジークとマリアは今の言葉に納得した訳ではないだろうが、二人としても何やら思うところがあったらしく、それならばとあっさり引き下がった。
彼らは今回の顛末をカナンのギルドに報告する為にも、今日中に国を去るという。
事情を知っているギルドマスターのレイドが心配させないよう、出来るだけ早く報告したいとのこと。
彼らはその場で二手に別れた。
「――センセ? 観光なんて珍しいね」
ジークとマリアの後ろ姿を見送りながら、一郎に視線を合わせることなく、それでいて彼にだけ聞こえる声量で尋ねる。
「……まぁ、嘘ではないぞ?」
一郎は別目的があることを言外に悟らせるような物言いで煙に巻いた。
如何にも彼らしい台詞に彼女は小さく笑う。
「ん。……知ってた」
茉理は議場での一郎の発言を思い出す。
……『エーリヒはこの程度の言葉では傷つかない』と。
一方ジークには『エーリヒだって傷つくんだよ』と、こちらはヨハンの言葉で。
――矛盾した二つの言葉。どちらが正しい?
……そんなの決まっている。
作者である一郎の言葉こそが、このセカイでの地の文なのだ。
ヨハンは登場人物でしかない。
つまり、ここから答え合わせタイムが始まるのだと茉理は察する。
全てを理解していた彼女の素っ気ない返事に、一郎もニヤリと口元を歪める。
「流石は敏腕編集者様。……取り合えず宿を取ってから、観光でもして時間を潰すぞ」
「……了解」
一郎と茉理は一瞬だけ視線を合わせ、ジークたちが進んだ方向に背を向けて歩きだした。
「――今回は本当にお世話になったな。おかげで、全て恙なく収めることが出来た」
しばらく観光とグルメを楽しんだ茉理たちは、夜も更けた頃を見計らってルードル邸を訪ねた。突然の来客にも関わらず、主人であるルードルは今まで見たこともなった上機嫌な顔で出迎える。
「……して、残りの二人は?」
「カナンに戻らせました。とてもじゃないがあの二人に聞かせられる話ではありませんので」
そんな一郎の言い様に、ルードルは俯いて咳払いした。
明らかに笑いを隠そうとしているその姿に、茉理は聞き漏らさないよう姿勢を正した。
一郎はルードルの手で並々と注がれた最高級の酒を口に含んでから、隣の彼女にイタズラっぽく笑いかけた。
「なぁチェリー、君は不思議に思わなかったかい? 何故私たちがこの国に呼ばれたのか? まさか本気でこちらのルードルさんがジークの意見を参考にしたかったから、なんて思っていないよな?」
手紙はジークを呼び出す方便でしかないことは、すでに四人で話し合ったことだった。それを踏まえての質問だ。
茉理はお酒で唇を湿らせてから言葉を紡ぐ。
「……今回ジークが呼ばれた理由はビゼット医師の仕事をしたという伝手を持っていたこと、よね? 医師が兄王子エーリヒ殿下を治してくれればよし。治せなくてもジークたち一行を傍に置くことで最低限、暗殺という下策は排除できる」
彼女が慎重に選んだ言葉に、一郎は何度も頷き同意する。
二人の問答を無言で聞いていたルードルはソファにもたれ掛かり、美味しそうにグラスの酒を呷った。
一郎はそんなルードルをちらりと窺う。
「――ルードルさん? この部屋は?」
「心配ない。そういったことは完璧だ」
ルードルはそう応え、茉理の空になったグラスにお酒を注いだ。
「今、チェリーが指摘した点は、それすら表向きの理由なんだよ。フランツ陣営に気取られるのは承知の上。……だからルードル卿の真意は別にある」
茉理はルードルを窺い見るが、彼は無言を貫く。
だがこの空気を楽しんでいるのか、目元に笑い皴が出来ていた。
「……今回の件は、リオン国内外で兄王子エーリヒ殿下と弟王子フランツ殿下の骨肉の王位継承争いと見えるようになっているが、それはあくまで真に争っていた両者がそう見せていただけに過ぎない」
頭の上に数個ハテナを浮かべる茉理に、一郎はフフンと得意げに鼻で笑う。
「この件の隠された真実は、何としてもエーリヒ殿下を王位につけたいルードル・ブライト陣営と、出来るなら玉座から逃げたいエーリヒ殿下、両者の争いだったんだ」
茉理は頭の上のハテナの数を倍増させ、首を傾げた。
肝心のルードルは無言のまま小さく溜め息を吐き、顎をしゃくって一郎に続きを促した。
「――そもそも最初にひっかかったのは、宰相は中立だとの言葉だった。他ならぬルードル卿やブライト公爵がそう言われたんだ。……かつて病床の王が玉座の主になるように積極的に動いた中で生きている、一蓮托生の三人組のうち二人が、残りの一人である宰相のことをそう表現したんだ。その言葉は他の誰の言葉よりも重い。……おそらく今回も本来ならルードルさんたちの主張に賛同するだろう立場なのに、ね?」
確かに普通に考えれば今回も宰相はエーリヒ支持に回るだろう。
「でもさ、本来中立のはずの宰相は、今回エーリヒ殿下を妨害する立場だったよね? ギュンターさんを嗾けたりしてさ」
これは絶対に中立とは呼べない。
少なくとも茉理はそう思わない。
「そう、そこで私は考えた。彼はどう中立だったのだろうか、と。……そしてそのとき、初めて対立の枠組みを勘違いしていたことに気付いた」
一郎は目の前のルードルを挑発的に見つめた。
「王になる気のないエーリヒ殿下は『対抗馬』として弟のフランツ殿下を用意した。さらに彼の周りの人間がその気になるように上手く煽った。あの酔っ払いのような領民をも使ってね。そうやってルードルさんたちを後目に、国民を煽っての王位継承争いをぶち上げたんだ。……本来なら兄のことが大好きなフランツ殿下は絶対に立候補などしなかっただろうが、『病弱な兄の為に』という大義の前に重い腰を上げざるを得なくなった」
「……えっと、……センセ、……つまり、どういうこと? これは全部エーリヒ殿下が仕組んだことなの?」
「……そういうことだな」
それに答えたのは沈黙を守り続けていたルードルだった。
一郎は空になっていたルードルのグラスにお酒を注ぐと、残っていたすべてを茉理のグラスに注ぎきってしまう。
表面張力で今にも零れ落ちそうな様を見て、慌てた彼女は直接口を持っていき、すするように喉を鳴らす。「お前はガード下のおでん屋台で飲んでるおっさんか!」という一郎の小声ツッコミに、茉理は全力で肘打ちしておいた。




